『ブラック・ブレッド』
A・ビジャロンガ監督インタビュー。

(2012.06.29)

公開中の映画『ブラック・ブレッド』は2011年、
スペインのアカデミー賞にあたるゴヤ賞で史上最多9部門、
そのほかガウディ賞など国内の重要な映画賞の受賞、
アカデミー賞外国語部門ノミネートなど、ヨーロッパで話題の作品です。
その監督、アグスティ・ビジャロンガに、映画監督としての原点についてお話していただきました。

■アグスティ・ビジャロンガ プロフィール

Agusi Villaronga 1953年、マヨルカ島生まれ。幼い時から映画好きの父親の影響で映画に親しみ、映画製作をするように。キリスト教主義の学校教育を受け、バルセロナ大学では美術史、歴史、地理学を学ぶ。舞台俳優としてデビュー、俳優、コスチューム・デザイナー、、美術監督、脚本家として幅広く活躍。『硝子の檻の中で』(’87)で長編デビュー。『月の子供』(’89)でゴヤ賞脚本賞、『El mar』(原題 / ’00/ 未)でベルリン映画祭マンフレート・ザルツゲーバー賞、スペイン・ブタカ賞にてベストカタロニア映画賞、『アロ・トルブキン-殺人の記憶』(’02 / 未)でメキシコ・アカデミー賞(アリエル賞)で7部門を受賞。ストーリー展開、美しい映像美で知られるスペイン映画界を代表する監督のひとり。

『ブラック・ブレッド』ストーリー

1940年代、スペイン・カタルーニャ。鬱蒼と茂った森の奥で、少年、アンドレウ(フランセスク・クルメ)は幼馴染みの少年とその父が息絶えるのを目撃。死にゆく友人、クレットが最期に「ピトルリウア……」とうめくのを耳にする。”ピトルリウア”とは、森の洞穴に潜むと言われる羽根を持った怪物の名前だった。当初は事故と見ていた警察だが、崖下に横たわった遺体を調査した結果、殺人事件と断定。左翼の運動に関わってきたアンドレウの父ファリオルが、第一容疑者として目をつけられる。

カタルニア地方に伝わる伝説を
モチーフに。

―主役の少年、アンドレウ(フランセスク・クルメ)の眼差し、たたずまい、が印象的です。物事の本質を見抜こうとするような強い目線です。

ビジャロンガ監督: キャストを探しに、私たちは都市ではなく、地方の村の小学校に行きました。そこでフランセスクを見つけました。彼の瞳、純粋無垢な視線が素晴らしかった。演技の経験がないので、いろいろ指導しなければいけなかったのですが、テストでのセリフ回しもよかったし、ストーリーをたいへんよく理解していました。自然体であるところもよかった。アンドレウは難しい役どころでしたが、フランセスク本人はとても明るく、面白くて、人を笑わせるのが好きな社交的な少年です。

―映画に出てくる「ピトルリウア」という魔物は、カタルニア地方に伝わる伝説でしょうか。スペイン映画には『ミツバチのささやき』(’73)『パンズ・ラビリンス』(’06)子供と魔物を描いた作品が少なくありません。

ビジャロンガ監督: 私が最初に原作を読んだ時、「ピトルリウア」は原作者が考えた魔物だと思っていたのですが、実際に鳥人間のような伝説が、物語の舞台になているカタルニア中央部の地方にあると知りました。半分人間、半分鳥のいわば鳥人間のようなモンスターです。

アンドレウ(フランセスク・クルメ)の真っ直ぐな眼差しが、村の秘密を暴いていく。

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ー エミリ・タシドール著作の原作を映画化しようと思ったわけは?

ビジャロンガ監督: 実はこの映画は、エミリのふたつの作品から着想を得ています。『黒いパン(ブラック・ブレッド)』と、もうひとつの作品『鳥殺しの肖像』です。実は私は『鳥殺しの肖像』の方が気に入っていました。どこがよかったかというと、スペイン内戦の描き方がとてもよかった。誰がよくて、誰が悪いということではなく、実際に戦争が市民にどういう影響を及ぼしたのかを描いています。イデオロギーについての話ではなく、戦争の犠牲者、この映画でいうと女性、子供についての描写がとてもよかった。

ー内戦の傷は、物質的な損失よりも、地域社会のつながりを分断してしまった、生きている人の心の傷を残してしまったことが映画を観てわかりました。特に戦いが激しかったカタルニア地方の人にとって内戦はどのような影響を残しているのでしょうか。

ビジャロンガ監督: この映画にもあるように、内戦は人間関係、精神的なもの、理想を破壊しました。内戦は、隣人同士の戦いであって、お互いの知り合いが殺し合い、結局、国を荒廃させてしまいました。今の若い人たちは当時のことは知りませんが、その時代に生きていた世代の人もまだ多く存命なので、内戦のことが話題になることもあります。最近スペインでは歴史的記憶法という法律が制定されました。それは、フランコ時代、共和党だった人をどこに埋葬したのかを突きとめるなど、内戦の犠牲者の権利を回復するための法が成立しました。そういったこともあり、街角で話題になることもあります。残念ながら右派と左派の対立は未だに続いています。


左・事件が起きる山村。画面の美しさはビジャロンガ作品の特徴のひとつ。
右・左翼運動に関わってきたアンドレウの父(ルジェ・カザマジョ)は事件のあと姿を隠す。
 


左・従姉妹のヌリア(マリナ・コマス)。アンドレウを惑わす。
右・町長は厳しい調査の手をアンドレウ一家に伸ばしていく。

映画好きの父に影響され
14歳で監督を志す。

―監督を志したきっかけは?

