まさに「世之介」そのもの
『横道世之介』沖田修一監督。

(2013.02.21)
『横道世之介』 沖田修一監督 ©2013 by Peter Brune
『横道世之介』 沖田修一監督 ©2013 by Peter Brune

吉田修一が80年代を舞台に描いた青春小説『横道世之介』を、高良健吾、吉高由里子を始め、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、柄本佑ら、若手実力派から、きたろう、余貴美子といったベテラン勢まで取り揃え、見事に映画化した沖田修一監督。『南極料理人』や『キツツキと雨』で、独特のユーモアのセンスと、卓越した観察眼を発揮して、共同体における人間模様を丁寧に描いてきた沖田監督が、初のラブストーリーとなる『横道世之介』を映画化するにあたっての思いや、監督自身の中学、高校時代と密接に繋がる、映画製作の原点について伺いました。

■沖田修一 プロフィール

(おきた・しゅういち) 1977年生まれ。初めて観た映画の記憶は『グレムリン』。自宅にあったビデオカメラで映画製作の面白さに目覚め、仲間と一緒に映画を撮り始める。日本大学芸術学部映画学科撮影・録音コース卒業。短編『鍋と友達』(’02)で第7回水戸短編映像祭グランプリを受賞。初の長編作品は『このすばらしきせかい』(’06)。その後TVドラマの脚本や映画のメイキング撮影などを経て『南極料理人』(’09)で商業映画デビュー、第29回藤本賞新人賞や新藤兼人賞金賞などを受賞。オリジナル作品『キツツキと雨』(’12)では東京国際映画祭審査員特別賞を受賞したほか、ドバイ国際映画祭で最優秀男優賞(役所広司)、最優秀脚本賞、最優秀編集賞を、第4回TAMA映画祭で最優秀新進監督賞を獲得。本作で主演を務める高良健吾とは、ドラマを含めて4作品目のタッグとなる。

沖田監督トリビア:吉田松陰、オバマ大統領、チャン・グンソクと同じ8月4日生まれ。劇団『五反田団』主宰の前田司郎とは、日大豊山中学・高校時代の同窓生。

まさに「世之介」そのもの
語り口がとっても独特な沖田監督。

澄みきった空が遠くまで見渡せる、眺めのいい高層ビル内の一室で行なわれた今回のクリエイターインタビュー。「沖田監督はどうやら人見知りらしい……」という事前の噂を吹き飛ばすかのようなリラックスムードの中、まさに「世之介」の映画の魅力そのものといった、飾らない沖田監督の発言で、現場は始終笑いが絶えません。ものすごく腰の低い沖田監督は、こちらの質問にひとつひとつ、「あ~」とか「えぇ」とか「はい」とか頻繁に相槌をうちながら答えてくれるのですが、なんだかその語り口がとっても独特なんです。

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ー今回、原作を読んだ沖田監督が「動いている世之介を高良くんで見てみたい」と思われたのが映画化のきっかけの一つと伺ったのですが、4本目のタッグとなる高良さんとは、どのようなアプローチで、世之介に息を吹き込まれたのでしょうか。

沖田監督:実は、最初はもうちょっと原作に近い世之介像をイメージしていたんです。でも、高良くんと撮影していく中で、あんまりこう飄々としたという感じよりも、うれしかったら笑うし、悲しかったら泣くし、みたいな、どこにでもある感情でそのままやった方がいいんじゃないかって気がして、最終的には映画の世之介のほうが原作よりちょっと感情豊かな感じにはなりましたね。

ー高良さんも熊本のご出身で、九州から上京してくる世之介と重なる部分がありますよね。

沖田監督:プライベートの高良くんを見ていて、どこかおおらかな感じがするなと思っていたんです。世之介ってむずかしいんですよね。ちょっと役者としてアタマで考えちゃうと、もうその時点で世之介じゃなくなるっていうか。なんか、一番簡単なようで一番難しい。なんかそういう役だったと思うんですよね。だから後から考えると、高良くんもほんとによくやってくれたなって思います。

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ー『横道世之介』は、沖田監督にとって、初めての恋愛映画ということですが、これまでの『南極料理人』や『キツツキと雨』と比べて、演出する上で違いを感じた部分はありましたか?

沖田監督:単純に、おっさんたちが集まって何かするほうが好きなだけで(笑)、ことさら恋愛映画に苦手意識があるというわけでもなかったですね。今回、若い女性が沢山出ているので、ちょっと気恥ずかしいものはありましたけど(笑)。こういう題材だったときに、世之介と祥子の話をちゃんと面白がって作れればいいわけですよね。この映画に出てくる祥子っていうキャラクターだって、単純に生まれた環境とかで話し方がちょっと変わっているだけであって、基本的には19歳のなんていうことはない普通の女の子ですし。そのあたりをちゃんと面白がって撮れればと。あ、でも吉高さん自身が本当に面白いっていうのもありましたけどね(笑)。

ー『横道世之介』を35ミリフィルムで撮影された経緯は?

