恋の行方は? 自分の居場所は何処?
映画『屋根裏部屋のマリアたち』

(2012.07.31)

1962年のパリ。
ジャン=ルイとマリア、不倫の恋から。

主人と召使いの不倫を中心にお話は展開します。しかし、不倫の恋物語にありがちなドロドロ、主従関係にありがちな、屈折&変態フェチは微塵もナシ。終始一貫した爽やかさ、可愛らしさ、素朴さが大きな魅力となっています。背景に見え隠れするヨーロッパの政治体制、歴然と存在する階級社会に対する批判が、時にストレートな棘のあるセリフとして、時に細やかな笑いとしてスパイスになっており、単なる大人のお伽話では終わりません。

監督は、『ジュリエットの年』(’95)、『ナイトシフト』(01)、『一夜のうちに』(’06)に続き本作が劇場長編6作目となるフィリップ・ル・ゲイ。自身の子供時代の思い出から企画案を立て、『プロヴァンス物語/マルセルの夏』(’90)、『親密すぎる打ち明け話』(’04)のジェローム・トネールとともに脚本執筆。昨年フランスで公開され220万人を動員、大ヒット作となった作品です。

タイトル『屋根裏部屋のマリアたち』の原題は”Les femmes du 6ème étage”、6階の女たち。その女たちとは、フランスに出稼ぎにやって来たスペインの女性たち。若手のマリア(ナタリア・ベルベケ)とその叔母のコンセプシオン(カルメン・マウラ)をはじめとする面々です。彼女たちは、主人公のブルジョワ男、ジャン=ルイ・ジュベール(ファブリス・ルキーニ)が住むアパルトマンの6階、屋根裏部屋に住んでいるのです。

時は1962年のパリ。当時のパリは、フランコ独裁政権から逃れたスペイン移民が問題になっていた時代。彼女たちは移民ならぬ出稼ぎでお金を稼ぎ、祖国に仕送り、帰国後は愛する家族と幸せに暮すことを夢みていたのでした。「メイドならフランス人より、スペイン人が勤勉で陽気。」と聞いたジャン=ルイの妻、シュザンヌ(サンドリーヌ・キベルラン)は、マリアを雇い入れます。ジャン=ルイのこだわりでもある3分半のゆで卵を完璧に作り、仕事もテキパキこなすマリアに惹かれていくジャン=ルイ。マリアを通して6階に住むスペイン女性たちと触れ合ううちに、忘れていた何か、生き生きと人生を楽しむことを思い出していきます。そしてある日シュザンヌのちょっとした誤解から、なんとジャン=ルイ自身が、屋根裏部屋の住人になってしまいます。

ジャン=ルイは屋根裏部屋の住人のひとり、共産主義者のカルメンから「自分の居場所へ帰るべきじゃない?」と言われますが、そんなことはなんのその「ここにいたい、はじめて一人になれた、ここが居場所と感じる。」と嬉々として答えるのでした。


スペインからやってきたメイドたちは、ジャン=ルイ宅 階上の屋根裏部屋の住人。ジャン=ルイは出奔、彼女たちの隣人に。左からドロレス(ベルタ・オヘア)、カルメン(ロラ・ドゥエニャス)、コンセプシオン(カルメン・マウラ)、テレザ(ヌリア・ソル)、そしてマリア(ナタリア・ヴェルヴェケ)。


祖父の代から続く証券会社を経営するブルジョワ、ジャン=ルイ・ジュべール(ファブリス・ルキーニ)。ある晩、妻シュザンヌがホームパーティを開く。そこへ男を狂わす魔性の女、といういう噂のベッティーナ夫人もやってくる。しかしそのパーティでジャン=ルイが思いを爆発させたのは夫人ではなく、マリアだった。
フラメンコの調べに載せた
恋の行く手を阻むもの。

