是枝裕和監督インタビュー福山雅治主演『そして父になる』 父とは何かを考える。

(2013.10.10)

 『そして父になる』より。©2013『そして父になる』製作委員会

今年5月に開催されたカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、見事審査員賞を受賞。福山雅治さんが父親役を演じたことでも大いに話題となった、是枝裕和監督最新作『そして父になる』。息子の取り違えという非情な事件をきっかけに、次第に父性を獲得していく父、「良多」の姿を描いています。公開を前に、是枝監督にお話を伺いました。

■是枝裕和 プロフィール

(これえだ・ひろかず)映画監督、テレビディレクター。1962年東京生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンで多くのドキュメンタリー作品を手がける。主な作品に水俣病担当の環境庁高級官僚の自殺を追った『しかし…』(’91、ギャラクシー賞優秀作品賞)、一頭の仔牛と子ども達の3年をみつめた『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~』(’91、ATP賞優秀賞)。初監督作品『幻の光』(’95)でヴェネチア国際映画祭金のオゼッラ賞受賞。『誰も知らない』(’04)の柳楽優弥は日本人初、そして史上最年少のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞者となった。本作は同映画祭審査員賞、サン・セバスチャン国際映画祭観客賞受賞。世界の映画祭には必ずといってよいほど名を連ねる「世界の是枝」として知られる。 初のエッセイ集『歩くような速さで』(ポプラ社刊)を9/30上梓。


是枝裕和監督

●ストーリー

大手建設会社に勤め、高級マンションでリッチに暮す野々宮良多(福山雅治)とみどり(尾野真千子)夫婦。一人息子・慶多(二宮慶多)を大切に育ててきたが、産院からの連絡で慶多は実子でないことが判明。赤ちゃんの時に取り違えが発生していたという。実子・琉晴(黄升炫)は電気屋の夫婦、斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)の元で腕白に育っていた。取り違えが起った場合、日本では血の繋がりを重要視して元に戻すという多くの事例に従い、良多は子供を交換することを提案するが……。

子どもの取り違え事件を題材にした『そして父になる』
カンヌ国際映画祭で実感した世界の反響。

―『カンヌ国際映画祭』で上映した際の観客の反応はいかがでしたか?

是枝監督:カンヌの観客にも細かいところまでヴィヴィッドに伝わったと思います。福山さん演じる主人公・良多は、家出した琉晴(血が繋がった息子)を(琉晴の育ての親 斎木一家のところまで)迎えに行きます。その玄関先で真木よう子さん演じるゆかりに「うちは(琉晴も慶多も)ふたりとも引き取ったって全然構わないんですよ」と言われた時に、客席から拍手が起きたんです。「ざまあみろ」みたいな(笑)。

福山さんも「ここで拍手が起きるということは、良多がその1時間前に言った同じセリフ「ふたりとも引き取りたい」を観客が覚えていて『あの野郎』って思っていたからですよね。」と驚いていました。字幕で1回見ただけで、あの反応が出るのは、とても観客の質が高いということです。

―良多の「イヤな奴」感は、海外の観客にもしっかり伝わったということですね。

是枝監督:息子の受験に付き添うシーンで口にする「(この学校は)儲かってるんじゃないか。」という最初の一言で、あのキャラクターが全部わかったようです。


子供の取り違え事件発覚に戸惑う野々宮慶多とみどり夫妻。福山雅治演じる勝ち組サラリーマン、野々宮慶多は実はイヤな奴。

声が決め手。
キャスティングの極意と脚本のつくり方。

―福山さんが、ぜひ監督と一緒にお仕事をしてみたいと希望されたのが本作製作のきっかけとのこと。監督は「キャスティングが作品の8割を決める」とおっしゃっていますが、福山さん以外のキャスティングの最終的な決め手はどこになりますか?

是枝監督:子役以外は、大体声を聴いて、その人の声をイメージしながら脚本を書いていくんです。今回も、大まかに書いたものを、キャスティングが決まった段階でどんどんリライトしていったので、クランクインする前の撮影稿は、選んだ方たちの声で書いたものになりました。途中で本読みを何回かするので、言い回しや語尾とかを変えながら、最終的にはあて書きになるんです。

―「是枝ノート」というものがあって、現場で役者さんたちが話していることをメモして脚本に生かす、と伺ったのですが、本作では具体的にどのあたりに反映されているのでしょうか。

是枝監督:この作品では「スパイダーマンって蜘蛛だって知ってた?」っていうセリフがそうです。顔合わせのときに、(子役の二宮)慶多くんがすごく緊張していて、もぞもぞしていたら、(リリーさんの口調を真似て)「ねぇねぇスパイダーマンって蜘蛛なんだよ、知ってる?」って、話しかけ方をリリーさんがしたんです。その子の緊張をほぐそうとしている感じがすごくよくて書き留めました。しかもリリーさん、いい声なんですよねぇ。


