2014年、さらに進化する『東京国際映画祭』。 未来を感じさせる2作品、中国、
イタリアの秀作を想う。

(2014.02.21)


中国の新世代の台頭を感じさせる『今日から明日へ』。『第26回 東京国際映画祭』で「アジアの未来」部門グランプリ受賞。

日本橋にシネコン登場
『第27回東京国際映画祭』の会場にも。

この3月20日、開発めざましい日本橋、『コレド室町』内にシネコン『TOHOシネマズ 日本橋』が9スクリーンで誕生。そして、この秋27回目を迎える今年の『東京国際映画祭』では、六本木に加え拠点拡大で、この日本橋も会場の一部になるそうで、ますます進化する模様。

昨年の『東京国際映画祭』は、前年に比べ、観客動員14パーセントアップ。さらに上映作品の質の高さもめざましく、上映作品は各国の映画祭で注目、続々公開が決定しています。例えば『ほとりの朔子』(監督:深田晃司 / 日本)がナント三大陸映画祭で最高賞を獲得、日本での一般公開を果たしました。サクラグランプリ受賞作品となった『ウィ・アー・ザ・ベスト!』(監督:ルーカス・ムーディソン / スウェーデン)、観客賞受賞作品『Red Family(原題)』(監督:イ・ジュンヒョン / 韓国)をはじめ、『ザ・ダブル/分身』(監督:リチャード・アヨエイド / イギリス)などが、これから公開されていきます。ですから、今年の『東京国際映画祭』への期待は、早くも大きく膨らんでいます。

昨年出品された優れた作品の中から公開待たれる、二つの作品のことを想い起しつつ、ここにご紹介してみます。

中国映画のヌーベルバーグ、ついに登場。

その一つが、「アジアの未来」部門のグランプリを獲得した『今日から明日へ』。その予想は作品を観た瞬間からで、「絶対に賞はあなたたちのものだ」とインタビュー時にも断言。結果、みごと受賞は的中で、クロージングの受賞式では、「やっぱりね、おめでとう」と、彼らに声をかけたものでした。

‟ラックを呼び込みそう“と確信したのも、彼らの第一印象が、皆イキイキと輝いていたこと。活きの良い青魚みたいで、やりたいことをやり遂げた幸せ感に圧倒されました。

監督は泣き虫で、上映の後の観客たちとのQ&Aで、感極まって涙ボロボロ。そんなにも熱い、中国の広告業界出身のクリエイターが初監督をした作品です。今の中国の次世代が希望だけを頼りに、苦しみも、喜びも一緒に背負って今日から明日に生きていく。その心象風景をイキイキと描いています。


『今日から明日へ』右からヤン・フイロン監督、主演のタン・カイリン、シュー・ヤオ。


出演のイン・シャンシャン、プロデューサーのワン・ヤーシー。

***

惹きつけられたのは、中国映画のニュー・シネマが登場したということ。中国のヌーヴェル・バーグです、これは。

登場している男優、女優が、良くも悪くも旧来の中国色が極めて薄い、新世代顔。言うなら、ウオン・カーワイ監督の『恋する惑星』が彗星のごとく登場した時を彷彿とさせるものがあります。そう言えば、主演男優は、金城武にそっくりです。

大学は出たけれど仕事に就けない若者たち。今や中国では大都市だけでも600万人を越える就職難民がいて、彼らを称して「蟻族」と言うそうです。かつての監督自身もそうであり、その体験が活かされています。


ヤン・フイロン 杨惠龙 Yang Huilong 北京電影学院卒業後、CMやMTV作品などを手がける。家も売却してローンを重ね『今日から明日へ』への費用を調達した。

少女の夢を叶える男二人
「蟻族」の青春群像ドラマ。

経済成長著しい中国だから、日本に追いつけ、追い越せが就職難だと思えば、それとはケタが大違い。とにかく土地があれば大学をどんどん作る、建てる。需要があるから作らなくてどうすると、節操無く大学が作られると言います。

入学し易く、卒業もし易い。しかし、仕事に就けないという悪循環がドンドン起きていきます。しかも、自分の好きな仕事に就けなくても、嫌々でも何らかの職があったりする我が国に比べ、それすらおぼつかないというから深刻です。

