せつなさ、という贅沢。『わたしの可愛い人―シェリ』

(2010.10.16)

『危険な関係』『クィーン』のスティーヴン・フリアーズ監督が、40億円の製作費を投じ、ミシェル・ファイファーを主演に迎え、20世紀最大の女性作家とよばれるコレットの小説『シェリ』を映画化した『わたしの可愛い人―シェリ』。



舞台は1906年、ベル・エポックのパリ。全編英語で展開されますがウィットに富んだ会話や豪華絢爛なる装飾品の数々にウットリしているうちに、あっという間に物語に引き込まれてしまいます。オープニングのタイトルロールからしてそのセンスの良さが如実に表れ、ココットと呼ばれた高級娼婦たちが溢れんばかりの美貌と知力、教養を兼ね備え、いかに当時のパリで耀いていたかが手に取るようにわかるのです。



俗にいう、コスチュームもののメロドラマと大きく異なる理由は、徹底した時代考証を基にした美術や衣装によって空間が再現されているのみならず、なにより主人公レアを演じるミシェル・ファイファーから滲み出る大人の女の色気と儚さ、そして気品がもたらすホンモノ感が、チープにならずに見ごたえ十分の作品に仕立てています。クリムトの絵画からインスピレーションを得たというレアのヘアスタイルも、まとめ髪をほどいた途端、艶かしさが溢れ出すのです。



まだ19歳にして女あそびにも飽きる放蕩息子を演じるのは、甘いルックスのルパート・フレンド。若さゆえの残酷さと弱さが垣間見えて、百戦錬磨のレアでさえ虜にしてしまう危うさを匂わせます。そもそも、そんな息子に手を焼いた母親マダム・プルーを演じるキャシー・ベイツが、40代を迎え、ココットをリタイアし、経済的な成功も手に入れ優雅な生活を送るレアに、大切な一人息子を預ける、という発想自体が通常の感覚からいうと愕きですが、そこにはレアへの信頼感だけでなく、女としての虚栄心や母としての策略といった思惑が複雑に交差している面白さがあります。

とくにマダム・プルーがレアにサラリと嫌みをいうシーンでは、思わず苦笑いしてしまう、こんなやりとりが繰り広げられます。
「レア、いい香りね。肌にハリがなくなると香水がよく染み込むのよね…」


自分の人生は自分が決める、プライドと恋心のはざまで。




ウッカリというには長すぎる6年もの時間を共に過ごしてしまったレアとシェリ。彼が10代の娘と結婚することをマダム・プルーから聞かされたレアは、なんとか動揺を隠すことは出来ても、自分の本心と向き合わざるを得なくなります。



しかしもちろん引き際を知るレアは、シェリに弱みを見せたりはしません。シェリが新婚旅行に出かけている間に、あたかもあたらしい恋人と出会ったかのように見せかけ、遠くはなれてただひたすら傷が癒えるのを、女たちに守られながら、さらに自分を美しく着飾ることでやり過ごすのです。



結局のところ、レアを支えてきたのは、自分の人生は自分が決める、という強い意思で、常に主体的であるということ。そのプライドのせいで、一見普通のしあわせを逃してきたようにも写りますが、そもそもレアにとっては欠けている要素などなかったのです。ただ、シェリと過ごしたことで、それまでは上手くコントロールしてきた感情が揺らぐことで味わう、そのせつなさという贅沢。



惚れた弱み、とはよく聞きますが、お互いに居心地のよさを感じてはいても、一旦タイミングが合わなくなると、もうその二つの線が交わることはないのだな、と気づかされます。その見極めが、きっと女性の方が早いだけで、それは決して愛する量が少ないわけでも、哀しむ量が 少ないわけでもないのです。




ここ数年日本でも、アラフォー女性とかなり年下の男性がカップルになるケースが多く見受けられますが、100年近く前に書かれた物語の中で、レアとシェリが見せてくれる恋愛模様は、いまでも十分参考になるはず。映画『わたしの可愛い人 シェリ』で、レアの凛とした孤高さを学びたいものです。

 

『わたしの可愛い人―シェリ』

2010年10月16日(土)より Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー

出演:ミシェル・ファイファー、ルパート・フレンド、キャシー・べイツ、フェリシティ・ジョーンズ、イーベン・ヤイレ、フランセス・トメリー、 アニタ・パレンバーグ、ハリエット・ウォルター、ベット・ボーン
監督:スティーヴン・フリアーズ
脚本:クリストファー・ハンプトン
製作:ビル・ケンライト
共同製作:アンドラス・ハモリ
共同製作:トレーシー・シーワード
撮影監督:ダリウス・コンジィ
美術:アラン・マクドナルド
メーキャップ:ダニエル・フィリップス
編集:ルチア・ズケッティ
音楽:アレクサンドル・デプラ
衣装:コンソラータ・ボイル

2009年ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品

原作:コレット『シェリ』(岩波文庫刊)/『声に出して読む翻訳コレクション コレット1』(左右社刊)
サウンドトラック:『わたしの可愛い人―シェリ』(ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント/ランブリング・レコーズ 
2009年/英・仏・独/90分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル/字幕監修:工藤庸子/日本版字幕:古田由紀子 原題:CHÉRI
協力:マキシム・ド・パリ
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