『ティエリー・トグルドーの憂鬱』ヴァンサン・ランドンにインタビュー。ティエリー・トグルドーは冴えないおじさんか?
(2016.08.22)
昨年のカンヌ国際映画祭に続き今年のセザール賞でも最優秀男優賞を獲得したフランスを代表する俳優と言えばヴァンサン・ランドン、その人。主演の『ティエリー・トグルドーの憂鬱』はフランスで公開されるや、100万人動員の大ヒットとなりました。
その後の彼への出演オファーは引きも切らずで、ジャック・ドワイヨン監督の新作『ロダン(仮)』では、あの彫刻家ロダンを演じるというのだから、国民的、そして世界的なスターとなることは必至。現在、さらに次の作品にもとりかかっている大忙しの中『ティエリー・トグルドーの憂鬱』をアピールしようと、東京を訪れるというエネルギッシュさ! 思わず引き寄せられて、インタビューに駆けつけました。
「私が男として共感できる存在は、(渋さでは互角か)ジェフ・ブリッジス、(意外や)ブラピ、(まさかの)三船敏郎かな。」
と、日本映画への造詣の深さもうかがわせます。
現在57歳になったばかりでの、このたびの大ブレイクは、かつてセザール賞の主演男優賞にノミネートされた『男と女の危機』(92)や、前作『友よ、さらばと言おう』(14)で見せた粋でかっこいい、あるいは色男たる役柄によって勝ち得たものではありません。真逆の、冴えない中年男役! だから、挑戦だったのです。
寡黙だが、迫力ある演技に挑戦。
工作機械の作業員として働き、従順な妻と障害を持つ高校生の息子という家族を支えてきたティエリー・トグルドーには平穏で幸せな暮らしがありました。しかし、不当解雇されてから、51歳の彼の憂鬱は高まるばかり。
解雇に対しての訴訟も諦め、クレーン操縦士の資格をとったり、スカイプでの面接を受けてみたり、銀行に借り入れを申し出たりと奔走。が、彼の力になるはずの相談先は全て形ばかりで当てにならないことを目の当たりにします。
より良い職探しのための面接コーチングを受けてみれば、笑顔が足りない、心を閉ざしている、質問の答えがなっていないなどなど、人生経験を重ねた男の自尊心をズタズタにされるはめに。
やっとの思いで就いた職は、大型スーパーの万引き監視員。あざとい方法で日常の品物を盗むお客は千差万別。若者から、一見紳士風の老人まで、スキあれば盗みを働く。「人を見たら泥棒と思え」といういわれもありますが、その気構えで見張り、捕まえる仕事。コツを掴んで成果を上げなくてはならない中、トグルドーが感じた大きな違和感は、買い物客だけでなく、内部従業員の動きも、会社に告発・報告すること。客の優待クーポンを流用していた同僚の一度の過ちに、ベテラン従業員でも解雇する経営側。結果、自殺者までも出す非人間的な経営姿勢に対し、最後に彼自身がとった最善の行動を暗示してのエンディングに、心揺さぶられます。
ドキュメンタリーとも思えるリアルな映像の中で、ヴァンサンさんの寡黙な演技が、さらにリアリティを増していき、静かな迫力を生み出します。
自由を失わないティエリーは、自分そのもの。
100万人動員のヒットは、ヴァンサンさんの演技に寄るところが大きいのではないでしょうか?
「ヒットするための努力や演技なんてないんです。でも、今回はシナリオを読んで気に入りました。私は、いつも自分が納得出来る作品でしか演じないし、自由を失わない役者でありたい。もちろん、自由を選ぶことは、それだけの代償も払うってことなんです。だから未だに金持ちにはなってませんよ(笑)」
と、謙虚に役者魂の自負を語るところにも、魅力が滲みます。自身のかっこよさから一転した、「冴えないおじさん」を演じる苦労をうかがうと、
「シナリオがとても細やかだったから苦労はなかったし、見本となるような人もいません(笑)。普段から私は多くのタイプの人々を観察するのが好きだし……」
そして、こういう男が冴えないおじさんだと言うことには大いに異議あり、と。
「サントロぺあたりの海岸で女を引っ掛けているようなプレイボーイが、いい男なのか? ティエリーの選択は、家族を愛し、自分の尊厳を失わない男の生き方です。自分らしく生きること、自由を失わないこと。それが、いい女も惚れるいい男のはず。自由を重んじるところは私も同じです、ティエリーは私自身でもあるんです」
さすがの饒舌、説得力。このいい男論には、目から鱗です。ティエリーは観客にさえも「これは自分自身だ」と思わせた、そこがフランス100万人の心を掴んだ一番の理由であったに違いないでしょう。
静かな怒りを込めたその男、ティエリーの選択こそ、「真の男」の生き様。それを演じきったヴァンサン・ランドン。久々のいい男、登場です。
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』
2016年8月27日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー
出演:ヴァンサン・ランドン、イヴォ・オリ、カリーヌ・ドゥ・ミルベック、マチュー・シャレール、グザヴィエ・マチュー、ノエル・メロ、カトリーヌ・サン=ボネ
監督:ステファヌ・ブリゼ
共同脚本:ステファヌ・ブリゼ、オリヴィエ・ゴルス
製作:クリストフ・ロシニョン、フィリップ・ボワファール
撮影:エリック・デュモン
編集:アンヌ・クロッツ
プロダクション・デザイン:ヴァレリー・サラジャン、A.D.C
衣装:アンヌ・ダンフォール、ディアーヌ・デュソー
2015年 / フランス作品 / カラー / 93分 / シネスコ / 5.1ch / DCP /
原題:La loi du marché
配給:熱帯美術館