それでも監督は、なんとか蟻族から這い上がりCFの仕事で成功。売れっ子になったものの、この作品制作のために会社を辞め、家も売ってこの映画で賭けに出ました。

「だからこそ、この作品を世界中に公開して出費を回収しなくては」。

もう、命がけです。まずは、中国の大都市、北京での公開を皮切りにと、意気込みます。北京などの大都市では、日本のアート系、単館系劇場の様な上映の場が増えつつあり期待できるのだそうです。

物語は、ファッション・デザイナーを夢見る少女ランランと、その彼ワン・シュー、その親友のシャオジエの日々。彼は、二人の愛の営みをこっそり盗み聴いたりして、彼女無しの“寒い”身の上でプワーさはかさむ。でも、その三人は大の仲良しで、共に思った仕事に就けないままの毎日を乗り越えようとあがいている。しかし、ランランの作ったドレスを見るや、彼女の才能を感じた二人の男は、彼女の夢を叶えることが自分たちのやりがいだと奮起し、彼女に内緒で売り込みを始めます。


ヤン・フイロン監督『今日から明日へ』

中国の新世代として
リュック・ベッソンも注目。

厳しいファッションの世界で、すでに自分の場を持つ勝組的存在を何人も登場させ、躍進めざましい今の中国の“お業界“的側面を描いているところも、興味深いところです。

一人の女をめぐる男二人の運命共同体的三角関係は、フランス映画にも良く見られ、かつて、ジャンヌ・モローがミューズ役を演じた、あのトリュフォー監督の『突然炎のごとく』を想起させます。

モテない方の男シャオジエを演じたワン・タオティエは、先にも記したように,そんな役など、とんでもないくらいの金城似の美男子。演技の勉強は、専門の大学でみっちり学び、卒業後は芸能プロダクションに所属。現在も俳優業で食べていけているというから大したものです。ランラン役の女優、シュー・ヤオは日本で仕事をしても人気が出そうな、キュートな個性派です。

あのリュック・ベッソンが、自らのスタジオに彼らを招き、この作品のポスト・プロダクションに協力したということを聞くに至っては、自分の審美眼を裏打ちされたようで、またまた、私は悦に入ります。

さて、さて、結果、ランランの将来を見いだせるのかどうかは、実際のこの作品の成功にもダブっているかのように、見通しは明るいのです。

東京国際映画祭の昨年のリニューアルに際し新設された、「アジアの未来」部門を代表し、最高賞に輝いたこの作品、それも必然だったと言えそうな未来を感じさせる存在となりました。拍手喝采です。

『今日から明日へ』“Today and Tomorrow”

*「東京国際映画祭 アジア傑作選」としてほか2作品とともに上映されます。
コンペティション 最優秀女優賞受賞『ある理髪師の物語』 “Barber’s Tales”
コンペティション 最優秀男優賞受賞『オルドス警察日記』 “To Live and Die in Ordos”
日程:2014年3月30日(日)
会場:シネマート六本木 (東京都港区六本木 3-8-15)
料金:1作品 1000円

出演:タン・カイリン(唐凯林)、シュー・ヤオ(舒遥)、ワン・タオティエ(王道铁)、イン・シャンシャン(尹姗姗)ほか
監督:ヤン・フイロン(杨惠龙)
脚本:リン・シーウェイ
プロデューサー:ワン・ヤーシー
撮影監督:スン・ティエン
プランニング・ディレクター:チョウ・イェンミン
原題:今天明天
2013 / カラー、モノクロ / 北京語 / 90分 / 中国

女優歴60年、ヴェネチア映画祭受賞女優エレナ・コッタ主演の
イタリア映画『シチリアの裏通り』

そして、もう一つの作品とは、映画祭の目玉と言っても良い、カンヌやヴェネチア、ベルリン、サンダンスなど名だたる国際映画祭で注目された作品を、東京に居ながらにして愉しむことが出来てしまう、お得で見逃せない、おなじみ「ワールド・フォーカス」部門の、『シチリアの裏通り』です。

今年の『ベルリン国際映画祭』では、最優秀女優賞を、日本の歴代最年少の黒木華が獲得。(『小さなお家』)話題の中心ですが、ここに登場するエレナ・コッタは、女優歴60年を誇る、御歳82歳という大女優。昨年の『ヴェネチア国際映画祭』の最優秀主演女優賞を獲得しました。彼女が演じるカミーラという女性が、この作品の象徴的存在となり、観るものを魅了します。

