母になること、命をつなぐことを考えたい映画『愛する人』

(2011.01.15)

いよいよ2011年1月15日(土)より公開となるロドリゴ・ガルシア監督最新作『愛する人』。ロドリゴ・ガルシアといえば、作家ガルシア・マルケスの息子であり、『彼女を見ればわかること』では女性を描かせたら右に出るものは居ない! と絶賛されたほど、男性でありながらも女性の心理描写には定評のある監督です。この『愛する人』ではプロデューサーに『バベル』のアレハンドロ・イニャリトゥを迎え、アネット・ベニング、ナオ ミ・ワッツという最高のキャスティングで、心を揺さぶる見事なドラマを作り上げました。

©2009, Mother and Child Productions, LLC

14歳で出産した子どもをやむなく手放してしまった哀しい過去を持ち、現在は老いた母親を介護しながら福祉施設で働くカレン。養子に出され母親の愛情を知らないまま成長し、弁護士として自立しながらも、どこか他人を拒絶しながら生きているエリザベス。ある小さな命の誕生が、37年もの間、離ればなれだった二人を引き寄せる。しかし、そこには衝撃的な運命と奇跡が待ち受けていた…。

特筆すべきは、別々の人生を送るカレンとエリザベスの現在を同時進行で描きながらも、子どもを望みながら授かることの出来ないルーシーと、カレン同様、事情があって 我が子を手放そうとするレイの物語を挿入し、ドラマにリアリティと奥行きを持たせた秀逸な脚本。そして、もはや演技の域を越えているといっても過言ではないほど、人間味溢れるキャラクターを生み出した役者の素晴らしさ。

物語が進むに連れて、カレンやエリザベスが架空の人物であることをすっかり忘れてしまうほどに、彼女たちの仕草や表情一つ一つがあまりにも自然で、演出を行う監督と演じる役者の「人間」に対する洞察力と観察眼にはただただ驚かされるばかり。

たとえば、家政婦のソフィアが時どき仕事場に娘を連れてくる無神経さに苛立ち、職場の同僚の厚意も一切寄せ付けなかったカレンが、母の死後、自分に対する母の本心を思いがけない形で知ったときに初めて吐き出す弱さ。

また、必要ないと思っていた子どもを妊娠したことに気付いたエリザベスが、当然中絶するものと勝手に判断した医師に見せた激しい怒り。

©2009, Mother and Child Productions, LLC

それまで全く予期していなかった事態に直面し、抑え切れない感情が溢れ出したとき、人は初めて変われるのかもしれません。
頑なだった二人の苛立ちや激しさが、家政婦の娘クリスティや、盲目の少女ヴァイオレット、信頼できるパートナーや、理解あるその家族との交流を通じて、柔らかく溶け出す瞬間をスクリーンで目の当たりにするうち、不思議なことに自分自身が抱える問題の解決の糸口さえもが少し見えたような気がしました。

とは言え、この映画が、決して当事者である、これから母親になる女性や、娘を持つ母親しか共感出来ないような器の小さい作品ではないことは明らか。なぜならどんな環境であれ、誰しもが母親から生まれたという事実は変わらないから……。

この作品を通じて改めて実感したのは、血の繋がりが持つ、断ち切ろうとしても決して切ることのできない絆の強さと、血の繋がりを超えたところに確かに存在する、愛情と慈しみの心。当たり前だけど、誰かの人生と深く関わることで初めて生まれる感情やそこに続くストーリーがあるということ。

そして、子どもを産む産まないに関わらず、自分自身の問題として生命をつなぐことへの責任と向き合い、自らの意志でその方法を選択する覚悟の大切さです。

©2009, Mother and Child Productions, LLC

プレス資料によると、ロドリゴ・ガルシア監督がこの映画で伝えたかったことは「周りの世界と戦争するような日々ではなく、新たな人生を始められるように、自分の過去について、そして自分自身について受け入れることを成し遂げて欲しいということ」だといいます。

この作品には、人間の繊細さや適当さ、世の中の理不尽さや不条理が描かれますが、かたや、力強さや思いやり、そして喜びや奇跡にも満ち溢れています。まさに人生と同じくらいに。


エンディングを彩るルーシー・シュワルツによる主題歌が温かな余韻を残す映画『愛する人』。新たな気持ちで迎える新年にふさわしい一本です。

©2009, Mother and Child Productions, LLC

ストーリー

カレンは14歳で好きな人の子供を身ごもってしまう。しかし、母の反対にあい、生まれた娘を養子に出す。あれから37年、老いた母親を介護しながら暮らすカレン。しかし素直になれない。名前も顔も知らぬわが子を想い、届くことのない手紙を書綴っている。

一方、母親の愛情を知らずに育てられたカレンの娘、エリザベスは、弁護士として成功している。しかし家族も恋人も作らず、たった独りで生きていたのだった。そこである出来事が。同じ会社のボスの子供を妊娠したのだ。そのことが彼女の人生を変える。

エリザベスはキャリアを捨て、子供を産むことを決意、さらに彼女はずっと閉ざしていた自分の母の存在を意識し始める。

そんな時、カレンが世話をしていた母が亡くなる。カレンは今は亡き母へ生前、伝えることのできなかった気持ちを悔やむように愛する娘を探しはじめる。そして37年の時を超えて、カレンとエリザベス、母と娘は会うことにする。しかしそこには衝撃の運命が……。
 
 
 

愛する人

2011年1月15日(土)、Bunkamuraル・シネマ、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
出演:ナオミ・ワッツ、アネット・ベニング、ケリー・ワシントン、ジミー・スミッツ、サミュエル・L・ジャクソン
監督:ロドリゴ・ガルシア
製作総指揮:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
配給:ファントム・フィルム
英語タイトル: Mother & Child
公式ホームページ: http://aisuru-hito.com/index.html