アカデミー賞受賞2作『ジャンゴ』
『ライフ・オブ・パイ』のみどころ。

(2013.03.02)

去る2月24日発表された『第85回 アカデミー賞』。最多12部門ノミネートのスティーブン・スピルバーグ監督『リンカーン』は主演男優賞、美術賞の受賞に留まり、最多4部門賞受賞となったのはアン・リー監督『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』。また公開作が常に議論を巻き起こすクエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』は脚本賞、助演男優賞を受賞。『ジャンゴ』は3月1日より公開、『ライフ・オブ・パイ』も絶賛上映中。それぞれの見どころチェック。

タランティーノ流おしゃべりとバイオレンス全開で
奴隷制度の歴史に復讐する
『ジャンゴ 繋がれざる者』

クエンティン・タランティーノ監督の前作の『イングロリアス・バスターズ』で、慇懃でサディスティックなナチスの将校を演じたクリストフ・ヴァルツ。『ジャンゴ 繋がれざる者』では19世紀のアメリカ西部を主人公のジャンゴとともに旅するドイツ人歯科医師キング・シュルツを演じてアカデミー助演男優賞を獲得しました。

『ジャンゴ』とは、マカロニ・ウェスタン作品の代名詞。低予算のイタリア製西部劇マカロニ・ウェスタンは、激しいバイオレンス・アクションと非道理な主人公像で70年代にブームを巻き起こした映画ジャンル。タランティーノ監督が独自の解釈で新しいマカロニ・ウェスタンをと、製作されたのが本作『ジャンゴ 繋がれざる者』。奴隷のジャンゴがシュルツの賞金稼ぎを手伝うために解放されガンマンに。最後は生き別れとなっていた、やはり奴隷だった愛する妻を助け出すためにガンファイトを繰り広げるという前代未聞の西部劇になっています。

旬の女優を起用して、血まみれの復讐劇を繰り広げるのがタランティーノ節ですが、本作はかつてアメリカを支配した奴隷制の歴史に対する復讐劇。白く豊かに花開いた綿花の畑が、ジャンゴ&シュルツが仕留めた悪人たちの血しぶきで染まるシーンはショッキングです。またストーリーの中盤に登場するKKKを思わせるマスクを被った集団が、マスク作りの内職の苦労話を騎乗で延々と続けるシーンはタランティーノ作品ならではのおしゃべりシーン。『レザボア・ドックス』の冒頭の意味のないおしゃべりシーンを思い出させます。

基本的な人間の尊厳を認めない奴隷制に反対でヒューマニスト。しかし賞金稼ぎのターゲットになる悪者に対しては容赦なく銃弾をぶちかますというシュルツ医師は確かに面白いですが、本作では初の悪役を演じたレオナルド・ディカプリオに注目。

やさしく微笑んでいたと思ったら、突如として怒鳴り出す先の見えないキレたキャラクター 大農場主のムッシュ・キャンディを怪演。何ごとにもフランス風の洗練を求めながらも、奴隷同志を死ぬまで戦わせる残忍性、怒りに震えながらも甘いデザート ホワイト・ケーキに手を伸ばす変人ぶり、欲望にとりつかれたグロテスクな人間像は甘いハンサム・フェイスでいっそう不気味なものになっています。


左・歯医者で賞金稼ぎのキング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)はブリトル3兄弟を見分けられる奴隷ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を解放し、賞金稼ぎの旅をともにすることに。これにより元歯医者と黒人の元奴隷という異色の賞金稼ぎコンビが誕生。 右・ブリトル3兄弟を仕留めた後は、生き別れになった妻 ブルームヒルデ(ケリー・ワシントン)を探しに行きたいというジャンゴ。ドイツ語を話すというブルームヒルデに興味を持つシュルツも手伝うことに。


左・シュルツから射撃の手ほどきを受けて、次々とお尋ね者を狙って行くジャンゴ。テネシー州ガトリンバーグのビッグ・ダディの農園で名前を変えて働いていたブリトル3兄弟を見事に仕留める。右・フランスかぶれのムッシュ・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)のもとにブルームヒルデがいることを突き止め、身分を偽って乗り込むシュルツとジャンゴ。キャンディの筆頭奴隷スティーブン(サミュエル・L・ジャクソン)はふたりを怪しむ。