冒頭、気になるのはスペイン人メイドたちのひそひそ話ですが、彼女たちの個性的なルックスにも目が釘付けです。たとえば、感激屋さんのドロレスを演じたベルタ・オヘア。ペドロ・アルモドバルの映画で世界的に有名になったのは、顔が縦に長い女優 ロッシ・デ・パルマでしたが、彼女に負けず劣らず、顔が横に広い女優さんです。ことあるごとにジャン=ルイにチクチクする言葉を投げつけるカルメン役のロラ・ドゥエニャスはマタギのような人を射る目つき。フランス人男性との結婚を夢見る美人テレザ役のヌリア・ソルはペネロペ・クルースそっくり、女豹のようなしなやかさ。そんなルックスの彼女たちが、ラジオから流れる『ビキニスタイルのお嬢さん』(Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polka Dot Bikiniz)を陽気に口ずさみ、お尻をフリフリ踊りながらの家事のシーンの楽しさはこの上ありません。まるでお尻で片付けているようです。

さらに、マリアに恋した男、ジャン=ルイの行動の一挙一動が、いわゆる恋した人のそれです。恋する相手が喜ぶことをしたがる、相手の国の言葉を習得しようとする、その国のことをなんでも知りたがる&関連のものを欲しがる、相手の声を聞きたがる、仮病を使ってでも一緒にいようとする……ジャン=ルイの恋心が燃え上がるシーンでは、フラメンコ・ギターが情熱的に鳴り響き、恋するさすらいのヒーローのテーマ曲さながらなのが笑いを誘います。

そんなユーモラスな人物を彩るのが小技のきいたオシャレな60’sファッションであるところが、あの時代のパリへのトリップをドリーミィなものにしています。スクエアなネックラインとバイアスのラインがキュートなマリアのメイド服姿、コンセプシオンたちの素朴な外出着、シュザンヌをはじめとするブルジョワ・マダム仲間のシャーベットカラーのスーツ&大ぶりのジュエリー、ジャン=ルイのきっちり一番上までボタンを閉めてセーター(ベストかも)を着込むスーツ姿そして、ジャン=ルイの不倫相手とカン違いされるベッティーナ夫人の帽子から足の先まで赤でトータル・コーディネートしたひと味ちがうハイ・ファッション。

***

日曜日には教会のミサに行き、やさしくしてくれた人には「あなたは聖人のような方」と両頬にキスを3度以上し、お喋りを始めたら止まらず、言われたら言い返し、ことあるごとに歌って踊って楽しむ。そんなマリアたちの生粋のスペイン人気質にジャン=ルイは感化され、妻のシュザンヌさえも影響を受けることになってしまいます。このお話は、ジャン=ルイとマリアの恋のお話であると同時に、ライフスタイル、友情のお話でもあるのです。しかし、陽気で開放的なスペイン女性たちでも、受け入れることができない不道徳には、ピシャリと付き合いに線を引いてしまうところが、ジャン=ルイには理解できず、思わせぶりなラストシーンへ辿り着くのです。

ラストシーンは、爽やかさがスパーク。
イエスがノーか分からない、はじまりか終わりかわからない期待感を持たせます、
微笑みは何も言わずして心を伝える、
と、観察しました。


ラストシーン、ジャン=ルイは、マリアに会うためにひとり車を走らせる。レスコンディド村で再会したマリアは……。

『屋根裏部屋のマリアたち』

2012年7月21日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

監督・脚本:フィリップ・ル・ゲイ 
共同脚本:ジェローム・トネール
出演:ファブリス・ルキーニ、サンドリーヌ・キベルラン、ナタリア・ベルベケ、カルメン・マウラ
音楽:ホルヘ・マリアガータ
衣装:クリスチャン・ガスク
上映時間:106分
2010年/フランス映画/フランス語・スペイン語/106分/原題:Les Femmes du 6e étage/ビスタサイズ/ドルビーSRD

協力:ユニフランス・フィルムズ  
提供:ニューセレクト 
配給:アルバトロス・フィルム
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