ラージクマール・ヒラニ監督インタビュー 『きっと、うまくいく』の監督&主演コンビの新作『PK』。 今度は、神さまを探します!

(2016.10.27)
黄色いヘルメットのPK(アーミルカーン)とテレビレポーターのジャグー(アヌシュカ・シャルマ)。とってもキュートな名コンビ。
黄色いヘルメットのPK(アーミルカーン)とテレビレポーターのジャグー(アヌシュカ・シャルマ)。とってもキュートな名コンビ。
 
「インド映画? 長いんでしょ?」
そんなふうに敬遠していた人さえ、夢中にさせたボリウッド・ムービー『きっと、うまくいく』。
エリート工科大の3人の寮生活をコミカルに描きながら、教育問題に触れ、真の学び、真の成功とは何かを問うた人間ドラマ。笑いあり、涙あり、ロマンス、友情、ミステリー要素まで織り込まれた、珠玉のエンタテインメントだった。

その、『きっと、うまくいく』のラージクマール・ヒラニ監督と主演のアーミル・カーンが再びダッグを組んだ『PK』が、いよいよ日本で公開になる。
『きっと、うまくいく』はインドの歴代興行収入1位を記録したが、『PK』はその金額を軽々と超え、全世界の興行収入が100億円を突破。アメリカの映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では90%以上の支持率を得るほどの評判になっている。

ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、シク教……それぞれに細分化された教派があり、街じゅうに多種多様な宗教が溢れるインド。黄色いヘルメットをかぶり、目をギョロギョロさせたヘンな男(アーミル・カーン)が、あらゆる宗教のアクセサリーを身につけ、「神さまが行方不明」というビラを配り歩いていた。テレビレポーターのジャグー(アヌシュカ・シャルマ)は番組のネタになると思い、男に声をかける。男は「PK」と呼ばれており、彼が話す話は、世間の常識を覆すことばかり。ジャグーはやがて、ある計画を思いつく……。

テーマは神さま。一見重そうなテーマも笑いでつつみ、争いを失くし、多様性を受け入れる方法がスマートに提示される。純粋なPKを見るうち、私たちがどれだけ「思い込み」の曇りメガネで世界を見ているのか、改めて気づかされるのだ。はてさて、こんなチャーミングな映画を撮ったラージクマール・ヒラニ監督とはどんな人物なのか? お話を聞いてきました。

 

⬛︎ラージクマール・ヒラニ 
1962年 インド・ナーグプル生まれ。映画監督。2003年『Munna Bhai M.B.B.S.(医学生ムンナ・バーイー)』で映画監督デビュー。ヤクザなムンナが医師をめざすというコメディで、大ヒットになった。06年『Lage Raho Munna Bhai(その調子で、ムンナ・バーイー)』では、ムンナが不純な動機からガンジー思想を勉強し、ガンジーの姿が見えてくるようになるという物語で、ガンジー復古ブームを引き起こした。『きっと、うまくいく』(09)は、2010年インドのアカデミー賞と言われるフィルムフェア賞で史上最多の16部門を撮った。世界中で公開し、愛され続けている。黒澤明の大ファン。

 
———『PK』にはたくさんの宗教が出てきます。日本は、特別な宗教を持たない人が多いのですが、「八百万神(やおよろずのかみ)」といい、太陽や木々など、自然の中に神さまを感じているところはあるように思います。ですから、『PK』で描かれたメッセージはストレートに響いてきました。

ラージクマール・ヒラニ監督:それは嬉しいです。私たちは、広大の宇宙銀河のなかの小さな地球に住む、とても小さな存在です。インドでも、日本と同じように、太陽や風、木々、大地に祈ります。私たちは自然の一部であって、自然から生まれて、自然に還っていく。自然こそが人間の創造主なのだと思っています。
ただ、一般に宗教的な意味で「神」というと、我々の上に立ち、常に我々を見ている存在で、行いが悪いと地獄に落とされる、というふうに思われがち。そういう考え方に、私は違和感を覚えていました。
それはおそらく、社会のルールを保つために生まれたものだと思うんですね。でも、それは自分の体験を通して学んだものではなく、親の世代から伝え聞いた「借りてきた知識」。最初に作られたときはよくても、代々受け継がれる間に、変わってくる部分もあるんじゃないかと思うのです。

——そういう疑問はいつぐらいから抱いていたのですか?