沖田監督:もちろん、(80年代という)時代設定というのもあったんですけど、カメラマンの近藤さんから「フィルムで」って話になったときに、もうこの機会を逃したら絶対35ミリフィルムでやる機会ないなって思ったんで、もう理由がないけど「やりたいです!」って(笑)。ただ、フィルムで撮ったのに仕上がりはフィルムじゃないって、とても不思議なことが起こっているんですけど(笑)。


左・舞台は1987年。横道世之介(高良健吾)は長崎の港町から大学に通うために状況、アパートを借りてひとり暮らしすることになる。右・大学で倉持(池松壮亮)、唯(朝倉あき)らと知り合い、サンバ同好会へ入部。


左・世之介はちょっと浮世離れしたお嬢様、与謝野祥子(吉高由里子)とデートすることになる。右・暑い夏は同級生の加藤(綾野剛)の家に入り浸る世之介。ある晩、一緒に散歩にでかけた加藤から衝撃的な告白をされる。


左・世之介の部屋のおとなりに住む謎の男・室田(井浦新)の正体は? 右・夏休みに祥子は世之介の実家のある長崎に遊びに来る、世之介の家族に溶け込み忘れられない夏を過ごすことになる。


左・世之介への好感を隠そうとしない祥子であったが……。 右・世之介と彼をとりまく人びとの青春時代と、その16年後の世界が描かれる。

アメリカのアカデミー賞受賞を目指す
「アカデミー部」部員だった高校時代。

ー本作の脚本を担当されている劇団『五反田団』主宰の前田司郎さんとは、中学・高校時代の同窓生で、高校ではアメリカのアカデミー賞受賞を目指す「アカデミー部」を結成されていらしたんですよね?

沖田監督:そうなんです。すぐ廃部になりましたけど。すでに中学くらいのときから、前田くんとは遊びで映画を撮ったりもしていて。

ー前作の『キツツキと雨』同様、本作も旧知の方との共同脚本という形をとられていますが、沖田監督にとって、以前から親交のある方ならではの親密感のようなものが、作品にも影響すると感じられることはありますか。

沖田監督:今回は原作があったので、『キツツキ~』のときとは脚本の書き方も全然違って、僕が初稿を書くべきタイミングで時間が取れないでいたら、プロデューサーの西ケ谷さんから「前田くんどうですか?」って提案してくれて。僕も全然知らない脚本家さんに頼むよりは、前田くんにやってもらったほうがいいかなって思ったし、前田くんも「沖田なら」って引き受けてくれて。やっぱり、気心が知れているスタッフだと、何を面白がってるか、というのが似通ってる感じがやりやすい部分はありますね。

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ー沖田監督の原点である「アカデミー部」の頃の映画に対する思いは、現在の映画製作にも引き継がれている部分がありそうですね。

沖田監督:そうですね。カメラが遊び道具の一つという感覚が、いまだに抜けきれないところがあって逆に困るんですけど(笑)。もともと家にハンディのビデオカメラがたまたまあって、ずっと遊び道具の一つだったんですよね。自分の顔のアップと物のアップをつないで「うわ、これテレビでみたことある!」(笑)って感じで盛り上がって。特に編集が面白かったな~。放課後に大友克洋監督の『AKIRA』(’88)のパロディみたいなのを作ったりして。タイトルは『OSAMU』とか……、ははは(笑)。その辺の「模倣が楽しい」ってところから入って、なんとなく自分でも作ってみたんですけど、やっぱり5分くらいにしかならないんですよね。それで、改めて2時間ある映画ってすごいなって思って。そこから映画を観始めたんです。

『文芸坐』や『早稲田松竹』
名画座に通って映画研究。

ーやはり、かなり集中して映画を見た時期も?

沖田監督:高校生くらいのときは馬鹿みたいに映画を見てましたね。高校(日大豊山)が護国寺にあったんで、帰り道に池袋で降りて、『文芸坐』や『早稲田松竹』とかにばっかり通ってたんですよ。別に暗かったわけではないんですけど(笑)。

だから、どちらかというと、映画が好きで観始めたっていうよりは、自分で作ってみて初めて映画が好きになったという感じですね。

ーその後、日大芸術学部に進まれて―。

沖田監督:そうですね。入れるぞ~なんて言ってね。なんか写真部にいたときに出品した街の写真コンクールで銅賞みたいなのをもらって、それで推薦で入っちゃったんですよねぇ。

ーその頃から、映画監督になりたい、という明確な意志が芽生え始めたのでしょうか?

沖田監督:監督になりたいっていう思いも、もちろん若いからあったにはあったんですけど、根底には面白いものをみんなで作りたいなっていうか、自分の考えている面白いものを画にしてみたいなっていうところしかなかったですよね。

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ーそもそも沖田監督と「映画」との出会いは? 初めて観た映画の記憶を聞かせてください。

沖田監督::うーん、自覚して最初に観たのは『グレムリン』(’84)だったと思うんですよね。当時、僕が住んでいた地域ではたしか『ゴーストバスターズ』(’84)と2本立てで‥‥どっちを見ようかな、ってなって『グレムリン』を観たなー。たぶん僕らの世代の黄金っていうか、テッパンは『グレムリン』とか『グーニーズ』(’85)ですね。

ー好きな監督をあげるとしたらどなたでしょうか?

