アリ・フォルマン監督『コングレス未来学会議』アニメと実写が交錯、 ハリウッドの未来を予言する黙示録。

(2015.06.17)
ファンタジックなヴィジュアルが目を惹き、カンヌ映画祭監督週間のオープニング作品としても話題になった『コングレス未来学会議』。© Bridgit Folman Film Gang,Pandora Film,Opus Film,Paul Thiltges Distribution,ARP,Entre Chien et Loup
ファンタジックなヴィジュアルが目を惹き、カンヌ映画祭監督週間のオープニング作品としても話題になった『コングレス未来学会議』。© Bridgit Folman Film Gang,Pandora Film,Opus Film,Paul Thiltges Distribution,ARP,Entre Chien et Loup
アリ・フォルマン監督といえば、前作『戦場でワルツを』(08)で自らのレバノン内戦の戦争体験をドキュメンタリー・アニメーション作品にしたことで、にわかに注目を集めた鬼才です。その最新作『コングレス未来学会議』について、監督の言葉も交えてご紹介しましょう。
アリ・フォルマン監督待望の新作は、アニメと実写のコラボ映像

『戦場でワルツを』は2008年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に、’09年にはアカデミー賞外国映画部門にも出品、ゴールデングローブ賞外国語映画部門ほか受賞多数を果たし高い評価を得て、次回作が待たれていました。

そんな彼の最新作が『コングレス未来学会議』。

実写とアニメがコラボしたSFファンタジーで、新たな手法に挑戦し完成。13年のカンヌ国際映画祭監督週間のオープニングを飾り、14年東京アニメアワードフェスティバル(TAFF)のコンペティション部門でグランプリを受賞。 いよいよ日本での劇場公開を迎えます。

20代で一躍ハリウッドスター女優になったライトだったが、50代を迎える前の実際の自分の心境を告白するかのような演技を見せる。
20代で一躍ハリウッドスター女優になったライト。50代目前の実際の自分の心境を告白するかのような演技を見せる。

フォルマン監督は今年3月開催の『東京アニメアワードフェスティバル2015』(TAFF)で短編作品の審査委員を務めるため来日。「(飽和状態とも言える)映画・映像表現の(突破口の)一つとしても、アニメと実写の融合はこれからの映画制作に新たな期待をもたらすものです」と自信をみなぎらせ発言。その風貌はまさしくギリシャ神話の神々のひとりか、聖書の中の預言者のようでもあり、非凡な才能を感じさせるオーラが漂っていました。

実写にも初めて取り組みサイケデリックかつキッチュで懐古風味のアニメ表現のミクスチャー、前作に勝るとも劣らない幻惑的な映像が『コングレス未来学会議』なのです。

原作は『惑星ソラリス』で知られるポーランドSF小説の大家 スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの未来学会議』。しかし原作からは大きく飛躍させ爛熟時代を迎えたハリウッド映画界の近未来像を皮肉たっぷりに描く問題作です。

 
SF大家の原作を元に、スターとハリウッドの近未来像を描く

物語は、スターとして自他ともに認める俳優たちの姿や表情をまだ輝きのあるうちにスキャンしておき、3Dデジタル・データとして保存。好きなようにプログラムして、いままでに出演が実現されなかったような作品にも自由自在に登場させるシステムをハリウッドの某スタジオが開発・導入するというもの。

そのシステムのメリットとは、ファンにとっては老いて忘れられていくスターの姿を見ないで済み、スターたちは老いて忘れられる落ち目を味わうこともない。そのための整形や若返りのための苦労からも開放される。さらに映画スタジオ側もそれまで悩まされ続けて来たスターのスケジュール管理やついてまわるスキャンダルなどのリスクの心配もない、といいこと尽くめの“一石三鳥”。

映画製作について、時代はもうそこにまできていてあのキアヌ・リーブスもいち早くその契約を済ませた(笑)、などという設定から始まります。

 
ヴァーチャル女優となるため、老いる前に、自らの肉体や表情の全てをスキャンして3DCG化する契約を結ぶ。
ヴァーチャル女優となるため、老いる前に、自らの肉体や表情の全てをスキャンして3DCG化する契約を結ぶ。
 

主演は、本人自身を演じる、女優のロビン・ライト。

『フォレスト・ガンプ/一期一会』で、一躍ハリウッドの仲間入りを果たし、高い評価を得てスター女優の座を獲得。ショーン・ペンと離婚、47歳を迎えた本作でもその美貌は衰えを見せてはいません。しかし、彼女に限ったことではありませんが、次世代スターもドンドン“生産”される現実の中、映画女優として不惑の時期を迎えていることも事実でしょう。本作の中でも現実のライトであるかのように自身を演じます。難病を抱える息子の治療費を必要とし、巨額の報酬と引き換えに美しさを失う前の肉体の全てを3D CG化する契約を決断。永遠に衰えを見せないヴァーチャル女優として活躍して行くことを約束されるのです。CGスキャン後、TVシリーズに主演。エージェント役で返り咲き、国家的アイコンになっていきます。

ロビンの長年のエージェントであり、密かに彼女を愛するアル(ハーヴェイ・カイテル)は、難病を持つ息子のためにもロビンのCG化契約を勧める。
ロビンの長年のエージェントであり、密かに彼女を愛するアル(ハーヴェイ・カイテル)は、難病を持つ息子のためにもロビンのCG化契約を勧める。
 
驚愕すべき世界で際立つサイケとレトロ可愛いアニメ・キャラ

“預言者フォルマン監督”の「黙示録」は、ライトのCGスキャン契約の20年後あたりから真骨頂を発揮します。映画界はどのように進化を遂げ、どんな夢を私たちに与えてくれるのだろうか? 

