ひと味ちがうインド映画『スタンリーのお弁当箱』 アモール・グプテ監督
パルソーくん インタビュー。

(2013.07.06)

アミール・カーン主演『きっと、うまくいく』がロングランヒットを続けるなどインド映画が話題を呼んでいます。絶賛上映中の『スタンリーのお弁当箱』は、ボリウッドの十八番 ダンスシーンではなくおいしそうなインドのお弁当の数々が登場。小学生パルソーくんとその仲間たちがお弁当をめぐって悪徳教師と対決したりこれまでのインド映画とはちょっとちがう作品です。スタンリーを演じたパルソーくん、そしてパルソーくんのパパで監督、俳優としても映画に登場するアモール・グプテ監督にインタビュー。

●『スタンリーのお弁当箱』ストーリー
インド ムンバイのホーリーファミリー小学校に通うスタンリー(パルソー)。みんなを笑わすひょうきん者だが昼食の時間になると姿を消す。スタンリーはお弁当を持って来れず水で空腹を紛らわせていたのだ。それに気がついたクラスメイトのアビシェーク(アビシェーク)たちはスタンリーにお弁当をシェアすることを提案。しかしおいしいお弁当を狙う国語教師ヴァルマー(アモール・グプテ)はスタンリーをたかりと揶揄。スタンリーは登校しなくなってしまう。果たしてスタンリーは学校に戻ってくるのか? なぜスタンリーはお弁当を持って来れないのか? かわいい子どもたちの学校生活を描きながら厳しいインド社会の現状を考えさせる。

■アモール・グプテ監督 プロフィール

Amole Gupte 監督、脚本家、俳優、プロデューサー。1962年ムンバイ生まれ。Film and Television Instituto of India で映画を学ぶ。児童映画や劇場の現場を経て脚本家に。画家として活動していたこともある。脚本を手がけたアミール・カーン主演『地上の星たち(Taare Zameen Par)』(2007)が大ヒット、インドのアカデミー賞といわれる『Filmfare Awards』脚本賞はじめ受賞多数。『スタンリーのお弁当箱』は監督デビュー作。作品中ではスタンリーを追い詰める悪役的国語教師ヴァルマーを演じている。

■パルソーくん プロフィール

Paltho 2001年ムンバイ生まれ。アモール・グプテ監督のひとり息子。4歳から父が演技のワークショップに通い短編映画に出演。『スタンリーのお弁当箱』は映画デビュー作。この作品でインド国内最大の映画祭『ナショナルフィルムアワード』で2012年最優秀子役賞を受賞。好きな食べ物はエビ。将来なりたいものは俳優、監督、プロデューサー、ギタリスト、バスケットの選手。野鳥のための自然公園を作る夢も。


アモール・グプテ監督とスタンリー役 パルソーくん。写真を撮る時の日本人の真似、ピースのポーズで。
スタンリーはなぜ
お弁当を持って来れないか。

==『スタンリーのお弁当箱』は、主人公の8歳の少年スタンリーが、家庭の事情でお弁当を持ってこれない。育ちざかりなのにお腹が空いている。スタンリーとその仲間たちのかわいらしさでその切なさが倍増されました。これはインドで実際に起こっていることですか。

アモール・グプテ監督:スタンリーのような就労児童はインドにはおよそ12o0万人いるといわれています。しかしこれは農家や家の製造業を手伝っているような子供の数は含まれていません。実際にはもっと多いと考えられます。彼らは学校から帰ると夜遅くまで家業を手伝って働く。次の日の朝、学校に行くのは眠くて辛いのは当然です。でも彼らは学校に行く。なぜなら家には扇風機がなくて暑いけど、学校なら扇風機や冷房があって涼しいから。そういう意味でも、学校は彼らにとって天国なのです。そのようなインドの現状を知ってもらいたくてこの映画を作りました。

パルソーくん:僕の通っている学校ではスタンリーとはちょっとちがって、両親がともに働いているからお弁当を作る時間がない、だからお弁当を持って来れないという子がいます。


お弁当の時間になるといなくなるスタンリー(パルソー)。お弁当を買いに行くふりをして水を飲み空腹を紛らわせていた。
インドのお弁当は
とっても大きい?

