寡作の映画監督テレンス・マリックの
新旧2作が公開。

(2011.08.09)

地球のこれまでを他にない映像で描く

「地球の大きな生命に比べたらすべての動物と植物は、その生命に寄食する居候です」。これは、19世紀アメリカの思想家ソローの言葉だ。彼はハーバード大学を卒業した後、様々な職業に就いた。そして27歳から数年の間、街を離れ森の中で自給自足の生活を営んだ。その様子や、自然と人間の共生に対する思索を彼は本にまとめている。テレンス・マリックの新作『ツリー・オブ・ライフ』を見たら、上記の言葉を思い出した。

マリックもソローと同じ大学を卒業後、職を転々とし、映画を撮り始めた。だが、40年余りの間に5本しか撮っていない。5本目の今作が、今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。人前にでることを好まないマリックは、上映チェックのためだけにカンヌ入りし、受賞式の時にはすでに帰国、故郷のテキサスで次回作の作業中だったそうだ。

この新作では、ソローの言葉にあるような、「生命」としての地球の歴史が語られる。実際のところ「語られる」というのは正確ではないかもしれない。ヒトが登場するまでほとんど台詞などないのだから。地球が生まれ大陸が形成され、微生物が誕生する。地殻変動や気候の変化という、「生命」としての地球の「呼吸」と生物が歩む進化を、圧倒的な自然の風景とCGを巧みに使って描いており、私たちは独創的な映像を目の当たりにする。(『2001年宇宙の旅』などで知られるダグラス・トランブルが特撮に参加)。

生物の進化の突端に現れた生物のひと種、人間。ここでとある家族が登場する。50年代のテキサス。男女が結婚し息子が生まれる。ごくありふれた家族におこる、ごくごく普通に思える赤ん坊の誕生も、地球の呼吸を目撃してきた今や、大地や生物の長い歴史を背負っていると同時に真新しい命という、その「軌跡」と「奇跡」を思い、ブラッド・ピット扮する父親と同様、誰もがまじまじと赤ん坊の足の裏を見てしまう。

 

広大な大地に人を撮らえて

1978年公開の作品『天国の日々』。物語の舞台は、第一次世界大戦のころのアメリカ。シカゴの狭苦しい工場での労働から新天地を求めて汽車に乗ったビル(リチャード・ギア)と妹リンダ、ビルの恋人のアビー(ブルック・アダムス)らは、テキサスの広大な麦畑にたどり着く。

この麦畑での過酷な労働や労働者たちの何気ない日常のシーンはすばらしい。遠く地平線が見える畑で、点で散らばり黙々と作業に従事する彼らを淡い光が包む。トリュフォーなど多くの監督から愛されたカメラマン、アルメンドロスによるものだ。農業に勤しむ人々は、早起きをして仕事へ行く。その夜明けの光の雰囲気を出すために、夕方のいわゆる「マジックアワー」を狙って一日かけて準備をして撮影、時には20分しかカメラを回さない日もあったとか。

ビルとアビーの関係は、そこに農場主のチャックが加わることで変化が訪れる。生活の中の何気ない視線やささいな言葉のやりとりから、3人の関係や気持ちの揺れが分かる。この三角関係はやがて悲劇を生む。

悲劇、と書いたが、マリックの作品では、登場人物たちが、何かそうなる運命だったというふうに見えてならない。『天国の日々』では、天災がおもむろにやってくる。麦畑にイナゴの大群が来て、苦労して育てたものは台無しになる。大きな大地の天災に対して人はなす術がない(この「イナゴの来襲」や人物の関係などは「創世記」から着想されているという)。『ツリー・オブ・ライフ』では、家族には諍いが起こるし、子供には死が訪れる。だが、皆は何より起こってしまったことを受け入れて悲しむ。何が原因であるとかそんなことの追求も開示もない。ある種の諦念を思い浮かべざるを得ない。天災も、人が死にゆくことも、「生命」地球の、呼吸の一端としてマリックは見ているのではないだろうか。

<参考>
『ウォールデン 森の生活』(ソロー)小学館刊
『キャメラを持った男』(ネストール・アルメンドロス)筑摩書房刊
Le Nouvel Observateur N.2431


『ツリー・オブ・ライフ』

監督・脚本/テレンス・マリック
出演/ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャスティン
2011/アメリカ/カラー/ヴィスタサイズ/SRD/2時間18分
日本語字幕:松浦美奈
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
© 2010. Cottonwood Pictures, LLC. All rights reserved.
8月12日(金)より全国ロードショー


『天国の日々』

監督・脚本/テレンス・マリック
撮影/ネストール・アルメンドロス、ハスケル・ウェクスラー
音楽/エンニオ・モリコーネ
出演/リチャード・ギア、ブルック・アダムズ、サム・シェパード
1978/アメリカ/カラー/1時間34分
©1978 Paramount Pictures Corporation
8月27日(土)より新宿武蔵野館にて公開