新たな傑作『独裁者と小さな孫』いよいよ、公開。 映画で世界を変えるモフセン・マフマルバフ監督。

(2015.12.09)

THE PRESIDENTE-Mohsen Makhmalbaf-07

イランのモフセン・マフマルバフ監督の最新作にして最高傑作との評価が高い『独裁者と小さな孫』。本国では思い通りの撮影、公開がままならないため、現在は家族でロンドンに住まい映画制作活動をしているマフマルバフ監督にお話をうかがいました。
堕ちた独裁者の逃避行というおとぎ話にメッセージを託す。

昨年の『東京フィルメックス』で観客賞に輝いた『独裁者と小さな孫』。イランのモフセン・マフマルバフ監督の最新作にして最高傑作との評価も高く、昨年の『ヴェネツィア国際映画祭』ではオリゾンティ部門のオープニングを飾り、『シカゴ国際映画祭』では最優秀作品賞を受賞しています。イラン本国では思い通りの作品が撮りにくく、また公開もままならないため、現在はロンドンに家族で住まい、映画制作活動をしているというマフマルバフ監督にお話をうかがいました。

『独裁者と小さな孫』の舞台は中東の国のいずれかをイメージさせますが、監督に言わせればどこの国でもない、どこか架空の国で起きた本当のような嘘のような物語、大人にも子供にもわかる寓話を作ったと言います。

物語は、独裁者として国を欲しいままにしてきた大統領が、予想だにせず革命軍によって陥落させられます。が、亡命はせず5歳の少年である孫 ダチと逃避行の旅をする。捕まれば処刑されることは必至です。旅芸人の老人と少女に身をやつし、際どいところで知恵を使って窮地を脱しながら安全な場所を探すうち、元大統領は自分の悪政に苦しむ国民たちの姿を目の当たりにします。生きること、死ぬことがどのようなことなのかを、一人の男として初めて味わうことになる様子がおとぎ話のように美しくも残酷に描かれ秀逸です。

とある国の大晦日の夜。街の明かりに見入る大統領(ミシャ・ゴミアシュウィリ)と孫のダチ。「大統領ってなに?」というダチに意味を教えてやろうと街の明かりをつけたり消したり。電話一本で指示してみせるが……。
とある国の大晦日の夜。街の明かりに見入る大統領(ミシャ・ゴミアシュウィリ)と孫のダチ。「大統領ってなに?」というダチに意味を教えてやろうと街の明かりをつけたり消したり。電話一本で指示してみせるが……。
 
難しいテーマこそ、シンプルに。
最後まで魅せる工夫。

冒頭から、大統領が孫を喜ばすため、まるで玩具のように都市を照らす明かりの全てをつけたり消したりして国民を弄んでいるシーンに惹きつけられます。そのうちそれが思うようにならず、明かりがつかない! となってしまいます。ここから我々観客は、この独裁者の失脚を察知し、彼とともに彼の立場になって恐怖感を味わうことになります。

「暴力はいけない。という当たり前のことを言うためには、説教して教えるのではなく、飽きさせることなく最後まで面白く見せるため、シンプルにわかりやすく、楽しませようと工夫しました」
と、監督。

なるほど、それで今までのドキュメンタリータッチの私小説的な作品とは違った、まるでハリウッド映画のミステリーもののようなハラハラ、ドキドキのエンタテインメントになったのですね。皮肉に満ちた笑いが常に醸し出され、政治的で深刻な難しいテーマという先入観を打ち破り、新しいが老練な腕前を見せつけます。

国民の幸せには無関心で贅沢に限りを尽くした独裁者とその孫はまるで王様と王子のような暮らしをしていましたが一転、食べ物にも困り、みじめななりをして、野良犬のように逃げ回る様子が実にリアルに描かれます。一見したら悲惨で、哀れにも思えそうですが、無邪気に愛くるしい孫の存在がそれをカバーします。それまでの帝王学が全く意味のないものになったことを幼い孫の言動の端々で笑わせ、皮肉る。観る者をグングン魅了します。

追手をくらますため大統領とダチが逃げ込んだ先は床屋。脅され身ぐるみ剥がれた亭主は言う「もう少し国民のことを考えてくれれば、こうはならなかったろう」
追手をくらますため大統領とダチが逃げ込んだ先は床屋。脅され身ぐるみ剥がれた亭主は言う「もう少し国民のことを考えてくれれば、こうはならなかったろう」
 
泣かせるより、笑わせることで魅力を高める。

例えば、孫息子は王子たる品格を尊び躾けられていたわけですので「トイレしたい」と言えば従者がお尻を拭いてくれるような習慣の中で育っています。ひとりで用も足せない孫にどうやればよいのか尋ねられた独裁者は困って言います。「水たまりで洗いなさい」。

またそれまでは孫と言えど「おじいちゃん」は絶対の禁句で、「大統領」としか呼ばせない決まりも、くつがえる。「”大統領”とばれたら捕まって命はない。”おじいちゃん”と言え、”おじいちゃん”と。何度言ったらわかるんだ」に!