==物語の中で、スタンリーを助けようとするクラスメイト アマンはお金持ちの家の子供で、持ってくるお弁当は4段重ねでとっても大きいですね。

パルソーくん:一番目の箱にはチャパティやロティが入っていて、二番目の箱にはカレーが入っている。三番目の箱には他のカレーがはいっていて、四番目にはまた別のカレー(笑)。

アモール・グプテ監督:スーパービッグですよね(笑)、ほかの子供たちのお弁当はもっと小さい。あれらのお弁当はすべてヴィーガンフード(菜食主義食)なんですよ。インド人は食にこだわりますからね。

パルソーくん:インドの5割の人はベジタリアンだからね。

アモール・グプテ監督:この映画はインドの観客のために作りました。宗教上の理由からインドでは虫も殺さない、肉食はしない人が多い。そういった人が私の映画の中でチキンやマトンを食べているシーンを見たら、不快に思ってもう見てくれなくなってしまうでしょう。


スタンリーはクラスメイトたちの提案でお弁当をシェアしてもらえることに。楽しいお昼の時間がはじまる。

裕福な家庭の子供 アマンのお弁当はとっても豪華。彼のお弁当を狙うのは……。

 

ワークショップから生まれた
映画作り。

==映画の中でパルソー君が演じるスタンリーはクラスの人気者で、スタンリーを助ける級友たちには有無をいわせないような存在感を感じました。彼らはどのように集めたのでしょうか。

アモール・グプテ監督:この作品のアイディアは私が開催してきた映画のワークショップから生まれました。毎週土曜日に学校に集まって、映画を見たり、発声練習や演劇、短編映画を撮影したりする。『スタンリーのお弁当箱』は映画の舞台となるカトリック系の学校 ホーリー・ファミリー校でのワークショップに来た子供たちが出演者です。オーディションは行わないで、1年半に及んだ約75回、1セッション4時間以下のワークショップを通して抜きん出てきた子供たちです。

==グプテ監督が書かれた脚本にはセリフがなく、お話の筋のみが示され、俳優はそのシーンに合ったセリフを思いつくままに言うという特異な撮影方法を採用されていことが話題になっています。

アモール・グプテ監督:撮影現場に脚本は持って行きません。著作権を得た『スタンリーと仲間たち』という脚本はあります、ストーリーも、俳優たちの動きも書いてある。でも登場人物の役名やセリフが書いてあるわけではないのです。

撮影現場ではまずそのシーンを説明し、俳優である彼らに自分のやり方で実演してもらいます。彼らのリアクションがセリフになるのです。


生徒たちのおいしそうなお弁当を狙う食いしん坊の国語教師 ヴァルマー。アモール・グプテ監督が演じている。

***

==興味深い方法ですね。

アモール・グプテ監督:フィクションを再演する、これは最高の手法です。子供たちだけでなく大人にも有効です。生徒たちのマドンナ的存在の英語教師 ローズはプロの女優のディヴィヤ・ダッタが演じていますが、彼女に渡したのは脚本ではなく、小学4年生の英語の教科書です。英語の先生だったら教科書の内容を知っていないとおかしいでしょう。「こんなこと(台本のない映画)はやったことない。」と彼女はとまどっていました、でも私は「私を信用してください」と言いました。

パルソーくん:そこでマジックが起こるんだよ。

==理科の先生のブラックなセリフが印象的でしたが、あのセリフも女優さん自身から発せられたもの?

