いろいろカミングアウトするパパ、
不思議な彼女と僕、時々、アーサー。

(2012.02.11)
『人生はビギナーズ』 より。©2010 Beginners Movie, LLC. All Rights Reserved.
『人生はビギナーズ』 より。©2010 Beginners Movie, LLC. All Rights Reserved.
ポップ&ノスタルジック、
マイク・ミルズ監督でなければ成しえない離れ業。

新宿バルト9、TOHOシネマズシャンテほかにて現在公開中の映画『人生はビギナーズ』。監督を務めるのは、2005年に映画『サムサッカー』で長編監督デビューを果たしたマイク・ミルズ。それ以前から、X-girlのグラフィックやSonic Youthのジャケットデザインのほか、NIKEやLevisのTVCM、Airをはじめとした人気アーティストのミュージックビデオと、数多くの作品を手掛け、多彩なクリエイターとして活躍していたミルズ監督ですが、本作にはそれらの要素がすべて詰まっていて、まさにマイク・ミルズにしか撮ることができないオリジナリティ溢れる作品となっています。

さらにこの作品、監督と父親の間に実際に起こった非常にパーソナルな体験をもとにしながら、「不器用でも自分らしく生きるとは」という命題をユーモアとやさしさに満ちた視点で描いているのです。

厳格だった父・ハル(クリストファー・プラマー)が、長年連れ添った母の死後、75歳にして突如ゲイであることをカミングアウト。「これからは本当の意味で人生を楽しみたい」と、若々しいファッションに身を包み、身体を鍛え、年下の恋人を作り、たとえ癌を宣告されようとも仲間とパーティーを開き、第二の青春を謳歌します。38歳で独身のアートディレクターである主人公オリヴァー(ユアン・マクレガー)は、そんな父の驚きの変化に戸惑い、「果たしてそんな両親のもとで育った自分とは一体何者なのか」といった悩みを抱えながら、パーティーで知り合った女優のアナ(メラニー・ロラン)と惹かれ合い一緒に暮らし始めます。


カムアウト後は、恋にイベントに、人生を満喫する父、ハル。そんな父の変化に驚き戸惑いながらも、静かに見守るオリヴァー。

左から 主人公オリヴァーの記憶の中では父(クリストファー・プラマー)の姿はなぜか紫のセーター姿に。
不思議なフランス女子、アナ(メラニー・ロラン)と恋に落ちるオリヴァー。ともに暮らしはじめるが。

「もう結婚したの?」洞察的なセリフ(?)を絶妙なタイミングで投げかける愛犬、アーサー。 
グラフィックデザイナーのオリヴァー(ユアン・マクレガー)は作品に父やアナの影響が。

ひとつの家族とその恋人たちのストーリーを
ポップカルチャーによるコラージュで巧みに表現。

オリヴァーと暮らすことになった父の愛犬、ジャックラッセル・テリアのアーサーの表情にセリフ字幕をつけたり、咽頭炎で喋れないアナとのやりとりに筆談を用いたり。隣にいるのに、わざと電話を使って話したり、と言葉によるコミュニケーションを視覚的に表現する場面。文字とグラフィックによる表現でキャリアをスタートしたミルズ監督の手腕が至るところに発揮されています。

そして、父ハルとオリヴァーとの間で交わされる、
「子供の時からライオンが欲しかった、でもそこへキリンが現れた。おまえだったらキリンを選ぶか? ひとりがいいか?」
「ライオンを待つよ。」
「だから心配なんだ。」
ちょっぴり哲学的で寓意的な会話。

オリヴァーの母親が着るエスニック柄のセーターやコットンのワンピース、アナのお気に入りの着物風ガウンと真っ赤なドレス、といったファッション。それぞれのシーンを彩るノスタルジックなジャズやブルースの音楽。これまでつきあった女の子たち(実際にはマイク・ミルズが描いた)の似顔絵イラストや、時代を象徴するキーワード写真を、抜群のリズム感で畳み掛けるように映し出すカットなど、ミルズ監督が得意とするポップでセンチメンタルな音、言葉、ファッション、グラフィックの要素が満載! さらに、25セント玉大の腫瘍があると告知されたことから、癌の進行を、大きくなればなるほど価値の上がるコイン(お金)に置き換えてみたり、父親がゲイをカミングアウトする場面で「パープルのセーター姿の印象で記憶されているけれど、実際にはガウン姿だった」と妄想を映像化して挟みこんで見せたりと、シリアスな場面にも必ずファニーなテイストを施すところがなんとも心憎いのです。

