『アンチヴァイラル』ブランドン・クローネンバーグ監督
セレブ×ウィルス=驚愕の物語。

(2013.05.13)

●『アンチヴァイラル』ストーリー

タバコを口にするように渋い形相で体温計を口に入れ検温する男、シド・マーチ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)。彼は『ルーカス・クリニック』の技師。仕事は有名人から採取したウィルスをマニアに注射すること。『ルーカス・クリニック』の業務はセレブリティたちの風邪などのウィルスを譲り受け、熱狂的なファンに販売することなのだ。ただでさえ世間からモラルが問われるクリニックの仕事の他、シドは危険な副業にも手を染めていた。希少価値の高いウィルスを闇マーケットに横流しするのだ。そんな時「究極の美」ともてはやされ、クリニックで最高値のつく女優 ハンナ・ガイスト(サラ・ガドン)が原因不明の重病に冒されて急逝。ハンナに特別な思いを寄せていたシドは死の直前、ハンナから直接採取したウィルスを自らの身体に注入、異様な幻覚症状に襲われる。そしてウィルスをめぐる巨大な陰謀に巻き込まれていく。

●ブランドン・クローネンバーグ プロフィール Brandon Cronenberg
映画監督。1980年生まれ。トロント ライアソン大学で映画を学ぶ。 短編映画『Broken Tulips』『The Camera and Chritopher Merk』を製作。いずれもトロント国際映画祭学生映画部門でプレミア上映。『Broken Tulips』はエンルート学生映画祭の最優秀監督賞、HSBCフィルムメーカー賞最優秀脚本賞を受賞。『アンチヴァイラル』は『Broken Tulips』をベースにした長編デビュー作品となる。父は『クラッシュ』(’96)などで知られるデヴィッド・クローネンバーグ。2012年、カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品、父の作風を彷彿させるショッキングな映像、奇抜なストーリーで話題を呼んだ。
セレブ・カルチャーの一部を 切り取ってカリカチュア。
==『アンチヴァイラル』の主人公のシド・マーチは、有名人から採取したウィルスをマニアに販売する『ルーカス・クリニック』に勤務しています。「セレブのウィルスを売る」というちょっと奇抜なアイディアは、セレブリティのネーミングやブランド名のついたアイテムが高額商品として人気であるなど、ちょっと行き過ぎたセレブリティ現象を皮肉に表現したものだと思います。ご自身のインフルエンザ闘病経験からこのアイディアが生まれたとのことですが、作品化にあたり、登場人物のモデルになったセレブリティの存在や事件はありますか? 

B・クローネンバーグ監督 毎日の暮らしの中で、セレブリティについてのニュースを目にしないことはありません。グロテスクな部分もあるクレージーな現象です。もう長いことこの現象は続いていますが、僕は常々これをテーマにしたいと思っていたワケではないんです。数ある興味の対象の中のひとつですが、このカルチャーの一部を切り取ってカリカチュアすることを考えました。この風刺によって何か人々の見方、考え方が変わるのではと思ったのです。


シド・マーチ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は『ルーカス・クリニック』に勤務する技師。
B・クローネンバーグ監督 セレブリティは、何かをなし遂げた人ということとイコールではありません。有名である理由はないのに有名になってしまった。有名になるための有名人ということもあります。ある程度人目に触れれば誰でもセレブになれるし、セレブを作ることができる。音楽や演技といった、人に認められることで有名になるという前提をぶっとばしてただ、ある人を有名にして、マシンのようにセレブリティを使い捨てていく状況が現在もあると思います。

==映画の中でルーカスの社長が「セレブは才能ではなく、集団がつくり上げる幻想だ」といっています。まさにそれは監督の考えですね?

B・クローネンバーグ監督 その通りです。


真っ白な内装が清潔感を超えて不気味な感じさえする『ルーカス・クリニック』。セレブが罹患したウィルスを提供している。ウィルスを購入して体内に取り込み、まさにセレブとともに生きることを望むマニアがひっきりなしに訪れる。

すべては書くことからはじまる
B・クローネンバーグ監督の映画作り。
==劇中、シーンの美しさ、奇抜さ、グロテスクな鮮烈さが印象的です。たとえば黒いバックに置かれた花の間をまさに花道のようにをシドが歩いていくところ。『ルーカス・クリニック』の真っ白で無機質なサロンなど。監督は映画作りにおいてビジュアルから作り上げていくタイプ、それともストーリーから?
B・クローネンバーグ監督 僕の場合、基本的にはテキストからはじまります。でもビジュアルのアイディアがふと浮かんでそれをもとにシーンを作ることもあります。インスピレーションが降りてくる時に、その方法は様々で、セリフのやりとりであったり、自分の実体験だったり、あるいはキャラクター主導であることもあります。でもまずやることは書くこと。そこから始まります。もちろん視覚的なイメージはある程度自分の頭の中にあるものなんですが、それを描き起こすということはしません。

