映画『ミッドナイト・イン・パリ』5/26公開 W・アレンが恋の都パリを描き、
NO.1の永久保存版が誕生。

(2012.05.25)

映画『ミッドナイト・イン・パリ』

今まさに、2012年のカンヌ国際映画祭の真っ最中。

昨年のカンヌのオープニングを飾ったのが、この『ミッドナイト・イン・パリ』でした。

ちなみに、今年のカンヌ映画祭のオープニング作品は、ウエス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム(原題)』で、アンダーソン監督が大学在学中、映画制作を手がけていた頃に、脚本を担当していた同級生がオーウェン・ウイルソンで、彼が『ミッドナイト・イン・パリ』の主演男優なのです。アンダーソン監督にとって、オーウェンは『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』などで、お約束の存在。出演・脚本に関わっていることで知られています。残念ながら、新作には関わっていませんが、ウディ作品に主演する時のウディ自身に生き写しのオーウェンの演技、これがものすごくおかしくて、心地よいのです。

主人公の言うことが、限りなく真実に近いわけなのですが、鈍感に生きる人々にとっては、奇人変人の戯言にしか思えない。とりあってはくれず,そのうち愛想をつかされる羽目に。いわゆるウディ節の真骨頂とも言える、ピュアな男の精神が随所に張りめぐらされていて、とても愛おしいのです。

2011年度のアカデミー賞でも、ウディ・アレンは『アニー・ホール』、『ハンナとその姉妹』から少し時間があきましたが、この作品で、脚本賞、三度獲得という栄誉を確実なものにしました。

主人公ギル(オーウェン・ウィルソン)
ただ、ただもう、ロマンチックな、ウディお気に入りのパリ・スケッチ。

今回の作品は、数ある彼の映画の中でも100点満点であると言われるほど評価が高く、絶賛と共感の嵐。試写室でも、めったに笑わない映画関係者たちも素直に反応、彼の巧みな演出に引き込まれっ放しで、まさしく、ウディの魔法の世界にトリップできるのです。

気持ちのいい脳内ホルモンが、多量に放出されるかのような、観終わった後のうっとり、すっきり感は、最近まれに感じられるもので、街に出れば、そこもまたパリかと錯覚するほど、この映画に迷い込んだ自分を発見してしまう。

すぐさまパリへと飛びたくなる想いでいっぱいになるのは、何度か行ったことがあるからこそ。

世界に素晴らしい観光的名所・旧跡は数あれど、パリは、他とは違うんです。また、行きたくなるという気分にさせてくれる時に、その理由が、他とは違うからと言うしかない。

その気分を思い出させてくれる力が、この映画には満ち満ちています。

エッフェル塔、セーヌ川、ノートルダム寺院、オランジェリー美術館に始まるいくつものミュージアム、マキシム・ド・パリ、ヴェルサイユ宮殿などなどが登場、どれもウディの魔法のフィルターによって、より魅力的に映ります。

昔の恋人に、急に会いたくなるような感覚、そんな気持ちにも似た甘酸っぱい気持ちにさせてくれる、ロマンチックで美しい映画です。

「パリは恋人」なんて言われることの多いこの地には、いつも焦がれていたい。そう思わせる映画なのです。

エッフェル塔の上で催されたワインの試飲会で。ギルと婚約者のイネズ、その友人ポール夫妻
ギルとイネズ、その友人ポール夫妻はオランジュリー美術館へ。
‟パリのアメリカ人“の気持ちを描いた絶妙のコメディ。

名画中の名画、ビリー・ワイルダー監督の、『昼下がりの情事』では、オードリー・へプバーン演じる若い女がパリを訪れたゲーリー・クーパー演じる男につかの間の恋をし、その舞台が、かの有名なホテル・リッツでした。恋華やかなるパリにふさわしい映画でした。

そして再び、今こそパリの良さを、映画にしてくれたのがウディ・アレンで、本当によかった。‟パリのアメリカ人“としての、彼の視点で、今回もパリは輝きます。

ウディが未だに芸術家たちの溜まり場であるパリにエトランゼ(異邦人)としての立場を守ってきたのは、「自分がNYにいるからだ」そうです。NYは「本妻」、パリは「恋人」とでも言ったらいいのかもしれません。