ビジャロンガ監督: おお、それはですね、私は14歳の頃から映画監督になりたいと思ってたんですが、それは父の影響が大きいと思いますね。父はスペイン内戦を生きた人。戦争後、彼は郵便配達員をしていましたが映画が大好きでした。映画のスチールや映画関係の品物を集めたり、マッチ箱の人形や絵を使って、お話を映画みたいに見せてくれたり。小さい私にいつも映画の話をしてくれました。

後日、戦争時代の父の日記を発見したのですが、そこには「映画監督になりたい」という強い思いが綴ってありました。当時は資金など問題があり実現できなかったんですね。父はもうすでに亡くなっていますが、私が映画を作る仕事をしていることを、満足してくれていると思います。

穏やかで知的な語り口調が印象的なビジャロンガ監督。本作『ブラック・ブレッド』はスペイン国内でペドロ・アルモドバル監督の『私が、生きる肌』を凌ぐ人気を博した。

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―14歳の時「僕は映画監督になるんだ!」と決心するきっかけになった作品などありますか?

ビジャロンガ監督: いちばんの衝撃はスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』(’68)でした。当時はまだSFというジャンルの映画は目新しくて感動しました、また、地球以外にもわれわれとは違う人類が存在する可能性のメタメッセージを「モノリス」に象徴させているところがすごいと思いました。今は宇宙に関するドキュメンタリーなど珍しくありませんが、その頃の私は宇宙を題材にした作品を見るのが初めてでした。

―『2001年宇宙の旅』公開当時、スペインはまだフランコ独裁の時代だったと思いますが、そのようなSF映画を普通に見ることができたのですか?

ビジャロンガ監督: できたんです。私はこの作品を普通の映画館で見ましたよ。そのずっと前、初期に好きだったのは俳優で監督だったチャールズ・ロートンの『狩人の夜』(’55)、16〜17歳の頃「ノーヴォシネマ・ブラジレイロ」のムーブメントがあり、ルイ・ゲハ、グラウベル・ロシャ監督にも大きな影響を受けました。そのほか、アルフレッド・ヒッチコック監督の影響も大きいです。ヒッチコック監督は『サイコ』(’60)『鳥』(’63)などストーリー展開、観客に謎を推察させるような作り、どれをとっても素晴らしかったです。彼の映画の構造は必ずどこか見えないところがあり、観客に考えさせるようになっています。それは、私も常に心がけています。

スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督も好きでした。ビビ・アンデションの『ペルソナ』(’66)、『叫びとささやき』(’73)など、人間の濃密な関係を扱う天才だと思います、まるで外科医のようにメスを使って、人間関係に切り込んでいきます。日本の小林正樹、黒澤明監督も好きでした。

ピトルリウアのような青年と出逢うアンドレウ。
その場面の撮影風景。
失われていく少年時代、
子供の心に注目。

―今、好きな映画監督は?

ビジャロンガ監督: 今ですか。ガス・ヴァン・サント、デビッド・クローネンバーグ、デビッド・リンチ、ギャスパー・ノエ監督……。上げたらキリがありませんね。

ーそれらの映画監督は、人間の暗い部分を描くのを厭わないところが、ビジャロンガ監督と共通していると思います。ビジャロンガ監督の作品の画面は暗めですけど、ポエジーがあるというか美しい印象です。監督の映画作りのキーワードを教えてください。

ビジャロンガ監督: 私の映画は、いつも子供の世界のお話です。子供の純粋さ、それが失われていく過程、そいういうものを描きたいと思っています。たとえば今回の『ブラック・ブレッド』では戦争、ひどい状況で、子供がどうやったら純粋な存在から、化けもののような存在に変わっていってしまうのかを描いています。

いつも私は、人間のダークサイドに注目してしまうのですが、自分でもどうしてだかは、わからない(笑)。だからといって人の悪いところばかりを扱っているのではなく、どうしてそうなってしまうのか、その課程を描きたいのです。そういう世界の観察、ということを私は映画でやりたいと思っています。世界というのは善、悪のどちらか一方でできているのではない。またそういう倫理的な話を私はするつもりはありません。

子供たちの世界がビジャロンガ監督作品の大きなテーマ。
『ブラック・ブレッド』

2012年6月23日(土)、銀座テアトルシネマ、ヒューマントラストシネマ渋谷他、全国順次ロードショー

配給:アルシネテラン
出演:フランセスク・クルメ、マリナ・コマス、ノラ・ナバス、セルジ・ロペス
監督・脚本:アグスティー・ビジャロンガ
撮影・アントニオ・リエストラ
原作:”Pa négre” エミリ・タシドール
2010年/スペイン.フランス/原題:Pa négre /113分/デジタル/35mm/カラー/カタルーニャ語.スペイン語/ヨーロピアンビスタ/ドルビーステレオSR 配給:アルシネテラン
協力:松竹
© Massa d’Or Production Cinematografiques i Audiovisuals, S.A © Televisio de Catalunya, S.A