レベッカ・ズロトヴスキ監督 
原動力は恐怖心を駆り立てるもの。

(2011.07.11)

■レベッカ・ズロトヴスキ プロフィール

Rebecca Zlotowski/映画監督・脚本家

脚本家として活躍し、多くの監督に脚本依頼を受け、提供。同年、自らの脚本を初めて監督した作品『美しき棘』(日本配給未公開)を発表。2010年カンヌ映画祭の批評家週間に選ばれる。(同映画祭カメラ・ドール、2011年セザール賞有望若手女優賞ノミネート)また、同作品は、マルセル・カルネやジャン・コクトーなど、1937年に創設の、フランスを代表する映画人に与えられるルイ・デリュック賞の2010年新人賞に輝いた。

主演女優として、フランス映画界の期待を一心に集める女優のレア・セドゥを起用し、奇しくも、同年のカンヌ映画祭オープニング上映作品『ロビンフッド』にもセドゥが出演していたが、『美しき棘』では、少女から大人の女になる微妙な思春期独特の心と肉体のあり様をピュアに演じさせた演出力が、高い評価を際立たせることにもなった。

2011年6月に東京で開催されたフランス映画祭に同作品がノミネートされ、初の来日となった。


『美しき棘』Belle épine
出演:レア・セドゥ、アナイス・ドゥムスティエ
監督:レベッカ・ズロトヴスキ


2010年/フランス/80分/カラー


 

自分が“怖い”と思うことが、
映画づくりのテーマになるのです。

『フランス映画祭 2011』で公開された『美しき棘』。フランスで今や大注目の女優、レア・セドゥを主演に、思春期を迎え、大人の女へと変貌するために乗り越えなくてはならない少女の、異性に対する戸惑いが美しく描かれた作品でした。その監督は、ラッキーチャンスを引き寄せる能力も多分に持ち合わせた美貌の女性クリエイタ―で、フランス映画界新進気鋭のレベッカ・ズロトヴスキ。フランス映画の新世代を代表する監督にその創作の原点、脚本作りの面白み、そして次作についてお話をうかがいました。
(インタビュー&テキスト / 映画プロデューサー 髙野てるみ)

「文学」を活かした仕事といえば、批評家? 作家?

ーーあなたがこの世界に飛び込んだのは、多くの人と交流しながら、もの作りができるのが映画だとの思いからだったそうですね。

学校で専攻した「文学」を活かした仕事といえば、批評家とか、作家、大学教授になるしかない。そういう一人の世界に閉じこもってする仕事より、それを元に、監督や女優や、プロデユーサーが関わって、ひとつの芸術作品が生み出せるのが、映画の仕事。だから迷わず、脚本の学校に行き、映画の世界に近づこうとしたのです。その卒業制作の一環としての習作が、この『美しき棘』だったのです。

また、この作品を映画化しようというプロデューサーとの出会いがあり、監督をしてみないかと言われて、監督としてのチャンスが訪れました。確かに、この脚本は、自分のために書いたのだから、自分で監督するのがいいのかもしれないと、このチャンスを受け入れました。

 
ーー『美しき棘』は、同時に監督たちから依頼される他の作品の脚本の仕事と並行して、3年近くかけ、昨年のカンヌ映画祭批評家週間に選ばれるほどの完成となりました。今やフランス映画界でも代表的存在の女優となったレア・セドゥが、当時は今ほどの知名度ではなかったために、出演も承諾してくれ、彼女本来の良さをフルに生かすことができたともいいます。あなたはラッキーチャンスを引き寄せる能力も持ち合わせた美貌の女性クリエイタ―がのようです。映画の脚本家の仕事の面白さについて教えてください。夢ばかりではない現実もあると思いますが。

脚本家という仕事の面白さは、その監督の世界の中に飛び込んでイキイキと才能を磨けるということ。多く人たちが手を結び、その世界をつくりあげていき、しかも、それがまた多くの観客たちから注目される作品になれば、言うこと無しです。それには努力と運の強さも必要です。しかし、プロとして常に多数の企画に取り組んでいないと食べてはいかれないという現実も孕んでいます。例えばですが、10から5つ選び、なるべく質の良いものに常に取り組めるというスタンスを保っていかねばなりません。

ただ想像するということからは、
創造は生まれない。

ーーそれでは脚本づくりに活かせるファクターを生み出すことには、どんな努力をしているのでしょうか?

