ガーリーのその先にあるもの、
映画『テイク・ディス・ワルツ』

(2012.08.11)

トロントを舞台に描く
時の流れとともに移ろい行く「愛」についての物語。

オープニングの映像と音楽だけで、すっかり魅了されてしまう映画があります。まるで一目で恋に落ちるように。コリンナ・ローズの『グリーンマウンテンステイト』から始まる、サラ・ポーリー監督最新作『テイク・ディス・ワルツ』は、まさしくそんな1本なんです。

赤と白のボーダーに、切りっぱなしのミニのデニムとちょっぴりレトロな花柄のエプロンを合わせ、ブルーのペディキュアを塗ったミシェル・ウィリアムズ演じるマーゴが、西陽の差しこむ可愛らしいキッチンで料理を作る。その物憂げな横顏を見つめているだけで、なぜか胸がキュンとなる感じは、かつて「オリーブ」を愛していた女子ならきっと共感できるはず。

サラ・ポーリーといえば『死ぬまでにしたい10のこと』(’03)や、アトム・エゴヤン、ヴィム・ヴェンダース監督作品などで繊細でありながら強い存在感を放つ演技派女優としても有名ですが、『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』(’06)で長編映画の監督デビューを果たすやいなや、いきなりアカデミー賞脚色賞にノミネート。世界各国で数々の賞に輝いた才媛なのです。そんな彼女が今回、生まれ故郷であるカナダのトロントを舞台に描くのは、時の流れとともに移ろい行く「愛」についての物語。

『マリリン 7日間の恋』(’11)や『ブルーバレンタイン』(’10)での熱演も記憶に新しいミシェル・ウィリアムズが、本作でもはかなげであどけない表情をうかべ、純粋かつ奔放な主人公マーゴを魅力的に演じています。

トンチンカンだけどどこか憎めない夫ルーを演じるのは、コメディ俳優としても人気のセス・ローゲン。情熱的でセクシーなガテン系アーティスト・ダニエルに扮するのは、カナダ人俳優ルーク・カービーです。


左・マーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)のカジュアル&ガーリーなファッションに注目。
右・仲睦まじいマーゴと夫のルー(セス・ローガン)。不満はなさそうなのに。

左・マーゴは旅先で出会ったダニエル(ルーク・カービー)が気になってしようがない。
右・鶏肉料理研究家のルーは面白い男だが「寂しい」と打ち明けても「犬でも飼う?」と的はずれな答え。
ファッション、インテリア、光と色彩、そして音楽
いわゆる「ガーリー」なだけではない。

「どこかで会った?」
「会ってないけど懐かしい感じがする」
「どっちつかずで不安な状態になるから、空港の乗り継ぎがとっても苦手」

旅先で出会った相手と飛行機で偶然隣りになり、いくつか会話を交わすうち、どことなくお互い惹かれあう。
空港から一緒にタクシーで家路についてみれば、まさかの家が斜向かい!

ボーイ・ミーツ・ガールの典型のようでありながら、少女マンガと一線を画すのは、マーゴが結婚5年目の「人妻」だということ。

料理のレシピ本を手掛ける夫ルーと、互いに悪態を付く遊びに興じ、夫婦というより兄妹のようなおだやかな生活を送るマーゴにとって、リキシャの引き手として生計をたてるダニエルの存在は、日に日に大きくなっていきます。
 

ある日ダニエルが描いた「引き裂かれた女性」の絵を見せられたマーゴ。いちばん苦手な「どっちつかずの状態」を見透かされたようで憤慨しつつも、普段抑えていたセンシティブな一面が溢れだします。

マーゴなりに現実と向き合う努力をしますが、自分のことで精一杯な夫からは「(寂しいなら)犬でも飼う?」という的はずれな答えしか返ってきません。

***

そんな日常生活におけるすれ違いの切なさをリアルに描きながら、この映画がヘヴィになりすぎない秘訣は、ひとえにサラ・ポーリー監督のずば抜けたセンスの良さにありそうです。

青いワンピースに真っ赤なジャージを羽織ったり、ギンガムチェックのシャツやカラフルなキャミソールにデニムを組み合わせ、足元はスニーカーやビーチサンダルで、バッグはたいていトートバッグ。そして時にはコットンのワンピース。カジュアルだけど、こだわりがしっかり感じられるマーゴのファッションや、雑誌のインテリア特集から抜き出してきたかのようなキュートな小物の数々も、実用的でとっても参考になります。

また本作においてセリフやファッション、インテリアとともに重要な役割を果たしているのが、光と色彩、そして音楽です。リキシャから眺める暮れなずむトロントの町の光景や、遊園地のスクランブラー越しに流れ落ちていく夜の帳にきらめく光。天井にはめ込まれた色ガラスやランプの光のあたたかさ。タイトルにもなっているレナード・コーエンが歌う『テイク・ディス・ワルツ』や、バグルスのヒットナンバー『ラジオスターの悲劇』といった名曲も、ラジオのチューニングを合わせるように、登場人物の感情にピタリと寄り添い、それぞれのシーンに彩を与えています。

しかもこの映画、いわゆる「ガーリー」にはとどまりません。マーゴとダニエルが昼間のカフェや深夜のプールで、肌に触れずに交わす会話や仕草からは、女性監督ならではといえるファンタジックな官能表現を存分に感じることができます。