■クエンティン・タランティーノ プロフィール

Quentin Jerome Tarantino 1963年アメリカ テネシー生まれ。映画好きの母の元に育つ。14歳で最初の脚本を書き、その後ビデオショップの店員として働きながら脚本執筆に勤しんだことは有名。監督、脚本、出演の『レザボア・ドッグス』で、衝撃的なデビューを飾る。『パルプ・フィクション』(’94)でゴールデン・グローブ、アカデミー両賞の脚本賞、カンヌ映画祭パルムドールを受賞。『ジャッキー・ブラウン』(’97)はサミュエル・L/ジャクソンがベルリン国際映画祭主演男優賞を獲得。ユマ・サーマン演じる”ザ・ブライド”の復讐劇『キル・ビル』(’03)『キル・ビル Vol2』(’04)で旬の女優たちを壮絶に戦わせ話題となった。第二次世界大戦を舞台にした『イングロリアス・バスターズ』(’09)でアカデミー賞8部門にノミネート、クリストフ・ヴァルツが助演男優賞に輝き、英国アカデミー賞、クリティック・チョイス賞など多くの部門賞を獲得。『ジャンゴ 繋がれざる者』はアカデミー賞脚本賞、助演男優賞を獲得。登場人物のセリフ、会話の面白さ、奇想天外なストーリー、豊富な映画知識と抜群の音楽センスで新作公開時には話題に事欠かない現代を代表するフィルムメーカーのひとり。


公開記念イベントで来日したクエンティン・タランティーノ監督。会場の気分を盛り上げるサービス精神いっぱいで早口でまくしたてる口撃は感動的。
『ジャンゴ 繋がれざる者』

2013年3月1日(金)より丸の内ピカデリー他全国ロードショー

出演:ジェイミー・フォックス、クリストフ・ヴァルツ、レオナルド・ディカプリオ、サミュエル・L・ジャクソン、ケリー・ワシントン、ドン・ジョンソン
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
製作総指揮:ハーヴェイ・ワイ、ンスタイン、ボブ・ワインスタイン、マイケル・シャンバーグ、ジェームズ・W・スコッチドポール、シャノン・マッキントッシュ
撮影:ロバート・リチャードソン
美術:J. マイケル・リーヴァ
衣裳デザイナー:シャレン・デイヴィス

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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黒人奴隷から賞金稼ぎになったジャンゴをジェイミー・フォックス、歯科医キング・シュルツをクリストフ・ヴァルツが演じる。

太平洋上のひとりと一頭、
哲学エンターテイメント。
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、アカデミー賞では10部門にノミネート、監督賞、撮影賞、作曲賞、視覚効果賞の4部門を獲得。今年のアカデミー部門賞最多の受賞となりました。

作る映画はことごとく賞レースの候補となり、いずれも粒ぞろいの作品を繰り出すアン・リー監督。人種、性別を超えた人間性に訴える作風で知られていますが、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、なぜ人は生きるのか、自分とは何者か、という根源的な問題を考えさせる作品。

こう書いてしまうと思索的で固いお話のイメージですが、少年とトラ、ひとりと一匹が太平洋上で漂流するという奇想天外な設定と、ファンタジックな3D映像でドキドキの連続で前代未聞の哲学エンターテイメントになっています。

***

ストーリーは大人になった主人公 パイ・パテルが、カナダ人ライターにかつての冒険譚を聞かせるところからはじまります。パイが少年時代暮らしていた70年代インド フランス領ポンディシェリで父親が経営していた動物園の映像でスタートするオープニングから圧巻。熱帯を思わせる濃い緑の中を横切るフラミンゴの大群、木の上のナマケモノ、忙しく飛び回るハチドリ……2D、3Dいずれの方式でも上映されていますが、このシーンを見るためにも3D上映をご覧になることをオススメいたします。ちなみにパイと漂流することになるトラはほとんどがCGで製作されて作られています。