よく、恋愛体験は必要か、などとも聞かれますが、いい恋人がいたら、そんな男性に食べさせてもらってもいいし……(笑)私自身は、自分の恋愛体験そのものを作品に活かしていくことは、ややこしくなると思うのです。モノをゼロから生み出すことというのは、ただ興味があるということだけでは難しいと思います。自分が作った脚本に多くの人たちが関わり、映画をつくるにあたってはお金も発生します。責任があるということ。ただ想像するということから創造は生まれない。綿密な資料づくりが必要になります。使う音楽についてだって思いつきではない調査が必要です。

 
ーー自分の世界を持つ監督へのリスペクトをしながらも、感覚的なことだけではクリエイティブな仕事は進んでいかないという、あなたの言葉は説得力があります。初の監督作品が一挙にカンヌノミネートとされ、注目作になりました。才能と運に恵まれているあなたが今温めているテーマは何なのか、とても気になります。

実は、自分のための脚本というと、結構悩みます。次のテーマは、なんて自問自答していると、どうしても同じようなテーマになったりと……。しかし、その同じ要素というか、必ず被ってくることこそ、自分が描き続けるべきものではないのかとも思います。インスピレーションとなるものは、小説だったり、三面記事だったり、音楽からだったりでいいのですが、その中の真実は何かを追求していくと、必ずやそこに行きつくというものがあります。

 
ーーそれでは、そのテーマとは?

自分の中で、怖いと思うものですね。今、何が怖いのか、いつも自分に聞いてみる(笑)

次作は、原子力発電所に働く
若い男女の恋の話。

ーー怖いと思うもの……ですか。そう言われてみると、今回のフランス映画祭には、東北での震災後ということもあり、怖れをなして来日出来なかったフランスの映画人は少なくなかった。しかしあなたは来日し、『美しき棘』の上映に立会い、トークショーにも出演。共同執筆者とともに、観客からの質問に情熱的に応えました。そんなあなたが今、怖いと思うものとは、さて、何なんでしょうか。

まさしく、原子力発電所に働く若い男女の恋の話を考えています。今、クリエイタ―なら、誰もが今回の日本の災害、そして原子力発電の事故のことを、これからの私たちの生き方を模索するためにも、テーマにしてみたいと考えるのは、ごく、ごく自然なことだと思います。

しかし、それを、ドラマにするのはそう簡単なことではないでしょうが、どんな風に描かれるのかは、この日本の今回の出来事が、今後どうなるのかということにも関わってきそうです。

というよりも、日本で原発事故がなくても、世界中が頼りにしていた原子力発電は、とても現代的なテーマだと思って考えていたのです。たまたま、事故が起きてしまい、現実の恐怖が起きてしまいましたが。プラス、原発以前に、私にとって怖いもののひとつに、“愛”というものもあります。

恋愛というものは一人の人間の人生をも変えてします。まるで放射能の様だと言ってもいいのでは、と思います。色も匂いもなく、場合によっては毒になる。自分にとっては一番怖い“愛”と、原子力、“核”というものを結びつけたのです。

少し前の自分が、怖れていたのは、『美しき棘』に描かれた“死”でした。

 
ーー『美しき棘』でレア・セドゥ演じた少女は、思春期を迎え、大人の女へと変貌するために乗り越えなくてはならない、異性に対する戸惑いと、性に惹かれていく心と肉体に翻弄されます。母を失くしたばかりで、仕事の忙しさに追われる父との距離が彼女の孤独を深め、自分の居場所を探す時、スピードで死線に挑戦するバイクレースに興じる同年代のグループに生きがいを求め、死を垣間見る。そんな彼女の心境が、美しく描かれていました。

 

ーー誰もが持っている普遍的な怖れとは、生きている限り、“死”であることも確かです。原子力発電所に働く男性たちが主人公となり、彼らの恋愛を描くのだそうでが、やはり、そこにも普遍的なテーマ、“死”が感じられます。それにしても、『美しき棘』に描かれた“死”はとても静かで、ピュアな映像によって進んでいきました。彼女が監督となるにあたり、参考にしたり、影響を受けた監督は誰なのでしょうか。

 
日本の作品や監督からは、とても影響を受けます。溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男監督などから。北野武監督の『花火』も大好きな作品です。日本特有の美しい自然や環境の中で描かれる美意識。感銘を受けた日本映画は数限りないです。はっきりと、これと言えないような心の動きとか感情を、とても洗練された形で表現している。感情を表すのに、ただヒステリックだったり悪意的だったりと言うヨーロッパの映画より、私的には日本映画の表現に共鳴するのです。特に性に対しての描き方なども。

彼らの作品は静かに進んでいく展開が、静謐で美しい。
そして、神秘的なことも感じさせます。

ーー確かにそう聞けば、『美しき棘』に、彼らの影響を見てとれる気もします。初めての異性との交流なども、彼女にとっては決して癒されず、安らぐことのない、戦いの毎日であるにもかかわらず、とても静かな時の流れをつくっていますから。

インタビューを終えて

日本映画を愛し、今回のフランス映画祭での上映にも熱く語った彼女、レベッカ・ズロトヴスキ。
その原動力は、恐怖心を駆り立てるもの。
死を予感させる恐怖、今の時代の脅威、そこで芽生える恋愛。

まさに、日本が世界中に考えさせる源を、皮肉にも与えることになった、そんなことに気づかせてもくれたクリエイタ―との出会いでした。