結婚記念ディナーでルーに「何か話して」と言っても「会話のための会話はいやだ。」と言われてしまう。

ウォータービクスの教室の後、バーでのダニエルの会話にひきこまれてしまうマーゴ。
馴れ親しんだ穏やかな日々と純粋なる欲望との狭間で
揺れ動くマーゴの下した結論とは……。

「すべてを犠牲にして、新しいものに手を出す意味なんてある?」
「新しいものには惹かれるわ。だって魅力的だもの。」
ウォータービクス教室のプールのシャワールームで繰り広げられるアラサー女性のガールズトークに、
「最初だけよ」
と釘を刺すアラフィフ女性。

つまるところ、この映画で検証される命題は、すべてこの会話に象徴されていると言っても過言ではありません。

人はいくつになっても決して完全には満たされず、心の隙間を埋めてくれる存在をどこかに探し求める生きもの。でも、自らの欲望に忠実に従おうとすればするほど、倫理感に苛まれ、抑圧されてがんじがらめになってしまう……。いっその事、自分の弱さやズルさととことん向き合い、どんなリスクも引き受ける覚悟さえあればきっと、一度きりの人生を後悔しないで切り開いていけるはず。
 

気になるのは、シャワーから突然出る水の秘密を知ったマーゴの、戸惑いと哀しみをたたえた表情の、さらにその先にあるもの。
 

果たして、馴れ親しんだ穏やかな日々と、内に芽生えた純粋なる欲望との狭間で揺れ動くマーゴの下した結論とは—。

マーゴの選んだ人生の行く末を案じながら、ターミナルでいつまでも迷子になっている我が身を見つめてしまう映画です。

●『テイク・ディス・ワルツ』のこのひと!
ダニエルを演じた ルーク・カービー

Luke Kirby 本作で人妻マーゴに思いを寄せる、情熱的な青年ダニエル役を演じたルーク・カービーは、1978年6月21日、カナダ、オンタリオ州生まれの34歳。長い睫毛に縁取られたセクシーな眼差しが印象的なルークは、少年時代から地元の劇団で演技を学び、数々の舞台を経験。カナダ屈指の名門芸術学校ナショナル・シアター・スクール・オブ・カナダで培った確かな演技力で、映画だけでなく、舞台やTVでも活躍中の俳優です。主な出演作に『翼をください』(’01)、『ニュースの天才』(’03)、『リンジー・ローハンの妊娠宣言!?ハリウッド式OLウォーズ』(’09)のほか、今秋公開予定の『コンフィデンスマンある詐欺師の男』(’12)など。ルークの今後の活躍に要注目です!


リキシャーアーティスト、ダニエルを演じたルーク・カービー。

■『テイク・ディス・ワルツ』が好きな人は、こちらもチェック! 〜大人ガール〜

『テイク・ディス・ワルツ』が好きだったらぜひ見てほしい3作をご紹介します。登場人物たちのキーワードはいわゆる「大人ガーリー」。いくつになっても好きなものに対しては貪欲で、愛し愛されて生きるのがモットー、という共通点があります。そしてさらに言えるのが、結婚していてもしていなくても、女子には「満ち足りている」と感じる瞬間を持続させるのはなかなか困難だということ。だから彼女たちなりの方法で、心の隙間を埋める存在を探し求めるのです。

ミランダ・ジュライ監督・脚本・主演の『君とボクの虹色の世界』(’05)の主人公クリスティーンはマーゴより不思議ちゃん要素が強いです。アーティストでもあるミランダ色に染まった、ユーモラスでヒネりのきいたガーリー・テイストが味わえます。

江國香織の同名小説を矢崎仁司監督が映画化した『スイートリトルライズ』(’10)の主人公の瑠璃子は、マーゴよりしたたかな感じ。マーゴがなかなか踏み出せない一歩を進めてしまうのですが、愛するがゆえ、「甘く小さな嘘」を重ねる風変わりな夫婦の生活が覗けます。

ガーリーの大御所ソフィア・コッポラが監督の『ロスト・イン・トランスレーション』(’03)、スカーレット・ヨハンソン演じるシャーロットの浮遊感は一番マーゴに近いです。雑踏の中でふと孤独を感じてしまうタイプ。東京で出逢うボブとは年が離れてる分、恋愛というよりはソウルメイトに近いですね。異国を彷徨う二つの魂の交歓に遭遇出来ます。


左・『君とボクの虹色の世界』(発売・販売 ハピネット)3,990円 (税込) ©2005 IFC FILMS L.L.C.
右・『スイート・リトル・ライズ』(発売:ブロードメディア・スタジオ、販売:ポニーキャニオン4,935円(税込)©2009「スイートリトルライズ」製作委員会
『テイク・ディス・ワルツ』

2012年8月11日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他全国公開
出演:ミシェル・ウイリアムズ、セス・ローゲン、ルーク・カービー、サラ・シルバーマン
監督・脚本・製作:サラ・ポーリー
製作:スーザン・キャヴァン
撮影:リュック・モンテペリエ
音楽:ジョナサン・ゴールドスミス
美術:マシュー・デイヴィス
原題:Take This Waltz
上映時間:1時間56分
配給:ブロードメディア・スタジオ  
2011年/カナダ
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