オーウェン・ウイルソン演じる、主人公ギルは婚前旅行として、婚約者イネズとその両親、彼女の親友夫妻とともにパリを訪れます。売れっ子脚本家として何不自由のない暮らしを送り、美人で家柄の良いフィアンセと結婚の約束もして、人生絶好調のジルでしたが、そんな幸せに疑問を投げかけるのが、パリという都でした。

かつて、世界中の芸術家たちが集い、思い思いの人生を送り、多くのすぐれた作品を生み出すことが出来たのもパリだったから。世界の中でも唯一無二の特別な街です。ギルは突然、その時代にタイムスリップし、過去の芸術家たちが、彼の前に現れては、良き時代のひとコマひとコマを披露していくのです。

ギルとイネズは、モネの故郷ジヴェルニーを訪れる。
ヴェルサイユ宮殿を訪れるギルとイネズ、その友人ポール夫妻。
パリの古き良き時代の芸術家が、揃い踏みで登場。

旧型のプジョーに乗せられ、詩人で画家のジャン・コクトーのパーティの真っただ中に入り込む。そこでギルが出会った面々はというと、映画化もされ大ヒットした、『華麗なるギャツビー』の原作者であるフィッツジェラルドと妻ゼルダ、映画『五線譜のラブレター』でも明らかな、同性愛者でありながら愛妻家として知られた名作曲家のコール・ポーター、ハードボイルドな生き方と作品が、多くの男性たちからアイコンとして今も慕われる作家のヘミングウェイ、スペイン出身だが、メキシコやフランスで名作を生み出した映画監督のブニュエル、彼とは映画『アンダルシアの犬』を一緒に作った、画家のダリなどなどが夜毎集う、1920年代のパリ社交界が展開し、観る者を魅了します。

はたまた、アール・ヌーボーの画家たち、ロートレック、ゴーギャン、ドガらにも遭遇……。このように、パリを舞台に活躍した芸術家たちを代表する面々の‟亡霊“が蘇り、彼らを、誰がどう演じるかも観どころで、観ているだけでも楽しいのですが、また、彼らが交わすおしゃべりにもひしひしと、笑ってしまう。そのあたりが、さすがのウディ流です。

5区のMontagne Sainte Genevieve通りで、ギルが出会ったのは…。
ラ・トゥルネル河岸のブキニストで。
独特のアイロニカルな場面で、笑える快感。

まさしくウディ自身が、「もし、ヘミングウェイの時代に生まれていたら、今とは違う自分になれただろうに」とパリで人生を送れていないことを悔やんでいるかのような思いが込められてもいます。

一見、楽しくパリ観光出来て、芸術散歩もできるお得で楽しい作品に思え、それはもちろんなのですが、辛辣なユーモアが、大人としての証明を観る者につきつけるから、そういう映画に飢えている私などには、たまらない快感でした。

主人公の婚約者も、両親も、日に日にギルには違和感を覚え、不満を募らせていくのですが、ギルにとっても彼らは軽佻浮薄な、あくまで、‶パリのアメリカ人〝に過ぎない。‟おのぼりさん根性”が見え見えで、失望させられていきます。
旧所・名跡観光地としてしか、パリの良さを感じていず、相変わらず、「世界一は、我が国アメリカ(特に西海岸)」とのプライドと自負をかざし、鼻につく。そういう不遜な印象が、主人公ジルにも違和感を感じさせ、今の自分の生き方と、この結婚に戸惑いが芽生えていきます。

彼女の父親は、パリにいるというのに、味わうワインはカリフォルニアもの。「やっぱり、ワインはカリフォルニアに限るなー」と、悦にいる。(笑)

『マキシム・ド・パリ』で、婚約者イネズの彼女の両親とディナー。
ホテル・ブリストルの一室で、イネズと口げんか。
アメリカ国内より、評価されやすい(?)知性と笑いのウディ作品

本物とは何なのか、このグローバル時代にあっては、何事につけ、良いところも悪いところも均一化され、心もとない。

よもやパリのパリたる価値は、私たちが良きパリの時代を忘れることなく、パリは永遠不滅なのだと、心に留めること。

世界の恋人と呼ばれるほどの、パリだから、特別であって欲しいし、生活する場というより、やはり遊びに行くのが、世界一ふさわしい都市なのだと、エトランゼを生涯貫きたい私は、思うのです。