ロビン・ライトのスキャン契約は47歳から20年です。67歳になると契約が切れスキャンも使われなくなるのですがロビン・ライトは美しいまままったく別の方法でアイコンとなります。しかしそれは異常な方法の宣伝役。それを断り、それをやめさせたい反対分子が襲撃して世の中は大混乱……その中でも息子への揺るぎない愛を忘れない、ひとりの母としての姿も描かれます。

『ベティ・ブーブ』『ポパイ』の作者であるフライシャー兄弟へのオマージュを感じさせるアニメキャラが、随所に“レトロ可愛く"登場する。
『ベティ・ブーブ』『ポパイ』の作者であるフライシャー兄弟へのオマージュを感じさせるアニメキャラが、随所に“レトロ可愛く”登場。
 

前作にも増してみごとなアニメ映像。時にサイケデリックで観る者を酔わせますが、加えて今回監督がこだわったのは1930年代のアニメの元祖『ベティ・ブーブ』や『ポパイ』の作者として知られるフライシャー兄弟へのオマージュ的キャラの登場。どことなく日本の可愛い系キャラにも通じるベティ風キャラと70年代風サイケな絵柄が合いまって、その不思議ワールドへのタイムワープに身をゆだねるのも快感です。

そのほかのアニメ・キャラクターにはやはりスキャンされたトム・クルーズらしき男優や、マリリン・モンロー、エルビス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、らしき存在など多くの大スター、歴史的偉人もぞくぞく登場。目を凝らしていれば、有名人探しも楽しめ、ニガ笑いの連続! さあ、あなたは何人見つけられるかな?

今回のテーマはSF原作からヒントを得ることにも増して、ハリウッドで一世を風靡した大物スターが時の流れの中で、過去の存在になり消耗されていくことへの杞憂から生まれたものと痛感。あの『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(15)などの作品や、古くは、大女優の滅びの美学を描いた、『サンセット大通り』(51)にも描かれてきたハリウッドの悲劇をえぐるものです。

 
ブランシェットを断ってまでライトにプロポーズした映画愛

「主演女優にはケイト・ブランシェットと決めていたんだが、ロビン・ライトの50代を迎えようとしているにもかかわらず衰えないその美貌に魅了され、(宝の持ち腐れ的存在の)彼女こそ、この作品にふさわしい存在だと確信。ブランシェットにはキャンセルさせてもらいました。それがまた、断るのにずいぶんと苦労しましたけどね(笑)」
と、言う監督。

このエピソードを聞くにつけ、この『コングレス未来会議』をライトの女優人生の集大成として欲しい。そんな野心にも近い想いをライトにぶつけたのではと感じさせるフォルマン監督。もっと言うなら、フォルマン監督がロビン・ライトをシンボライズしてハリウッドに生きるすべての女優の行く末を暗示し、仮設づけた試みがこの作品であり、そのリアリティを生み出すためにも主演はライトでなくてはとの思いがあったことでしょう。

売れっ子ブランシェットを蹴ってまでも、ライトに持ち込む勇気、また、そのオファーを受けるライトの包容力には、拍手を惜しめません。

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アリ・フォルマン監督プロフィール Ari Folman 1962年生まれ。ホロコーストを生き延びたポーランド人を両親に持つイスラエル出身。2008年より長編映画を手がける。本作以前に発表した5作品全てが多くの賞を獲得し高い評価を得る非凡な才能の持ち主。次回作は『アンネの日記』に関わるものだという。
 

また、作品のキャッチ・コピーとして掲げられた「世界がどんなに変わっても、揺るがない愛」とは、映画世界を誰よりも愛し、映画作りへの愛を失いたくないアリ・フォルマン監督と実力派女優としての誇りを忘れたくないロビン・ライトの「映画愛」のことでもあると思えてなりません。

前作も重い戦争体験をより多くの人々に理解してもらうため、アニメーションという形をとって評価を得たフォルマン監督。今回の黙示録のような哲学的な作品にこそ、アニメーション、そして実写との融合がいかに有効で効果的かを目の当たりにしてくれてもいます。

そんな、希少な作品の完成です。

『コングレス未来学会議』2015年 6月20日(土)新宿シネマカリテほか全国公開

出演:ロビン・ライト、ハーヴェイ・カイテル、ジョン・ハム、ポール・ジアマッティほか
監督・脚本:アリ・フォルマン
原作:スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来学会議』
アニメーション監督:ヨニ・グッドマン
撮影監督:ミハウ・アングレール
編集:エリ・フュレー
音楽:マックス・リヒター
音楽監修:アヴィヴ・アルデマ
視聴効果監修:ロイ・ニツァン
2013年/イスラエル・ドイツ・ポーランド・ルクセンブルク・フランス・ベルギー/英語/カラー/120分/DCP・BD/
原題:THE CONGRESS
配給:宣伝:東風+gnome
© Bridgit Folman Film Gang,Pandora Film,Opus Film,Paul Thiltges Distribution,ARP,Entre Chien et Loup

日本語字幕:和泉珠里(日本映像翻訳アカデミー)
字幕監修:柳下毅一郎