『追憶と、踊りながら』ホン・カウ監督インタビュー 自分に似合うジャケットを選ぶように 映画という表現をチョイス。

(2015.05.23)
『追憶と、踊りながら』のホン・カウ監督 © 2015 by Peter Brune
『追憶と、踊りながら』のホン・カウ監督 © 2015 by Peter Brune
英国に移民、苦労を重ねた母の姿から
ストーリー。

ー『追憶と、踊りながら』はたいへん美しい作品です。カイとリチャードのふたりのシーン、ラストのダンスシーンはノスタルジー、情感に溢れ忘れられません。本作を作る時に思い浮かんだのは、このようなシーンでしょうか。それともストーリーが先にできたのでしょうか。

ホン・カウ監督:ストーリーが先でした。移民として外国に住むことになったひとりの女性の物語、そのほか自分の中で思い描いていた要素を盛り込んだストーリーです。この作品のカイのように、私の家族はカンボジアからの移民ですが私の母は英語を話しませんでした。母は英国の生活になじめなかった。私は母の通訳役を買って出たりしていたのですが、もし英国社会とのライフラインである息子の存在が急になくなってしまったらいったいどうなるのだろう? という着想でした。

不慮の事故で最愛の恋人カイを亡くして失意のリチャード(ベン・ウィショー)。カイは英国へ移民したカンボジア華僑の家柄だった。
不慮の事故で最愛の恋人カイを亡くして失意のリチャード(ベン・ウィショー)。男性同士の相思相愛のふたりであったがカイはカンボジア華僑の家柄。ゲイであることを母に伝えられずにいた。

リチャードはカイの母ジュンを訪ねて老人ホームへ。カイの”友人“を装い交流を始める。英語を話さないジュンのたまにリチャードは中国語と英語の通訳 ヴァンを雇う。
リチャードはカイの母ジュン(チェン・ペイペイ)を訪ねて老人ホームへ。カイの友人を装い交流を始める。英語を話さないジュンのためにリチャードは通訳を雇う。
李香蘭が歌う『夜来香(イエライシャン)』、ラテンナンバーのカバー『Sway』の音楽、あじさいの花の香り。目に見えない何かとともに記憶の中のカイは蘇る。
李香蘭が歌う『夜来香(イエライシャン)』、ラテンナンバーのカバー『Sway』の音楽、あじさいの花の香り。目に見えない何かとともに記憶の中のカイは蘇る。
 

ー書く時はPCを使いますか? それとも手書き?

ホン・カウ監督:書く時はPC、キーボードで打ち込みです。でも気持ちなどはメモをとります。書いたストーリーをプリントアウトしてメモを書き込んで行く、コンピューターと手書きのコンビネーションです。

自分の中で書くという作業が大きなカタルシスをもたらします。幼い頃の私は母との間に葛藤がありました。なぜ英語を勉強しないのか? 英国社会に同化する努力をして欲しいと思っていました。理解できず怒りさえ感じていた。大きくなるにつれてなぜ母がそうであったのか理解できるようになってきました。やっと大人になって母を許せる気持ちになってきたのです。子供たちに色々な選択肢、機会を与えてあげたいという思いから、大きな決断をして家族で英国に渡ってきた。そのためにどれほどの苦労をしたのだろう? と考えるようになったのです。書いている作業で気持ちが緩衝されていくというか、そのために書いたのかなと思います。

自分に似合うジャケットを選ぶように
映画という表現をチョイス。
ー経歴にはもともとファイン・アートを勉強していたとあります。それが映画になっていったのはなぜでしょう?

ホン・カウ監督:もともとアーティストになるというロマンティックな夢を抱いていました。最初に一番やりたかったファイン・アートを学びました。ペインティング、ビデオ・アート、コンセプチュアル・アートなど色々なアートを勉強するのですが、その中にはデザインのコースもあってグラフィック、イラストレーション、写真、映画制作を経験できました。最終的には自分はちょっとファイン・アートをやるには力が足りないと自覚して、映画制作に絞ることにし、サリー・インスティチュートで学びました。

色々なアートを経験して最終的に自分に合っているのは映画だと感じて選んだ。自分に似合う洋服、ジャケットを選ぶような感じです。アーティストに憧れたのは、もの心ついた時からクリエイティブな道に進みたかった。私の周りには中流階級のボヘミアンみたいな友達が多くて彼らの影響もあるかもしれません。