アモール・グプテ監督:彼女もディヴィヤ・ジャグダレという女優ですが、セリフはぜんぶ彼女のアドリブです。授業のシーンで彼女は「教科書の11ページを開いて読みなさい。」とスタンリーに言いますがスタンリーは「11ページは破れてます。」と答える。すると先生は「食べちゃたのかしらね?」とひとこと。これもアドリブです(笑)。同じシーンでもそのたびに子供たち、俳優たちから出てくるセリフが異なるので、それぞれ6〜7エピソードあります。その中のひとつを採用したものです。

==映画だけれど演劇的というか。

アモール・グプテ監督:映画は現場で撮影されなければならない。そこに特別な瞬間があるわけです。映画には本来リハーサルがあるべきではないと考えます。


スタンリーは先生たちと珍妙なやりとりを繰り広げる。

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==その手法から、インドの是枝、アッバス・キアロスタミと呼ばれることが多いグプテ監督ですが、映画をこころざしたきっかけは?

アモール・グプテ監督:もともと若い頃は演劇をやっていたのですが、19歳で映画の学校に入って、映画の虫にやられてしまったんです。日本の小津安二郎、黒澤明、大島渚、溝口健二、イタリアのビットリオ・デ・シーカ、フランスのフランソワ・トリュフォー、ジャン・ルノワール。ポーランドのアンジェイ・ワイダ、ロシアのアンドレイ・タルコフスキー、ハンガリーのヤンチョ・ミクロス、チェコのヴェラ・ヒティロヴァー 、イジー・メンツェル、カイドル・カチーマ……たくさんの巨匠作品に出会いました。50歳になった今も映画の学生です。

ギタンジリ・ラオによる
オープニング・アニメ。

==映画のオープニング、とてもかわいらしいアニメが挿入されています。自転車に乗った人が上に向かっていくものでスティーブン・スピルバーグ監督の『アンブリン・エンターテインメント』のロゴアニメ、自転車に乗った少年とETが空に向かっていくものを彷彿します。スピルバーグ監督へのリスペクトが込められているのでしょうか。

アモール・グプテ監督:あれは私の映画製作会社『アモール・グプテ・シネマ』のもので、私が描いたものです。『アンブリン・エンターテインメント』とは自転車というのが同じなだけですね(笑)。インドでは映画のフィルムの入った缶を、自転車で運んで映画館に届けるのです。あのアニメは自転車に乗った親子、私と息子が観客のみなさんに映画をお届けするよ、ということを表しているのです。

自転車の行先には、大きな山の一角があって、そこには標識が立っている。標識には「ここから1千マイル」と書かれていて、その下には『パテル・パンチャリ(大地のうた)』、『サント・トゥカラム』らのインド映画の名作の名前があります。自転車じゃたどりつけない距離だけど、私たちはそこに向かって漕いでいくんです。

もうひとつのアニメは、『スタンリーのお弁当箱』のタイトルアニメ。♬ポ、ポ、ポポポ、ポ、ポ、ポポポ……という音楽に載せてお弁当をめぐる二人の応酬が描かれているのですが、これはギタンジリ・ラオによるもの。ギタンジリは『プリンテッド・レインボー』という作品で2006年カンヌ国際映画祭で短編アニメ賞を受賞したインドを代表するアニメーターです。『スタンリーのお弁当箱』をギタンジリに見てもらったあと、「子供と先生」というテーマで作ってもらいました。このアニメで映画がさらに豊かになっているでしょう。


『アモール・グプテ・シネマ』のロゴアニメ。アモール・グプテ監督によるもの。

「子供と先生」というテーマでギタンジリ・ラオが作成したオープニング・アニメ。
『スタンリーのお弁当箱』
シネスイッチ銀座、梅田ガーデンシネマほか 
順次全国公開中

製作・監督・脚本:アモール・グプテ 
出演:パルソー、デイヴィヤ・ダッタ、
   ラジェンドラナート・ズーチー
音楽:ヒテーシュ・ソニック 
撮影:アモール・ゴーレ
原題:STANLEY KA DABBA 
2011/インド/96分/カラー/16:9/ドルビーデジタル/
提供:メダリオンメディア 
配給:アンプラグド 
文部科学省特別選定作品
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