『めぐり逢わせのお弁当』R・バトラ監督 普通の暮らしの中の、 普通じゃないストーリーを捜す。
(2014.08.09)ムンバイに暮らす主婦のイラが丹精した手作りお弁当が見ず知らずの男性サージャンに届けられてしまい、お弁当に添えた手紙で交流が始まる……Eメールがあたり前の現代において新鮮でロマンチックなラブストーリー『めぐり逢わせのお弁当』。昨年大ヒットした『きっと、うまくいく』とは趣を異にした新しいインドの感性を感じさせるこの作品の監督リテーシュ・バトラさんにお話をうかがいました。
文芸ロマンの香りを残す
大人のラブ・ストーリー。
ーインドには自宅で作ったお弁当を仕事先に届ける「お弁当運び屋さん」というべき職業「ダッバーワーラー」があることに驚きました。この間違って届けられたお弁当からはじまる文通、恋というお話は、取材するうちに辿りついたのでしょうか? 最初はダッバーワーラーのドキュメンタリーを撮ろうと取材をしていたとか。
R・バトラ監督:作ったばかりのお弁当を温かいまま家族に食べさせたい、という思いからこのダッバーワーラーの仕事は始まったのだと思います。インドではもう100年以上続いているシステムです。統計によるとダッバーワーラーによる配達が間違えて配達される確率は600万分の1の確率である、それが起ったら面白いと考えました。イラとサージャン、ふたりの主人公たちに共通することは、古き好き時代に対するノスタルジー。そんなふたりがやりとりするにはメールではなくやはり手紙だろうと、ごく自然なかたちで手紙でのやりとりという形に行き着いたのです。
ーお弁当箱に忍ばせた手紙のやりとりでふたりはそれぞれの日常を伝え合います。イラは夫が浮気しているのではないかという不安、サージャンは妻を亡くし彼女の思い出などを語っていくうち、お互いを知りあいたいという気持ちにまで高まっていくゆったりとしたストーリー展開はまさにノスタルジックです。ラストではふたりとも多くを語らず素敵な余韻が残る作品になっています。
R・バトラ監督:ふたりは親交を経てそれぞれ変化していき映画が終わります、あとは観客のみなさんの心とそして頭に委ねるわけです。
オーディナリーの中の
エクストラオーディナリーをテーマに映画作り。
ー『めぐり逢わせのお弁当』の前は、ニューヨークのバングラディシュ人タクシー運転手のお話『Garedd Nawaz’s Taxi(ガリーブ・ナワーズのタクシー)』、カイロのカフェで恋を語る恋人たちを描いた『Café Regular Cairo(カイロの普通のカフェにて)』を撮っていますね。監督の作品は市井の人々の生活を取材して、お話を作っていくスタイルでしょうか。
R・バトラ監督:まさにその通りです、市井の人々の、普通の生活の中の、普通ではないストーリーを捜すことが私の喜びです。
ーその映画作りの道に入るまで監督は紆余曲折があったとか。キャリアには、大学を卒業してから経営コンサルタントとして3年働いていたとあります。また、ご自身はボリウッド映画の都、ムンバイのご出身です。子供の頃からの映画好きでしょうか? 小さい頃から映画監督になりたいと考えていましたか?
R・バトラ監督:僕は1980年代のムンバイ、インド中流家庭で育ちました。もちろん子供の時から映画は大好きでよく見に行ってました。でも将来どのような職業につくかと考えた時に、その環境では医者、エンジニア、政府の役人になるという道しか考えられませんでした。映画の道を選ぶということにリアリティがなかった。映画の世界はファミリー・ビジネスで、コネがないとなかなか就職できないような業界。18歳の時、大学への進学でアメリカに行き、卒業後の仕事はニューヨークでしていましたので、そこで考えが変わった。26歳から映画の勉強をはじめました。
インドではサタジット・レイ、ハリウッドの大作、黒澤明監督の作品などは上映されていて観ることができましたが、そのほかはあまり上映されません。アメリカに行ってから、ルイ・マル、アッバス・キアロスタミ、イングマール・ベルイマン……いろいろ観るようになりました。
映画製作の
全工程が好き。
R・バトラ監督:もともとストーリー・テリング、物語を語るということに興味があり、いろいろな方法の中で特に映画に惹かれました。それは、僕が映画作りの全てのステージが好きということが大きいです。まず脚本が必要なわけですが、その脚本を書くという行為が好き。演出も、この書くという段階からするようにしています。その出来上がった脚本を、今度は俳優たちとコラボレーションしながらさらに深めていきます。これも大好きなんですね。他の人たちが自分の作品に入って来て、それによって作品が、そして自分自身がどう変化していくか、これが本当に楽しい。それから編集。これもまたコラボレーションです。この編集という作業は、脚本としてできあがったものを、ある意味書き直すということにもなります。これもまた大好きなんですね。どのステージも自分にとってエキサイティングです。
重要なのは、自分が何を言いたいのか、伝えたいのか知ることです。僕は経済の勉強をした後コンサルタントとして仕事をしていたわけですが、僕は本当に仕事ができなかった(笑)。その時間は間違えなく自分の糧になっていますけどね(笑)。当時の僕はまだ20代前半でした。同じような年齢の人たちが映画の勉強をしたり、映画を作れたりしているのはたいへん素晴らしいことです。でも、どんなに映画作りの技術や道具があっても自分の中に映画作家としてのインプット、言いたいことがなければそれは意味がないことだと思うのです。
僕が映画を作り続けているのは、自分自身にプレッシャーをかけているということなのかなと思います。もし映画を作っていなければ、つまり、自分が言いたいことを考える機会がなければ、生きることや世界と積極的に関わろうということはなかったかもしれません。このプレッシャーを自分にかけることによって意味深い生活、人生が送れているのかもしれません。
これは映画を作っていない人の人生は意義深くない、という意味ではないですが、僕の場合はそれによって毎日大切に、自分は何を言いたたいのか意味を探りながら生きていける。そのために映画を作っているのかもしれません。
僕は今、ムンバイとニューヨークをベースに活動しています。どこを映画の舞台にしようと、その地域に根ざした、ローカルで特有なものを持った作品を作っていきたいです。そうあることによって普遍性のある作品を作ることができると思っています。
『めぐり逢わせのお弁当』
2014年8月9日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー!
監督・脚本:リテーシュ・バトラ(長編初監督作品)
出演:イルファーン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー
原題:Dabba
英題:THE LUNCHBOX thelunchbox
字幕:稲田嵯裕里
後援:インド大使館
提供:東宝、ロングライド