ヒラニ監督:子供のころからです。みなさんもそうだと思いますが、我々人間はどこから来たのか、死んだらどこに行くのか。我々の存在意義は何なのかという疑問をずっと持っていました。答えを求めようとすると、神にたどり着くのですが、では神はどこにいるのか? という新たな謎が生まれます。証明する術はないし、どのように生きるべきか、行動するべきかは人間からしか伝え聞くことができない。また、宗教によっても答えが異なります。そこが私にはよく理解できなかったんです。
このことはいつか映画にしたいと思っていました。でも、膨大な知識が必要ですし、テーマ自体も大きいのでとても難しくて、その間にこれまでの作品を作り、今回やっと実現しました。

 

ベルギーで、ジャグーがサルファラーズ(スシャント・シン・ラージプート)に出会う歌のシーンにはうっとり。
ベルギーで、ジャグーがサルファラーズ(スシャント・シン・ラージプート)に出会う歌のシーンにはうっとり。

様々な目に遭うPK。様変わりする彼のコスチュームにも注目。
様々な目に遭うPK。様変わりする彼のコスチュームにも注目。
——『PK』は神さまがテーマですが、『きっと、うまくいく』は教育問題に触れています。ヒラニ監督は、社会に対する疑問を、映画を作りながら答えを見つけていくのでしょうか? それとも、この問題を伝えたいというメッセージが、映画を作る動機になっているのですか?

ヒラニ監督:私が映画を作るのは、問題提起をするためではなく、まず人を楽しませたいからです。私も学生時代、寮に住んでいたので、『きっと、うまくいく』では、大学の寮生活がいかに楽しいかを作品にしたいと思いました。でも、映画作りをしているうちに、自分が普段、疑問に思っていることが自然と作品に表れてきてしまうのです。ただ、何らかの解決策を、作品のなかで見出していくようにはしています。
『きっと、うまくいく』では、教育システムについて問題提起をしたので、実践、理論の両方の面から解決策を提示しました。また、お金を得るために仕事を選ぶのではなく、自分が楽しいと思うことを仕事に選ぶ。仕事が楽しければ自然と頑張れて、それが幸せや成功につながるというメッセージを込めました。『Lage Raho Munna Bhai(その調子で、ムンナ・バーイー)』では、非暴力な方法でものごとは解決できるというメッセージを伝えたいと思いました。
『PK』では、宗教の違いによる争いがなくなる方法を込めたかったのです。

——PKは純粋無垢な存在ですし、『きっと、うまくいく』の主人公も、世間の常識に捉われないまっすぐな気質を持っています。ヒラニ監督の作品は、どこかしらピュアネス、イノセントな印象を受けるのですが、それは大事になさっているポイントなんでしょうか。

ヒラニ監督:「Munna Bhai」シリーズのムンナはギャングですし、決して純粋ではないですが(笑)、でも、どの主人公も心根がいいということは共通していますね。
共同脚本のアビジャート・ジョーシーとよく話しているのですが、「自分たちが強く信じているものしか作らないでおこう」と決めているんです。たとえ、そうすることで作品数が少なくなってしまったとしても。私たちが大切にしているのは、「自分の考えをしっかり伝えたい」ということ。それはもしかしたら、世界が信じることとは違う場合もあるかもしれないけれど、そんな純粋なところから映画作りが始まっているので、ピュアだと感じてくださったのかもしれませんね。

——『PK』は構想から完成まで長い時間がかかったとおっしゃいましたが、世界中でテロが起きたり、多様性を受け入れることを求められるいま、まさに必要な映画という気がしています。ヒラニ監督は映画の神さまに愛されていると思うのですが、何かに導かれて作品を作っているという感覚はありますか?