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映画の道に進んだ今も……私は今、次の作品の脚本にとりかかっていますがモノローグを4ページも書いてしまった。(笑)その映像にビデオアートのクラスで学んだビル・ヴィオラの作品のエッセンス、クラスでたくさん観たビデオ作品の要素を投入することができるかもしれないと考えています。ファイン・アートのクラスで学んだことは無駄じゃないんだなと思っています。

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●ホン・カウ監督 プロフィール Hong khaou
1975年 カンボジア プノンペン生まれ。’83年 英国へ一家で移民。ロンドンで幼年時代を過ごしファイン・アートを志すが、サリー・インスティテュート・オブ・アート・アンド・デザイン(現UCA芸術大学)で映画制作を学ぶ。短編『Summer』(06)がベルリン国際映画祭で上映。短編『Spring』(11)が同映画祭とサンダンス映画祭で上映。本作『追憶と、踊りながら』は14年のサンダンス映画祭のオープニング作品として上映され最優秀撮影賞受賞。13年 英国の映画業界インターネット・マガジン『スクリーン・デイリー』の「明日のスター Screen unveils 2013 UK Stars of Tomorrow」企画で有望監督の一人に選出された。©2015 by Peter Brune

ーここで監督と映画の出会いについておうかがいしたいと思います。『ブリティッシュ・カウンシル・フィルム』の記事によると監督が最初に見た映画は『エマニュエル夫人』とありますが……。

ホン・カウ監督:映画ではカイはひとりっ子ですが、私は4人兄弟で姉がひとり、兄がふたりいます。『エマニュエル夫人』は兄たちが見ていて、私はそれを覗き見してとてもショックを受けた作品です、『エマニュエル夫人』を見て映画監督になろうと思ったわけじゃないですよ!(笑)

ープロフィールにはフェデリコ・フェリー二、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、デビッド・リーンなどの監督が好きだとあります。

ホン・カウ監督:確かに尊敬している監督は昔の監督さんたちが多いです。それだけに収まらずマーティン・スコセッシ監督も好きですしもっとたくさんいます。

ー西欧の監督さんたちの名前が多く上げれていますが『追憶と、踊りながら』を拝見するとホン監督は雰囲気や気配といった目に見えないものを描くことができる。非常に東洋的なセンスを感じます。そのようなことを意識することはありますか? 

ホン・カウ監督:言い切れないほどたくさんいる好きな映画監督たちの中にはもちろんホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、ツィン・ミンリャン、小津、是枝もいるし、中国の第五世代のといわれているチェン・カイコー、チャン・イーモウも含めて、彼らの作品を見て育ちました。

アジア、中国の映画はどこか観る者に、自分の中で思いを馳せることができるというか、考えさせるような力があるのではないかと思います。もの静かな中にも、力強さがある。私の作品にもそういうところはあるかもしれません。

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そこに流れる音楽、飾られている花、かつていた場所といったディテールをゆっくりと追っていくことによって亡くなった青年 カイの人物像とリチャードとの愛が立体的に浮かび上がってくる。これは「感覚の3D」とでも表現すればよいでしょうか。
ホン・カウ監督は
気配を描く、
と、観察しました。

 
『追憶と、踊りながら』
2015年5月 23 日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

出演:ベン・ウィショー、チェン・ペイペイ、アンドリュー・レオン、モーヴェン・クリスティ、ナオミ・クリスティ、ピーター・ボウルズ
監督・脚本:ホン・カウ Hong Khaou
主題歌:『夜来香』(李香蘭)
原題:LILTING
イギリス映画 / 2014年 / 英語&北京語 / カラー / 1:2.35 / 5.1ch / 86 分 / DCP
配給:ムヴィオラ
© LILTING PRODUCTION LIMITED / DOMINIC BUCHANAN PRODUCTIONS / FILM LONDON 2014

2014サンダンス映画祭オープニング作品 最優秀撮影賞受賞
2014ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム・アワード
主演女優賞(チェン・ペイペイ) / プロダクション賞 / 新人監督賞ノミネート
2015 BAFTA英国アカデミー賞 英国デビュー賞(ホン・カウ)ノミネート