監督のエンマ・ダンテも自ら出演、そのレズビアンの恋人役の女優もいて、三人の中から、エレナ・コッタが選ばれるというのは、やはりその長い芸歴へのリスペクトもあったのでしょうか。

日本でも昨年公開された、『ペコロスの母に会いに行く』に主演した、今年90歳を迎える赤木春江が、映画出演最高齢としてギネスブックに認定され話題になりましたし。

「試写会の段階で、拍手が鳴りやまなかったので、受賞の予感はしていましたが、まさか、他の女優をさしおいて、私が賞をもらうとは思ってもいなかったんです。でも今思い出すたび涙が出ます、うれしくて」。

来日したコッタは、素直な語りが好印象で、会うなり、抱きしめたいほど好きになってしまう、そんな魅力に満ちていました。12歳の頃からシナリオを書いてみたり、演劇学校に行く前から心の中に演劇をしたいという欲望がくすぶっていたと言います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
エレナ・コッタ Elena Cotta 1931年生まれ。シルビオ・ダミーコ国立演劇学校奨学生となるが1年で中退。劇団ジョバーニカンパニーへ。その後1975年夫 Carlo Alighieroとともに劇団立ち上げる。映画は1951年”in Miracolo a Viggiù”でデビュー。2000年”Kate Woods’ Looking for Alibrandi”でオーストラリア映画協会賞助演女優賞受賞。本作で『ヴェネチア国際映画祭』最優秀主演女優賞受賞。

喜劇で悲劇でもある映画を、
台詞なしの演技で魅了。

イタリアを代表する名監督のヴィスコンティも在籍していたという演劇学校。そこで共に学んだ、現在の彼女の夫が主宰する劇団の女優となったコッタ。もちろん、今も精力的に公演を続けているのです。

演技のプロである彼女に、ダンテ監督は、あえてこの作品では台詞を与えませんでした。しゃべらない演技こそ、演技派のコッタだから出来たのではと気づき、ヴェネチアの最優秀女優に選ばれた理由も、これではっきり見えてきます。

シチリアの村の裏通りで、真正面で対面した二台の車、互いに譲ろうとはしない。そのために、それぞれの後方に連なる車は列を成して村は大渋滞に。しかし、普通の人々は諦めて迂回をはじめます。しかし、原因となった2台の車に乗る女性たちは、普通ではなかった。人の迷惑にもお構いなしで、睨みあいが続き夜も更けていく有様。一見、いかにもイタリア人気質を浮き彫りにしたコメディ仕立ての作品ですが、笑いだけでは終わらずに、これが悲劇に転じていくから目が離せません。この寓話的作品は、イタリアのみならず、常に世界のどこかで戦いが無くならない今の現状を皮肉ってもいます。戦いは、いつもこのような小さな出来事から起き、少し考えを変えたら、簡単に解決できるものを。という教訓も与えてくれる結末は、優れたシナリオと演出の賜物です。

それにしても、演じるコッタの若々しさと元気はどこから来るのか尋ねてみました。
「やはり、責任感でしょう。私の舞台を楽しみにしているお客さんを、次はどうやって楽しませようかと思っているから、歳をとる間もないですね」。
と笑いながらの答え。

女優魂あればこそ。アンチエイジングやエステとかのこざかしさなど必要もないという真実を目の当たりにし、82歳からの未来を感じて脱帽でした。

この、未来を感じさせる二つの作品が、東京国際映画祭をきっかけに、より多くの人々に観てもらえる日が明日来ることを、さらに願ってやみません。

そして、今年の映画祭の作品にも大きく期待したいものです。

takano_tiff2014_4
エンマ・ダンテ監督『シチリアの裏通り』

『シチリアの裏通り』

出演:エレナ・コッタ、エンマ・ダンテ、アルバ・ロルヴァケルほか
監督:エンマ・ダンテ
脚本:ジョルジョ・ヴァスタ
脚本:リーチャ・エミネンティ

撮影監督:ゲラルド・ゴッシ

編集 / 音響:ベンニ・アトリア

美術:エミタ・フリガート

音響デザイナー:フランソワ・ミュジー
原題:Via Castellana Bandiera
2013 / カラー / イタリア語、シチリア方言 / 91分 / イタリア・スイス・フランス
© 2013 Vivo film, Wildside, ventura film, Slot Machine