子どもに車を運転させ、美術館でアート作品と共演したりもするエキセントリックな母と、ゲイは病気だとされてきた時代の価値観に縛られながら、晩年になって解放された父・ハル。そして、自由すぎるあまり、がんじがらめになっているオリヴァーやアナの世代間の対比を、ミルズ監督は、絶妙な匙加減のポップカルチャーによるコラージュで巧みに表現しています。

プライベートな日記やアルバムを覗いているうちに、いつのまにか現代史まで振り返ってしまったというような展開のスマートさに驚かされました。

***

一番身近でよく知っていたはずの家族から予期せぬ言葉を聞いたときの衝撃。自分以外の誰かと分かり合うことの難しさと、それを受け入れた先に初めて見えてくる新しい世界。自らの身に起こった出来事を、客観的に見つめなおし、再構築を行うことで作品に昇華させることができるのがクリエイターの特権だとするならば、この作品ほど上手くいった例も珍しいのでは? というくらいの完成度の高さ。

風変わりなキャラクターを、魅力的なキャスティングで繊細に描いた『人生はビギナーズ』。不安で臆病になりそうな時に、そっと背中を押してくれる、お守りみたいな映画です。

 

マイク・ミルズ(脚本・監督)
Mike Mills

1966年、カリフォルニア・バークレー生まれ。映画監督、グラフィック・デザイナー、アート・ディレクター、キュレーターとしても活躍する現在最も注目されるクリエイターのひとり。

名門、NY クーパー・ユニオンでデザインを学ぶ。Beastie Boys、BECK、Sonic Youthのアルバムジャケット、MARC JACOBS、X-girl、Supremeのグラフィック・デザイン、ロゴを手がけ時代を象徴するグラフィック・デザイナーに。時を同じくしてグラフィック作品をNYアレッジド・ギャラリーなどで発表、メジャーブランドのクリエイティブだけでなくストリートシーンをも牽引。’96年、ロマン・コッポラとプロダクション ザ・ディレクターズ・ビューロー(THE DIRETORS BEREAU)を創立、Air、Everything but the Girl、Jon Spencer Blues Explosion、Yoko Ono、Mobyなどのミュージック・ビデオをディレクション。

フィルムメーカーとしては、長編初監督作品『サムサッカー』(’05)でエジンバラ国際映画祭ガーディアン新人監督賞を受賞。主演のルー・テイラー・プッチはベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀男優賞)、サンダンス国際映画祭特別審査員演技賞受賞。その他、短編ドキュメンタリー『Paperboys』(’01年)、日本を舞台にうつ病をテーマにした長編ドキュメンタリー『Does Your Soul Have a Cold?』(’07)などがある。

’96年、ポスターやグラフィックアイテムを集めた作品集”A Visual Sampler:Posters by Mike Mills“を出版(Mo Wax)。東京、ロンドン、シドニーそしてニューヨークで展示会を開催。’90年代の作品はシンシナティ近代美術館、サンフランシスコ ヤーバブエナ・センター・オブ・アートでの「Beautiful Losers(ビューティフル・ルーザーズ)」展(’05)で展示された。映画『ビューティフル・ルーザーズ』(’07/アーロン・ローズ監督)にも収められている。’09年には15年間の活動を収めたレトロスペクティブブック ”Graphics/Films”(Damiani)の出版も。

パーソナル・プロジェクト”HUMANS”では、ポスターやテキスタイルのグラフィック・ワークを発表している。

マイク・ミルズ BLOG

ザ・ディレクターズ・ビューロー

『人生はビギナーズ』

2012年2月4日(土)より新宿バルト9、TOHOシネマズシャンテほかにて公開
出演:ユアン・マクレガー、クリストファー・プラマー、メラニー・ロラン
監督・脚本:マイク・ミルズ
配給:ファントム・フィルム/クロック・ワークス  
提供:ファントム・フィルム/クロック・ワークス
2010年/アメリカ映画/105分/ドルビーSR・SRD/ヴィスタサイズ  
http://www.jinsei-beginners.com/
©2010 Beginners Movie, LLC. All Rights Reserved.