沖田監督:いや、ひとりだと大変ですよねぇ(笑)

ーじゃ、1人じゃなくても(笑)

沖田監督:好きな監督さん、いっぱいいますけどねぇ……でも、宮崎駿監督は好きですね。『となりのトトロ』(’88)とか。

ーいきなりアニメが出てくるとは思いませんでした‥‥実写では?

沖田監督::……うーん、誰だろう……でも中国映画とか好きです。『こころの湯』(’99)、『胡同のひまわり』(’05)のチャン・ヤン監督とかすごい好きですね。あと、最近DVDで観たキム・ギドク監督の『弓』(’06)も相当おもしろかったです。

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ー『こころの湯』、沖田監督作品と通じるところがありますね! 監督の作品はいつも普遍的なテーマを扱っていて「古びない」感じがするんですが、演出上、何か秘訣はありますか?

沖田監督:そうですね、あんまり一過性のことは考えていないかもしれないですね。う~ん、でもやっぱり常に長生きしたいなっていうのはありますかねぇ(笑)。ふふふ。作品も自分も。

その辺にいるごくごく普通の人たちの生理で動いて映画になった方が、見ているお客さんも自分たちの話だと思って見られるだろうし、「普通こんなこと言わないよ!」みたいなことを、映画のストーリーの都合上では絶対使わないようにするとか、そういうことはいちいち気にはしますけどね。

結構、「普通はこうだよね」っていうことをちゃんと脚本に書いてあげると、役者さんも動きやすいみたいです。そうすると役者さん自身もちゃんと堂々としてられるから、こちらはそれを撮るだけっていう作業になるんですけど。その辺には気を使ってます。

ー多忙を極める監督ですが、日ごろからクリエイターとして心がけていることは何かありますか?

沖田監督:心がけていることですか……うーん……(悩)、「健康」っていいたいところなんですけど(笑)。タバコも吸いすぎてるし、酒も飲むし。いやぁほんと自堕落だな~。

ー最後に、ご自身を形作っている「沖田監督の素(もと)」のようなものが何かあれば教えてください。

沖田監督:いや、いつも映画のことしか考えてないんで‥‥って、いやぁ~、俺、今カッコいい事言ったなぁ、うわぁ‥‥(と、照れまくる)。でも、もし時間があったら僕、卓球好きなんで卓球やりたいですね(笑)。

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「監督なのに、現場では堂々としてられないんですよ、はははは……。」と楽しそうに笑う沖田監督を見ていると、俳優陣がこぞって沖田組に参加したいと切望するというのが本当によくわかります。

自然体で、想像していたよりもずっと饒舌な沖田監督は、普通の人たちの普通の暮らしをちゃんと面白がって描くことができる立派な映画監督。不摂生な生活をしながらも長生きしたいと願うところや、いつも映画のことで頭がいっぱい、と自分で言っておきながら照れまくるところなど、日常のなんでもない瞬間に「ふふふ」と、つい思い出し笑いをしてしまいそうな、まさしく『横道世之介』を地で行っているような方でした。

初めて観た映画も70年代後半生まれの世代にとってはお馴染みの映画で、スタジオジブリ作品に影響を受けていたり、ホームビデオがちょうど各家庭に浸透しつつある時期に映画に親しんでいたり、ごくごく普通の庶民の感覚をブレずに持ち続けている沖田監督にとって、映画を作ることもきっとその延長線上にあるのだと思います。奇をてらうことなく、自らが面白いことを感じるセンサーを大切にしながら、地道に映画と向き合っている真摯な姿勢が伝わってきました。

『横道世之介』ストーリー

長崎の港町生まれの18歳、横道世之介(よこみちよのすけ)は大学進学のために上京。嫌みのない図々しさが人を呼び、人の頼みは断れないお人好し。そんな世之介とガールフレンドの与謝野祥子をはじめ、友達やそのまわりの人々の青春時代。そしてその後、世之介に起こったある出来事から呼び覚まされた、その愛しい日々と優しい記憶の数々……。

『横道世之介』
2013年2月23日(土)新宿ピカデリー他、全国ロードショー!

原作:吉田修一『横道世之介』(毎日新聞社、文春文庫刊)  
監督・脚本:沖田修一  
脚本:前田司郎 
出演:高良健吾 吉高由里子 池松壮亮 伊藤 歩 綾野剛 朝倉あき 黒川芽以 柄本 佑 佐津川愛美 大水洋介 田中こなつ / 井浦 新 堀内敬子  國村 隼 / きたろう 余 貴美子   
制作:日活  配給:ショウゲート  
製作:『横道世之介』製作委員会 
©2013『横道世之介』製作委員会