『彼は秘密の女ともだち』 A・ドゥムースティエ 内面から徐々に変化していく女性を、繊細な仕草や表情で表現。

(2015.08.10)
『フランス映画祭 2015』で来日したアナイス・ドゥムースティエさん。
『フランス映画祭 2015』で来日したアナイス・ドゥムースティエさん。
フランソワ・オゾン監督の最新作『彼は秘密の女ともだち』は、人気俳優ロマン・デュリスが妻の死をきっかけに、女性のいでたちで暮らしたいと決意を新たにする男性を演じて話題となっています。しかしストーリーは、亡き妻の親友で、とまどいながらも彼をサポートする女性の心の動きを繊細にとらえて行きます。ロマン演じるダヴィッドの変化とともに自らも変貌を遂げていく主人公 クレールを演じたアナイス・ドゥムースティエさんにお話をうかがいました。

亡き親友の夫が「女ともだち」に!?
とまどいながらもサポートする主人公 クレール。

ー『彼は秘密の女ともだち』の冒頭はメイクのシーンで始まります。真っ赤なルージュに染められていく唇、マスカラが塗られ長くはっきりして行く睫毛……亡くなった女性 ローラの旅立ち、死化粧です。同じようにメイクし着飾ることで、ローラの夫で女装癖のある夫ダヴィッドはヴィルジニアという女性に変身します。自分らしくあるための”装い”としてのメイク、衣装を施して新しい人生のステージに立つのですが、ローラの親友でダヴィッドをサポートすることになるクレールの場合はどうでしょう? アナイスさんが演じるクレールは、メイクやファッションを積極的に楽しむヴィルジニアに出会い、自身もどんどん美しく変化していきます。

アナイス・ドゥムースティエ:クレールはヴィルジニアに出会うまで、いつも控えめ、窮屈でつまらない人生を送っていました。一見すると、よい夫、素敵なお家、仕事もあって、幸せな人生の条件全てを満たしているように見えますが、そうではなかった。親友ローラの死ですべてが覆っていくのですがストーリーの中で彼女自身が変わっていきます。ダヴィッドからヴィルジニアへの変化は劇的で明らかなものですが、クレールの変化は繊細です。一見しただけではわからないのですが内面的には大きく変わっている。撮影前から、オゾン監督とメイクや服だけでなくひとつひとつの仕草や表情で表現したいと話し合っていました。世の中には自分の欲望は内に秘めて生きていく人も多いですが、クレールは自分の本音に向き合って、その衝動の方向に向かって自由に解き放たれ開花するわけです。

生まれたばかりの娘を残し亡くなった幼なじみの親友ローラ。傷心のクレール(アナイス・ドゥムースティエ)は自分が立ち直るのに精一杯だが、ローラの夫ダビ(ロマン・デュリス)の憔悴ぶりが心配。訪ねていくとそこには女性の姿で子守りするダビが。
親友ローラが 生まれたばかりの娘を残し亡くなってしまい傷心のクレール(アナイス・ドゥムースティエ)。自分が立ち直るのに精一杯だが、ローラの夫ダヴィッド(ロマン・デュリス)の憔悴ぶりが心配。訪ねていくとそこには女性の姿で子守りするダヴィッドが。
自分の女装癖にローラも理解を示していたこと。ローラに死装束を着せた時に改めて女装したい、女性として生きたいと思ったこと。ダビから打ち明けられ、とまどいながらも買い物に付き合ったりサポートしていくクレール。女性に変身したダヴィッドをヴィルジニとア呼ぶことにして秘密を共有する。
ダヴィッドはクレールに打ち明ける。自分の女装癖にローラも理解を示していたこと、ローラに死装束を着せた時に改めて女性の服を着たい、女性として生きたいと思ったこと。とまどいながらも買い物に付き合ったりサポートしていくクレール。女性に変身したダヴィッドをヴィルジニアと呼ぶことにして秘密を共有する。
 

■アナイス・ドゥムースティエ プロフィール

Anaïs Demoustier 1987年 フランス北部 リール生まれ。幼少より演劇のクラスに通う。2003年ミヒャエル・ハネケ監督の『タイム・オブ・ザ・ウルブス』でイザベル・ユペールの娘を演じ演技に開眼。’08年『美しいひと』、’09年『美しき刺』、’11年『ジュリエット・ビノシュ in ラヴァーズ・ダイアリー』『キリマンジャロの雪』とキャリアを重ね同年、フランス作家協会のシュザンヌ・ビアンケッティ賞、フランス文化通信省後援のロミー・シュナイダー賞、といずれもフランス映画界で有望な新人女優に与えられる賞を受賞。今年のカンヌ国際映画祭コンペティション出品 ヴァレリー・ドンゼッリ監督『Marguerite et Julien』では主演を勤めるなど今、フランス映画界で最も注目される女優のひとり。兄ステファンは映画監督として活躍している。