そのポンディシェリでピシンという名前のせいでいじめられ、パイと名乗ることになるまでの名前の由来、動物園で飼育されているただのトラなのにリチャード・パーカーと姓と氏名のような名前を持つベンガルトラとの出会い、イエス・キリストを好きになりヴィシュヌ神に感謝する宗教コンシャスな生活ぶりなどなど、漂流に至るまでのサイドストーリーも抜群に面白く、パイという少年の世界にどんどん引き込まれて行きます。

楽しいインドでの生活にピリオドを打ちカナダへの移住を決意したパイ一家は、動物園の動物たちとともに太平洋横断の船に乗り込みますが、嵐で船は沈没。小さな救命ボートに避難したパイはシマウマ、ハイエナ、オランウータン、そしてベンガルトラと漂流することになります。その227日間に渡るパイの冒険譚は、人間はどのようなものであるかを示唆するイソップ童話のようなスタイルを取りながら、深く厳しい人間の真実に迫ります。そこには辛抱強く自分と対峙する東洋哲学が根底に流れており、それを万民にわかりやすい映画作品として見せることに成功しているところが素晴らしいです。


左・モントリオール郊外に暮すパイ・パテル(イルファン・カーン)は、カナダ人ライターに自身の冒険談を語りはじめる。少年時代のパイが暮らしたフランス領インド ポンディシェリの動物園からお話ははじまる。右・パイ(スラージ・シャルマ)とその家族が乗り込んだ舟は挫傷。パイは救命ボートに避難。父の動物園にいたシマウマ、ハイエナ、オランウータン、そしてベンガルトラとともに漂流することに。


左・シマウマたちは相次いで命を落とし、パイは巨体のベンガルトラ リチャード・パーカーと227日間にも渡って広大な太平洋をさすらうことになる。右・幻想的な光を放つクラゲの群れ、ミステリアスなミーアキャットの島、容赦ない天候の変化、不意に飛び込んでくるトビウオの大群……一見洋上サバイバルもののように思えるが。

■アン・リー プロフィール

ANG LEE 李安 1954年、台湾生まれ。国立芸術専門学校卒業後渡米。イリノイ大学演劇科、ニューヨーク大学映画製作科で学ぶ。短編映画『Fine Line』でNYU映画祭作品賞、監督賞受賞。’91年『推手』で長編デビュー。『推手』を含む『ウェディング・バンケット』(’93)『恋人たちの食卓』(’94)の”父親3部作”で注目される。ジェーン・オースティン原作『ある晴れた日に』(’95)でベルリン映画祭金熊賞受賞、アカデミー賞7部門にノミネート。『グリーン・デスティニー』(’00)ではアカデミー賞10部門ノミネート、外国語映画賞など4部門で受賞。『ブロークバック・マウンテン』(’05)はアカデミー賞で8部門で候補に上がり監督賞、脚色賞、作曲賞3部門を獲得。そのほか英国アカデミー賞、インディペンデント・スピリット賞などの監督賞を受賞した。『ラスト、コーション』(’07)はヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞。『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』ではアカデミー賞監督賞、撮影賞、作曲賞、視覚効果賞を獲得。発表する作品がことごとく映画賞の候補となり受賞歴も多い名匠。


映画公開に合わせて来日したアン・リー監督。徳の高い僧のような柔和なたたずまいとチャーミングな笑顔が印象的。「少年 パイは人類すべての象徴的存在。」
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

TOHOシネマズ 日劇ほか全国公開中 (3D / 2D同時上映)
上映劇場についてはこちらをチェック。http://www.foxmovies.jp/lifeofpi/theater.html

出演:スラージ・ジャルマ、イルファン・カーン、タブー、レイフ・スポール、ジェラール・ドパルデュー
監督:アン・リー
脚本:デヴィッド・マギー
撮影:クラウディオ・ミランダ

製作:ギル・ネッター、ディヴィッド・ウォマーク、アン・リー
美術:デヴィッド・グロップマン
編集:ティム・スクワイアズ
原作:ヤン・マーテル『パイの物語』(竹書房文庫刊)
“LIFE OF PI”
配給:20世紀フォックス映画
©2012 TWENTIETH CENTURY FOX FILM

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チャーリー・パーカーは 4頭のロイヤル・ベンガル・タイガーの生態を参考にCGで生み出されたもの。パイを演じたスラージ・ジャルマは、3000人の中から選ばれた新星。