『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』6/30〜上映ワイズマン独自のスタイルで、
女性だけが持つ“絶対美”を表現。

(2012.06.25)

地球をつかさどる“コンパス”の軌跡。

クリスチャン・ルブタンのレッドソールを纏った足下に、舞台照明をにわかに受けた黒のランジェリーが緩やかに滑り落ちていく。音楽に合わせ悩ましげに身をよじらせながら、徐々に自らを露わにしていく女性の脚を捉えた長いシーン。ライティングの効果で白く輝いたヒップラインとその下に続く遙かな長さの脚線は、観客の官能をかき立てるのに十分なエロティシズムを湛えている。しかし、流麗なカメラワークに身をまかせ、その脚の動きに目を奪われているうち、いつしか先程の官能は影を潜め、肉体が放つまばゆいほどの美しさだけが画面を純粋に満たしていく。

「女性の脚は、地球をあらゆる方向に向かって計り、正確に方位と調和を与えるコンパスのようだ」。存命であれば今年ちようど80歳を迎えるはずだったフランソワ・トリュフォーは、『恋愛日記』(77)のなかで、女性の脚に対する自分の想いを、主人公の言葉を借りてこう表現していたが、 いま『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』を見終えたばかりの人は、ダンサーたちが放つまばゆいほどの美しさにすっかり魅了され、この言葉をまぎれもない現実として受け取ってしまうだろう。実際、ステージ上で一列になったダンサーたちが、その美しい脚線を右へ左へ交差させ、軽やかにステップを刻む光景は、優雅で壮麗。あたかも、この世界の運命が、彼女たちの気まぐれな重心移動にかかっているかのようだ。

「クレイジーホース」で唯一絶対のもの、それは女性であることの美しさ。だがそれは、同時に極めて排他的な美しさでもある。美術監督のアリ・マフダビは「醜い女性はいない」をモットーとしているらしいが、これは「すべての女性は美しい」ことと同じではない。事実、オーディションの条件とされるのは、あくまで均整のとれたプロポーションであって、ダンスの技術はおまけ程度。どんなに素晴らしい踊りを披露しても、脚が曲がっていれば採用されない。技術や鍛錬では補えない生まれ持った身体の美しさ、それこそがここでは絶対的な優位性を持っているのだ。努力は報われず、いつも美貌が物を言わせる、不公平! だが『クレイジーホース』のスタッフたちにそんな言葉は通じない。だって美しいものは美しい! 性別、人種、国籍その他一切から自由な場所で、彼らはただ純粋に美しさだけを追求し続ける。

ワイズマンがみせる「ありのままの現実」の驚き。

長年に渡り、多種多様な題材を真摯な眼差しで見つめ、フィルムに収めてきたワイズマンだが、被写体に対するその姿勢は常に一貫している。あらかじめ設定された“テーマ”を、対象から強引に引きだそうとするのではなく、作家自身がその世界のただ中に身をおき、被写体たちと同じ時間を生きることで、その世界を新たに発見していく、これこそがワイズマンのスタイルだ。誘導尋問的なインタビューや、状況説明のナレーション、テロップの類は用いられず、そこにある現実がありのままに写し出される。

男子禁制の楽屋で裸のまま鏡に向かうダンサーたちは、あまりに自然な様子で画面に納まっている。カメラマンがいて、監督がいたはずのその空間。むしろ“不自然”に思えてしまうほど“自然”にメイクは続けられていく。被写体の内側へ深く分け入りながらも、作り手の痕跡を全く残さないワイズマンは、やはり一般的なドキュメンタリー作家とは一線を画す存在だ。

かといって、彼と同じ手法を用いること自体はなにも難しいことではない。長い時間をかければ被写体にカメラの存在を忘れさせることはできるし、ましてそれが毎夜ステージに立つことを生業(なりわい)とするダンサーたちとなれば、条件はより易しい。撮りためた映像のなかに、自然な光景が偶然写り込んでいることもあるかもしれない。しかし、そうして写された現実が、ワイズマンの捉える画面ほど充実したものかといえば、それは違う。その現実はいっけん自然なようで、決定的な何かを欠いているだろう。

積み重ねられた時間の豊かな厚みのなかで、ふとした瞬間に表れる「ありのままの現実」。その瞬きは、部外者の侵入に極めて敏感だ。触れなければ分からない、でも、いちど触れれば消えてしまう。そんなアンビバレントな駆け引きのなかで、ワイズマンは被写体にカメラを向ける。偶然としてではなく、まぎれもない必然として「ありのままの現実」が捉えられた時、胸を射るような驚きが、見る者から言葉を奪う。

夜、華やかなステージの上を行くダンサーの美しさにため息を漏らし、昼、観客のいない店内でレッスンに励む彼女たちのふとした仕草に息をのむ。甘美な目眩に身を委ね、ドキュメンタリーやフィクションというジャンルを超えた「映画」の力に驚く至高のひととき。134分という上映時間はあまりに短い。

『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』

監督:フレデリック・ワイズマン(『パリ・オペラ座のすべて』) 
出演:フィリップ・ドゥクフレ、クレイジーホースダンサーたち ほか
2011/フランス・アメリカ/35mm/カラー/ビスタサイズ/SRD/134分/配給:ショウゲート 

6月30日(土)より、Bunkamura ル・シネマほか順次公開