THE NEW girl FRIEND-06

 
クレールが訥々と歌う
70年代の名曲『あなたとともに Une femme avec toi』

ーヴィルジニアとクレールが着飾り、夜遊びに出かけるクラブでショウを見るシーンがあります。「私は女よ」と切々と女性が歌い上げる曲、それに合わせてドラァグクィーンが踊るリップシング・ショウで、ヴィルジニアはじめ観客はうっとりと見入ります。ヴィルジニアは涙を流して見ています。この歌は演者であるクィーンの気持ちであると同時に、共感する観客、ヴィルジニアの内面、さらにはヴィルジニア=ダヴィッドを意識しはじめてしまったクレールの気持ちをも反映していました。同じ曲がラストで、今度はクレールによって歌われます。物語のキーワード、鍵となるシャンソンなわけですが、この歌はフランスではよく知られた曲なのでしょうか?

アナイス・ドゥムースティエ:ニコール・クロワジールという歌手の『あなたとともに Une femme avec toi』という曲です、大ヒット曲ですが、70年代のことなので私自身は知りませんでした。シナリオの段階から、ラストで私が歌うことになっていたのですが、特に歌い込んで練習したワケではなく、リハーサルもなし。ぶっつけ本番で歌いました。このお話はお伽話的なところもあるので『眠れる森の美女』ラストの王子さまのキス、この歌にはそのキスのような感情を込めて歌いました。

クレールは夫のジル(ラファエル・ペルソナ)にはヴィルジニアのことを言い出せずのまま。ジルはダビを励まそうと3人でテニスに出かけようという。クレールは女装のヴィルジニアには女同志の友情を、男性のダニには異性としての魅力を感じている自分に気づいてしまう。
クレールは夫のジル(ラファエル・ペルソナ)にヴィルジニアのことがばれ、ダヴィッドはゲイだと言ってしまう。しばらく会わずにいたがジルの提案で3人でテニスに出かける。クレールは「ヴィルジニアが恋しい」心情をダヴィッドに告げるが……。
 

ークレールはアカペラで訥々と歌いますが、心に染み入るような歌い方でとても感動的です。ところでアナイスさんの経歴によると幼い頃から演技の学校に行っていたとのことですが、歌もお上手なので歌手を目指すこともできたのではないでしょうか? 映画の世界に入ることになったのは、映画監督であるお兄さんの影響ですか?

アナイス・ドゥムースティエ:兄が映画の仕事しているのは事実です、彼は映画好きで「これは見るべき」と進めてくれたおかげでたくさん映画を知ることができました。モーリス・ピアラ監督の作品を勧められて『愛の記念に À nos amours 』を見たり。女優になろうと決心したのはその兄からの影響ではなく、13歳の時にミヒャエル・ハネケ監督の作品『タイム・オブ・ザ・ウルブス』に出演してからです。

● ● ● ● ● 
人物の心情を代弁させた音楽をセンチメンタルに、時にユーモラスに使用するフランソワ・オゾン監督作品。前作『17歳』では、『焼け石に水』(00)、『8人の女たち』(02)に続いてフランソワーズ・アルディの楽曲が大きくフィーチャーされましたが、今回は70年代にフランスで大ヒットしたニコール・クロワジールの曲(もともとはカンツォーネだそうです)。登場人物たちにより歌に新しい解釈を与え、新生させています。クレールが歌う『あなたとともに Une femme avec toi』は、ニコール・クロワジールの歌い上げとは全く異なりますが、

その歌の力は、歌声はもちろん、
ひとりの人のために歌う心である
と、観察しました。

 
『彼は秘密の女ともだち』
2015年8月8日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか
全国順次公開!

出演: アナイス・ドゥムースティエ『キリマンジャロの雪』、ロマン・デュリス『タイピスト!』、ラファエル・ペルソナ『黒いスーツを着た男』、イジルド・ル・べスコ
監督・脚本:フランソワ・オゾン 『しあわせの雨傘』『8人の女たち』
製作:エリック&ニコラス・アルトメイヤー
撮影:パスカル・マルティ
プロダクション・デザイン:ミシェル・バルテレミ
衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
編集:ロール・ガルデッド
第一助監督:アルノー・エステレ
原案:ルース・レンデル著短編『女ともだち』(小学館文庫)
原題:THE NEW GIRLFRIEND
2014 / フランス / フランス語 / 107分 / ビスタ / カラー / 5.1ch /
字幕翻訳:松浦美奈
配給:キノフィルムズ
© 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