「笑いのない映画は魅力に欠けるものです。また、人は泣くことによってスッキリするかも知れないが、それだけです。笑えるようになると、自分を変えることに近づけるんですよ。これはチャップリンの映画からでも良くわかることですが、笑えるということは人の愚かさ加減を知るということですからね。自分のアホさを笑えるようになったら自分がわかるようになる」
と、悟すような言葉で語ります。なるほど、なるほど、そういうものか。

映画を通じて多くのメッセージを世界に発信する監督は、表現の自由を求め母国を離れても、自由に映画を作ることを優先しているわけで、映画に命がけです。

「私は国籍というアイデンティティも、権力の下に決められたものだと思うんです。数百年前に権力者が国と国の境界線を引き、それにのっとって多くの国々が存在し、ひしめき合っている。でも、その線引きをゼロにしてボーダーレスで考えたら、本当は皆同じ地球人でしょう。だから私も多くの国々を廻り、そこここで映画作りをしています。イランに留まり作る必然性もない。地球全体が私の仕事場であり、映画はそうやって作って行くものと考えています」

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■モフセン・マフマルバフ監督プロフィール
Mohsen Makhmalbaf 映画監督、小説家、脚本家、編集者、プロデューサー、人権活動家。1957年イラン・テヘラン生まれ。妻と3人の子供も脚本家や映画監督であるという映画一家の父でもある。83年のデビュー以来国際映画祭で50以上の賞を獲得する名匠。『カンダハール』(01)はカンヌ国際映画祭エキュメニック賞を受賞した。イラン政府により作品の上映を禁じられ検閲の圧力に抗議し2005年より自国を離れ世界各国で活動している。
 
地球人として映画で世界を変えたい。

身を以って映画作りを続けるマフマルバフ監督の国際人としての語り口調に、説得力がみなぎります。

さて、年老いた独裁者と小さな孫がどうなるかは本編にて見極めていただきたいものですが監督いわく、
「作品を観たら、独裁者は世界がある限り絶えないものだということがわかるはずです。それは実は、民衆が望んで生み出すものだから。国民の不安や恐怖から生まれていくんです。希望が持てるようになれば、独裁者はいらないんですよ」

これがこの作品で監督が言いたかったことなのです。寓話に託した、今の時代を言い当てているかのような新作に感服。

映画が世界を変えるかどうか、命ある限り、監督の挑戦は続きます。

貧しい子供から奪ったギターを奏でダチには少女の姿で踊らせ旅芸人に身をやつす。ダチを演じた少年 ダチ・オルウェラシュウィリはグルジアの子役でオーディションして起用。みごとな演技を見せる。
貧しい子供から奪ったギターを奏でダチには少女の姿で踊らせ旅芸人に身をやつす。ダチを演じた少年 ダチ・オルウェラシュウィリはグルジアの子役でオーディションして起用。みごとな演技を見せる。
かつて暮らした宮殿では、大好きなマリアとふたりで華麗なダンスを楽しんでいたダチ。ことあるごとに「マリアに会いたい」と言って”おじいちゃん”を困らせる。マフマルバフ監督の分身は今回の作品では政治犯でもあり、ダチが愛する踊り子 マリアでもあるそう。独裁者以外の多くの役に自身をダブらせるているのだとも言う。
かつて暮らした宮殿では、大好きなマリアとふたりで華麗なダンスを楽しんでいたダチ。ことあるごとに「マリアに会いたい」と言って”おじいちゃん”を困らせる。マフマルバフ監督の分身は今回の作品では政治犯でもあり、ダチが愛する踊り子 マリアでもあるそう。独裁者以外の多くの役に自身をダブらせるているのだとも言う。
『独裁者と小さな孫』
2015年12月12日(土)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町にて全国公開

出演:ミシャ・ゴミアシュウィリ、ダチ・オルウェラシュウィリ、ラ・スキタシュウィリ、グジャ・ブルドゥリほか
監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ、マルズィエ・メシュキニ
製作:メイサム・マフマルバフ、マイク・ダウニー、サム・テイラー、ウラジミール・カチャラワ
撮影:コンスタンチン・ミンディア・エサゼ
編集:ハナ・マフマルバフ、マルズィエ・メシュキニ
美術監督:マムカ・エサゼ
音楽:グジャ・ブルドゥリ、ダジダール・ジュネイド
衣装:カテワン・カランターゼ
原題:THE PRESIDENT
配給:シンカ
後援:ジョージア大使館