ヒラニ監督:どうでしょう(笑)? ただ、自分たちが信じて作った作品が幸運にもヒットしている。それには、勇気づけられますし、自信にもなる。これからも同じ信念で作っていこうと思えます。そんな環境にあることはすごく恵まれていますよね。
『PK』のようなテーマの作品を大手のスタジオに持って行ったら、出資してくれなかったでしょうし、「Munna Bhai」シリーズは病院が舞台だったり、非暴力を描くなどの特殊なテーマ。こんなに変わった作品を作っているにもかかわらず、どれもヒットしているのは、もしかしたら神さまが見ていてくれているからなのかもしれないですね (笑)。

 
2作品続けて主演をつとめたアーミル・カーン。瞬きをせず、目を見開き、耳も大きくたてて、おかしなPKを見事に体現した。
2作品続けて主演をつとめたアーミル・カーン。瞬きをせず、目を見開き、耳も大きくたてて、おかしなPKを見事に体現した。
 
——以前、アーミル・カーンさんをインタビューさせていただいたときに、ご本人もピュアな方という印象を受けました。監督から見ていかがですか? 今回、アーミルさんを起用された理由は?

ヒラニ監督:アーミルはインドでもトップレベルの俳優で、社会問題に対しても作品に対しても、傾ける情熱がほかの俳優と格段に違うんです。PKは、子供のような無垢な心の持ち主という設定なので、そのように見える顔、表情がほしくて、アーミルにオファーしました。アーミルは50歳を過ぎていますが、本当に純粋な心を持った人です。また、彼自身がこの作品の哲学に共感し、同じ考えを持っていたので、出演が叶ったんですね。

——作品を通して、今日のお話を通して、「たとえ世間の常識とずれていたとしても、自分自身でいよう」という勇気をもらった気がします。最後に、ヒラニ監督は、人が生きていく上で一番大事なことは何だと思いますか?

ヒラニ監督:最初にもお話したように、私たちは生きる意味を知らされていませんし、どこから生まれて、死んでどこへ行くのかも誰もわかりません。
でも以前、なにかで〝ただ生きるというだけでは、意味はない。生きる目的を見つけるために、私たちは生きているのだ〟というような文章を読んだことがあるんです。
書くことに喜びを見出せるのであれば、それが生きる目的だし、映画製作でも、ギターを弾くことでも、あなたが喜びを見出せるものを選べばいい。自分自身の生きる目的を、生きている間に見つけることが大事なのかなと思っています。

***

アーミル・カーンさんはヒラニ監督のことを「人間としても非常に素晴らしい魅力があり、愛される人。自然と尊敬したくなるし、彼のためにベストを尽くしたくなる」とコメントしている。
終始笑顔で、包み込む優しさに溢れたヒラニ監督。それはそのまま、作品にも表れている。『きっと、うまくいく』や『PK』が世界でヒットしているということは、それだけ世界がちょっと平和に近づいていくような気がしてならない。そうであればよいなと祈るような気持ちで、たくさんの方がこの作品に触れることができますように。

 
 

『PK』
2016年10月29日(土)新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか、全国ロードショー

 
制作:ヴィドゥ・ヴィノード・チョプラ、ラージクマール・ヒラニ
出演:アーミル・カーン、アヌシュカ・シャルマ、スシャト・シン・ラージプート、サンジャイ・ダット
監督・編集:ラージクマール・ヒラニ
脚本:アビジャート・ジョーシー、ラージクマール・ヒラニ
撮影:C.K.ムラリーダラン
作曲:ジャンタヌ・モイトラ、アジャイ=アトゥル、アンキト・ティワーリー
2014/インド/ヒンディー語・英語/153分/カラー/シネスコ
原題:PK
提供:日活、ハピネット
配給・宣伝:REGENTS

©RAJIKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED