もしも理想の通りの恋人が現れたら
『ルビー・スパークス』

(2012.12.15)

実生活でも熱愛中のふたりが織りなす
ロマンチックでほろ苦い物語。

いよいよ2012年12月15日より全国順次公開となる映画『ルビー・スパークス』。『リトル・ミス・サンシャイン』(’06)のジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督が6年ぶりにメガホンを取った本作は、創作活動に行き詰った若き作家が、ちょっと変わった恋愛を通じて成長していくロマンチックでほろ苦い物語。

主演をつとめるのは、『リトル・ミス・サンシャイン』で口を利かない頑固なお兄ちゃん役が印象的だったポール・ダノ。天才作家としてデビューしたものの、10年間もスランプ続きの青年カルヴィン・ウィアフィールズを演じています。さらに、カルヴィンの「夢の女の子」ルビー・スパークスに扮するのは、実生活でもポールと熱愛中で、本作の脚本も手掛けた才媛ゾーイ・カザン。なんと彼女は『欲望という名の電車』(’51)や『エデンの東』(‘54)で有名なエリア・カザンの孫娘なのです。

そんな、見る前から何かと話題にこと欠かない『ルビー・スパークス』ですが、『(500)日のサマー』(’09 / マーク・ウェブ監督)を世に送り出したフォックス・サーチライトによるファンタスティックでキュートな作品でありながら、恋愛映画としてだけでなく、ひとりの人間の成長物語としても楽しむことができます。


天才作家としてデビューしたものの、10年間もスランプ続きの青年カルヴィン(ポール・ダノ)。

カルヴィンの「夢の女の子」ルビー・スパークス(ゾーイ・カザン)。
夢に見た恋人 ルビー・スパークスは、
オハイオ州出身で「新しい何かを探している女の子」

自らのスランプ脱出のために、セラピストに勧められ、夢に登場した女の子を主人公にした小説を書き始めたカルヴィン。逆光の中、白いドレスにカラータイツ姿で現われるルビーは、オハイオ州出身で「新しい何かを探している女の子」。

自分の頭の中にしか存在しないはずのルビーが、突如実体を伴って、理想的な彼女として目の前に現われたことで、カルヴィンのさえない日々が激変していきます。

赤いワンピース姿でプールに飛び込み、イルカのようにくるくる回って戯れるルビーとカルヴィン。ゲームセンターでデートに興じる二人は、『IKEA(イケア)』で新婚ごっこをする『(500)日のサマー』を彷彿とさせます。

空に浮かぶタイトルバッグからして、ハイセンスな雰囲気満載のこの作品ですが、ビビッドカラーを多用したルビーのファッションも見どころのひとつ。ネイビーのワンピースとバイオレットのタイツの組み合わせや、赤のパンツルックに、フルーツ模様のTシャツと水色のカーディガンを羽織るスタイルからは、かなりのお洒落上級者ぶりがうかがえます。何度か登場する下着の柄も見逃せません。

カルヴィンがタイプライターを叩いたとおりに、ルビーがフランス語を話す姿を目の当たりにした兄のハリーも、「こんな奇跡を無駄にするな」とカルヴィンを諭しますが、ルビーをひとりの女の子として愛し始めたカルヴィンは、「僕は書かないで彼女を楽しくしたい」「ルビーはルビーだ」と、小説の続きを書くのをやめてしまいます。


ワンピースとバイオレットのタイツの組み合わせなどビビッドカラーを多用したルビーのファッションに注目。

兄のハリー(左・クリス・メッシーナ)は「こんな奇跡を無駄にするな」とカルヴィンを諭す。

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自由な意志を持ったルビーは、カルヴィンの家族や友達とも気さくに打ち解け始め、カルヴィンの意図とは裏腹に、次第にカルヴィンと距離を置くようになります。カルヴィンはルビーが自分から離れないように

「ルビーはカルヴィンなしでは生きていけない」

と、小説を書き換えるのですが、その途端、カルヴィンから片時も離れないめんどうなタイプになったルビー。見兼ねて、ルビーには感情の赴くままに喜んだり楽しんだりしてほしいと再び小説に上書きするカルヴィン。いつしか「創造の産物」であるはずの存在を持て余すばかりか、脅かされるまでになってしまったカルヴィンは、「僕は君を自由に操れる」と、ついにルビーに打ち明けてしまうのです。

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脚本のゾーイ・カザンがこの物語の着想を得たのは、自分が作り出した彫像に恋をしてしまう、ギリシャ神話のピュグマリオーンからだといいます。「創造の産物」であった恋人が実体を得てロマンスを繰り広げるストーリーは「ココロ」を手に入れて恋の苦悩を知る『空気人形』(’09 / 是枝裕和監督)ともどことなく通じるせつなさがあります。

実際に熱愛中のカップルであるダノとカザンが、カザンが生み出したキャラクターであるカルヴィンとルビーを演じ、それを夫婦監督のデイトン&ファリスが演出するという多重構造。カルヴィンが経験した世界は、まさにリアルとフィクションの境界線を自由に行き来しながら、1本の映画を共同で紡ぎあげていく本作の撮影現場とも重なります。


カルヴィンとルビーのカップルを歓迎する母(アネット・ベニング)とその恋人モート(アントニオ・バンデラス)。ポールとゾーイとともに本作を作り上げたデイトン&ファリス監督とも重なる。
悦び、思い通りにならない葛藤、怒り、不安、哀しみ、嫉妬
それを乗り越えてこそ恋愛

自分のことにしか興味が無く、現実が自分のルールを少しでもはみ出したら失望するというパターンを繰り返していたカルヴィン。

理想の恋人、ルビーを得たカルヴィンを襲うさまざまな感情。恋愛の悦びはもちろん、思い通りにならない葛藤、怒り、不安、哀しみ、嫉妬、そしてそれらを乗り越えた先にある寛容の気持ち。そんな感情の揺らぎこそが、カルヴィンにとっては必要不可欠な通過儀礼だったのかもしれません。

いくら自分の思い通りに動かせる創造物が目の前にいたとしても、その存在を他者として愛するためには、対象物の意志を尊重する必要がある。

そう頭では理解していても、いざとなると自分の感情を抑えることができなかったカルヴィン。「体内コンパスが狂ってしまった」と苦しむルビーの姿は、まさにカルヴィン自身の叫びでもあったのです。

ラストシーン、タイプライターではなく、手書きのメモで、「ルビー最後のページを見て。」と書き残したカルヴィンは、果たして人生の危機を乗り越えることが出来るのか……。

誰かと出逢い、自分ひとりの発想を超えたところから、人生は初めて動き出す。そんなことを、この『ルビー・スパークス』は教えてくれるのです。


いつしか「創造の産物」であるはずの存在、ルビーを持て余すばかりか、脅かされるまでになってしまうカルヴィン。
●『ルビー・スパークス』のこのひと!
ルビーを演じ、脚本も手がけたゾーイ・カザン

Zoe Kazan  1983 年生まれ、アメリカ・カリフォルニア州出身。『欲望という名の電車』(’51)、『エデンの東』(’54) の巨匠エリア・カザンの孫娘である彼女は、2005 年にイェール大学を卒業し、期待される舞台女優・芸作 家として活躍。数々の賞を獲得するとともに、スクリーンでもレオナルド・ディカプリオやケイト・ウ ィンスレットと共演した『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』(’08 / サム・メンデス監 督)のモーリーン役で高い評価を受けた。主な出演映画は『告発のとき』(’07 / ポール・ハギス監督)、 『恋するベーカリー』(’09 / ナンシー・メイヤーズ監督)、『50 歳の恋愛白書』(’09 / レベッカ・ミラー 監督)など。『ルビー・スパークス』への出演後、いくつかのインディペンデント映画に出演し、現在 製作中の『The F Word』(’13 / マイケル・ドース監督)ではダニエル・ラドクリフの相手役の座をつか んだ。本作でははじめて映画の脚本を手掛け、自ら製作総指揮も行っている。

『ルビー・スパークス』

2012年12月15日(土)よりシネクイント他にて全国順次ロードショー

出演:ポール・ダノ、ゾーイ・カザン、クリス・メッシーナ、アントニオ・バンデラス、アネット・ベニング、スティーブ・クーガン 、エリオット・グールド

監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス
脚本:ゾーイ・カザン
撮影:マシュー・リバティーク
衣装デザイナー:ナンシー・スタイナー
音楽:ニック・ウラタ

原題:Ruby Sparks
日本語字幕:栗原とみこ
配給:20世紀フォックス映画
2012 年/アメリカ映画/カラー/ビスタ/SR・SRD/104 分

©2012Twentieth Century Fox