是枝監督は映画『ぐるりのこと』(’07、橋口亮輔監督)の時から、リリー・フランキーをマークしていたという。本作では取り違え事件のもうひと組の斎木夫婦の夫・雄大役。

是枝流、子役演出術。
肉体を通して言葉が発せられることを 大切に。

―監督は子役には台本を渡さず、その場でセリフを伝えて演出されるそうですね。

是枝監督:子役と、あとYOUさんにはそうしています。ご本人の希望で(笑)。

―それは「自然に見える」演出を監督が大切にされているからですか? ドキュメンタリーさながら、俳優の演技を感じさせない自然なムードが是枝流として知られています。

是枝監督:自分ではあまり「自然」という言葉は使わずに、「内発的な」という言葉を使うようにしています。その人の肉体を通して言葉が発せられることを大事にしたいなと思っていて。「ちゃんと聞いて話す」というのが基本なんですけど、子役の子に台本を渡すと家でお母さんと練習しちゃうから、セリフがセリフとして完結してしまうんです。セリフは現場で聞いて、相手に投げ返すもんだよって。それが定着できれば、そのほうがちゃんとその家族のやりとりに見えるから。

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―今回のように複雑な設定の場合でも、子どもたち 慶多役の二宮慶多くんや琉晴役の黄升炫くんに対して「本当のパパとママは……」といった説明もなく?

是枝監督:全然言わないです。だって(実際には)子どもはわからないで生きてるんだもの。慶多くんには、「福山さんと尾野さんと親子だよ」という説明をしているだけです。必要であれば、「家出しちゃった琉晴をパパが迎えにきたシーンで、慶多は自分を迎えに来たと思って玄関まで行くんだけど、実は慶多じゃないんだよ。だからそれがわかったら戻っちゃいな」と、気持ちを説明することもありますが、あくまでシーンごとです。

―大人の役者も、現場の子役のセリフの間合いによって、臨機応変なリアクションを求められるわけですね。

是枝監督:当然子どもは毎回同じような間でできるわけではないので、変わっちゃったところは変わっちゃったところで、大人がどう対応していくかでやっています。


撮影現場より。子どもたちに対して「本当のパパとママは……」といった説明はしなかった。

足りない時間を補うものは?

―大切なのは、血のつながりか、共に過ごした時間なのか、という問題が本作の重要なテーマになっています。カンヌでの受賞後ますます多忙を極める是枝監督ご自身のように家族との時間がなかなか取れないお父さんにとって、一緒に過ごす時間を補う要素があるとすれば、何だと思われますか?

是枝監督:時間はほかのものでは埋まらないから、結局のところ日常の積み重ねでしかないと思います。普段まったく一緒にいないのに、いきなり海外旅行に連れていったとしても、それで穴埋めになるかと言えば、ならないんじゃないかな。


写真上・良多の実の子、斎木夫妻に育てられた琉晴を演じる黄升炫くん。写真下・大人しい慶多役の二宮慶多くん。ふたりは好対照を見せる。

『歩いても 歩いても』『ゴーイングマイホーム』に続く
「良多」。名前の由来。

―ところで、是枝監督作品の中には、これまでも「良多」という主人公が2度登場しています。『歩いても 歩いても』(’08)と昨年放映されたテレビドラマ作品『ゴーイングマイホーム』の主人公・良多は、共に阿部寛さんが演じられていますが、「良多」という名前にはどんな意味が込められているのでしょうか。

是枝監督:高校のバレー部に、苗字は違うのですが「良多」という後輩がいて、比較的自分に近いところで主人公を設定するときには彼の名前をもらうことにしています。最初、(『歩いても 歩いても』の)阿部さんのときには事後承諾で使っちゃったんですけど、今回は事前にことわりました。「今度は誰ですか?」っていうから「福山さんです」「じゃあOKです」って(笑)。

―これからも是枝監督の作品に「良多」が登場する可能性は?

是枝監督:後輩の良多くんがOKしてくれれば(笑)。


『歩いても 歩いても』、『ゴーイングマイホーム』に続いて主人公の名は良多。

『そして父になる』
新宿ピカデリー他全国ロードショー公開中

出演:福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、二宮慶多、黄升炫(ファン ショウゲン)
風吹ジュン、國村隼、樹木希林、夏八木勲
監督:是枝裕和
撮影:瀧本幹也
第66回カンヌ国際映画祭審査委員賞受賞
©2013 『そして父になる』製作委員会