映画の中で肉体が機械のようになってしまうシーンもあります。日本映画でいうと塚本晋也監督の『TETSUO』のように。これにはかつて自分が描いたドローイングを取り入れてみました。


女優 ハンナ・ガイスト(サラ・ガドン)が原因不明の重病に冒され、シドはそのウィルス採取を担当。

***

==ドローイングもする、ということですね。採取したウィルスをスキャンして、ウィルスに顔を与えるなどコンテンポラリー・アート的な発想も感じます。キャリアについておうかがいしますが、もともと映画監督になりたいというよりは、科学者、レーサーになりたかった。でも経歴を見ますと映画学を大学で勉強されている。やはりいつかは映画を作りたいという考えはあったのでしょうか。

B・クローネンバーグ監督 芸術的な職業にひかれていたことは事実で、実は小説家を目指していたこともあります。文学を敬愛しています。特に誰が好きかって? 名前を上げることは難しいです、でも今はデヴィッド・フォスター・ウォレスの『インフィニート・ジェスト(Infinit
Jest』を読んでいます、たいへん面白いです。200ページの大作で、まだ半ばですが。

映画はある程度観ていますが、シネフィル(熱狂的映画ファン)ではないし、まだまだ勉強中です。絵画、音楽もやりました。バンドでベースを弾いていたこともあります。あまりに多岐にわたる興味がありすぎて、これをひとつに集約しなければ究めることはできないだろうと考えました。そのすべての要素を持っているのが映画だったのです。


ハンナ・ガイストの熱狂的ファンは、ハンナのウィルスが肌を貫き、内蔵に触れることに興奮するのだ。
努力して意識しないようにした
デヴィッド・クローネンバーグ監督作品。
==いろいろなところで聞かれていることだとは思うのですが、父であるデヴィッド・クローネンバーグ監督の作品からの影響は大きいとはいえないでしょうか? 肉体変容の願望や恐怖、メディアの中の世界と現実世界の境界を超えてしまうところ、など、デヴィッド・クローネンバーグ監督の初期の作品を彷彿とさせるところがあると思うのですが。

B・クローネンバーグ監督 父の作品は意識しないように努力しました。自分の映画を作るにあたって、父の作品と比べられてしまうかも、ということで、それに反抗したり、逆に利用したりとかはしたくなかった。自分の興味のあるものを正直に描こうと努めました。

何かとても面白いことを思いついて「でも、これって父の作品に似てるといわれちゃうだろうな。」と思う。それでその面白いことをやめてしまうのはどうかと思うのです。作品のためになるのだったらやるべきでしょう。だからなるべく父の作品のことは考えないようにしました。


ハンナのウィルスを保持するシドは裏社会のコレクターたちの標的にされる。ハンナの主治医、アベンドロス(マルコム・マクダウェル)から衝撃の事実を聞かされ……。

***

==冒頭のシーン、「真の美を求めるあなたに」というコピーを添え、人気女優ハンナ・ガイストの大きな写真を使用した『ルーカス・クリニック』のポスターの前で、シドがまるでタバコのように体温計を口にしているというストラインキングなイメージです。深刻な事態が進行しているのだが、何か笑えてしまうところ、それも父上の作風に通じるものを感じてしまいました。

B・クローネンバーグ監督 これはオープニングのシーンなので鮮烈なものにしたかった。作品のテーマを観客が感じやすいものにしたかったのです。大きなハンナの顔のふもとに小さくシドが収まっている。彼らの存在の大小もありますが、彼女の中にシドが住んでいる、生きているという意味は込められています。このシーンも最初はテキストで落としたものです。
口にしている体温計は、自分の肉体に起きているすべて、ディテールを知りたがっているシドが面白いんじゃないかと思ったのです。
ウィルスのせいで熱があって体温計で検温している。なのにその後、タバコを吸ったりしている(笑)。

『アンチヴァイラル』

2013年5月25日(土)シネマライズほか全国ロードショー
脚本・監督:ブランドン・クローネンバーグ
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、サラ・ガドン、マルコム・マクダウェル、 製作:ニヴ・フィッチマン 撮影:カリム・ハッセン
プロダクション・デザイン:アーヴィンダー・グレイウォル 編集:マシュー・ハンナム 音楽:E.C.ウッドリー
スチル・フォトグラファー:ケイトリン・クローネンバーグ、スティーブ・ウォルキー コスチューム・デザイン:パトリック・アントシュ
コスチューム・コンサルタント:デニース・クローネンバーグ
2012年/カナダ・アメリカ/108分/カラー/ドルビー・デジタル/原題:Antiviral 提供:カルチュア・パブリッシャーズ
配給:カルチュア・パブリッシャーズ、東京テアトル © 2012 Rhombus Media(Antiviral)Inc.