この映画はそう言っていると思うし、勝手に我が意を得たりの気持ち。
ウディ監督、よくぞやってくださいましたと、敬服しないわけにはいかないのです。

彼がよく口にしている、自分の作品は、アメリカ国内の興行成績や評判より、海外の方がうんと高いのだ、ということ。

その思い余ってか、このところはバルセロナ、パリ。そしてすでに、次はローマと、海外への思い入れを行動に起こしていますが、その集大成はパリであって当然です。

フランスでは、セザール賞で、『マンハッタン』(80)、『カイロの紫のバラ』(86)で最優秀外国作品賞を授与、02年のカンヌ映画祭では、特別生涯功労賞を捧げたことも事実。フランスの彼の才能へのリスペクトは、並々ならないものがあります。

そもそも脚本・出演で、デビュー作品となった、『何かいいことないか子猫チャン』制作の折り、パリへの想いを募らせたそうですが、成功後の拠点は、あくまで彼の地元、NY、マンハッタンでした。

シェイクスピア・アンド・カンパニー書店にて。
今回のミューズは、フランスを代表するマリオン・コティヤール。

話題作を次々と生み出し、ダイアン・キートン、ミア・ファローをミューズとして男のロマンを何本も映画にし続けた幸せな監督、ウディ・アレン。彼が恋をするたびに生み出されるのが映画作品とでもいうかのように、一年を空けず次々と精力的に作品を残しました。

同年に複数の映画に取り組んだこともありましたが、『世界中がアイ・ラブ・ユー』を皮切りに、舞台は広くヨーロッパへと広がって行き、ミューズたちもスカーレット・ヨハンセン、ぺネロぺ・クルスなど、次世代の女優に焦がれていきます。

そして、今回は、あのマリオン・コティヤール。

『エディット・ピアフ 愛の賛歌』では、彼女はピアフに成り切りでしたから、アカデミー賞主演女優賞の授賞式に初めて素顔が、明らかになった感がありました。会場は、彼女の美女ぶりに圧倒されたものです。

今回作品では、そんなコテヤールの魅力全開です。ピカソの愛人役で、夜のパリの案内人、主人公ギルの夢のミューズ役です。オルガという妻とは生涯結婚を貫くも、数えきれないほどの愛人をモデルとして作品にも残したピカソ。さて、このウディの世界に誕生した、新ピカソ愛人のアドリアナが、どんな美女に描かれているかもちょっとした見どころです。

そして、ウディにとってのアドリアナ、マリオン・コティヤールとは?

「彼女は多面的な魅力の持ち主。何時間一緒にいても飽きない魅力の持ち主なんだ」と彼に言わせた、今やフランスを代表する女優です。

パリに焦がれる気持ちが、カーラ・ブルーニをも動かした?

エトランゼとしてパリを訪れたものの、彼女に惹かれ、幻惑されて、積年の想いを果たして、このままパリに留まるのかどうか、我を忘れて迷うギル。ここがまた、パリ好きには、たまらなく共感できるところで、彼に成り切り、グーンと想いが迫ってきます。

今からでもパリに住んでみたい、次生まれるならパリに、とか…想う心をずっと抱かずにいられないパリは、憧れだからこそ、永遠の、心のパリなんです。痛いほど、ウディ監督に共感してしまいました。

しかし、すでに彼の気持ちはローマに飛んでもいて、今年の4月に公開された『TO Rome with Love』では、脚本、監督、出演もし、ミューズはぺネロぺに戻ってと、あくまで気の多い‟モテ男“、ウディではあります。

だから、今回作品のミューズは、コテヤールというより、パリそのものでしょうか。そういえば、パリは女性代名詞で語られますしね。

花の都、恋の都パリを描いて、NO1と言うべき映画、永久保存版の誕生です。

落選した元サルコジ大統領夫人、カーラ・ブルーニを、美術館ガイド役に起用できるのも、ウディ・アレンだけでしょう。

ロダン美術館の案内人を演じるカーラ・ブルーニ。
ノートルダム寺院脇のジャン23世公園で。
『ミッドナイト・イン・パリ』
クリニャンクールの蚤の市のマルシェ・ポール・ベールにて。

監督:ウッディ・アレン
出演:オーウェン・ウィルソン、マリオン・コティヤール、レイチェル・マクアダムス、マイケル・シーン、キャシー・ベイツ、エイドリアン・ブロディ、カーラ・ブルーニほか
2011年/スペイン=アメリカ合作/カラー/1時間34分/英語・フランス語/字幕:石田素子/配給:ロングライド
5月26日(土)、新宿ピカデリー&丸の内ピカデリーほか全国ロードショー