『第29回東京国際映画祭』レポート 1世界各国の女性映画人たちが野心を燃やした「本気」とは。
(2016.12.12)『第29回東京国際映画祭』は、前年を上回る来場者で大盛況のうちに幕を閉じました。世界は今どうなっているのか、時代性を読み取れる作品が結集した国際映画祭です。今年は女性の進出著しく、ラッシュでした。女性の目線で、今世界に何を伝えるのか、テーマ性、技術的表現へのこだわり、キャステイングの妙などなどに眼を見張る作品が際立ちました。受賞に関わらず、忘れることの出来ない傑作、佳作を2回にわたり、あらためて取り上げてみます。
著しい女性監督の佳作。
今、世界に何を伝えるのか。
まずはスウェーデンから『サーミ・ブラッド』。グランプリは確実かと、観た者達に強い衝撃を与えたました。スウェーデンの植民地となり強制的に同化政策の対象にされ、言語も奪われたという少数民族サーミの血族を、美しくもリアルに、残酷に描いた問題作。
トナカイを飼うことで暮らすスーミ族は、貧しくても高潔に生きようとする原住民族。国は劣等民族と決めつけ部落以外の人との交流を許さず、部落内の学校でしか学問も出来ない。
主人公の女性は、外の世界で学問も恋もたくさんの憧れも諦めず、幾多の過酷な差別的体験を受けながらも、命がけで長く続く因習を一人かなぐり捨て、女教師への道を進み勝ち取ります。
幻のスーミ族。
その血を引く女性監督と女優が語るリアル。
力強くピュアに生きた彼女の魂を象徴するかのような美しい映像は、オリジナリティに溢れ、長編処女作とは思えない完成度。その血を引く監督と女優の存在が、この作品をよりリアルなものにしています。その生き方は悲しいというより、むしろ、眩いばかりに感じられ崇高でした。
「この映像はスーミの歌であり、血そのものです」と監督。
「今は自分がスーミだと言うことも気兼ねなく言えるようになり、こうして映画の題材になって多くの方々に存在を知ってことは、時代がもたらした光なのかもしれません。ただ、私はこの映画の後は、また部落での仕事に戻りたいと思います」と言う主演女優賞に輝いたレーネ=セシリア・スパルロクのコメントが凛としていて、涙さえも誘いました。
時代が変っても差別があったことを風化させてはいけない、スーミの人々の強い思いを代表して、女性とは思えないダイナミックな映像美と、女性ならではのきめ細やかな感性で女性を描き出し、審査委員特別賞も獲得。ダブル受賞に異存なしです。
初監督作品とは思えない出来ばえという点では、最優秀監督賞に輝いた『私に構わないで』のクロアチア出身の監督ハナ・ユシッチも快挙でした。 次々賞獲得に輝く女性パワーを見せつけた、うれしい結果です。
日本在住のロシア人も熱狂
バレエの国が作るアイロニーに満ち満ちた天才の人生。
『天才バレエ・ダンサーの皮肉な運命』とともに来日した、アンナ・マティソン監督。女性監督だからできることは? という質問が、いかに愚問かと思わせるスケールの大きい存在で、本作主演の天才バレエダンサー役のセルゲイ・ベズルコフを夫に持ち、生後4ヶ月のお嬢さんも引き連れ堂々の、東京国際映画祭デビュー。
ボリショイやマリインスキーなどのバレエ芸術で世界最高峰を誇るロシア。国民的天才バレエ・ダンサーの栄光に隠された過酷な人生を描くことに取り組んだ野心的な作品で監督にとって長編4本目だそう。主演はロシアの国民的俳優で監督の夫でもあるセルゲイ・べズルコフ。俳優としても、大いにやりがいのあるこの作品は、結婚後に愛する夫のために作ったと言います。
ロシアの売れっ子男優を一目見ようと、舞台あいさつやトークイベント上映には日本在住のロシアの観客が多数結集! 会場はまさに国際色溢れる熱狂的な映画祭の場に。この映画に登場する、ストラヴィンスキーの『3楽章の交響曲 Symphony in Three Movements』をバレエ化。この演目は、今後のマリインスキー公演でもたびたび演じられる予定といいます。ゴージャスなコラボを実現したのも、才媛の力。凄腕です。バレエと夫への情熱に他ならない妖気が場面場面から溢れ出て、最後まで目が離せない構成力。
「バレエ・ダンサーはロシアの至宝ともいえる存在ですが、その多くの人たちは20代のうちにも体を酷使して廃人同様に現役を離れ、年金暮らしで余生を教師をして過すのです」華やかに見えるバレエ界の現実を、名声を得た男性バレエ・ダンサー アレクサンドル・テムニコフを象徴として描いていきます。
「女性に騒がれ、憧れられるスター的バレー・ダンサー テムニコフです。女性にはうんと冷淡で傲慢で、というストイックな面と、人生を国家に翻弄されながらも、芸術家としての誇りを捨てない命がけの熱い生き方と最期にこだわりました。」という監督の独特の美意識。それは自身が国立の映画大学を優秀な成績で卒業後、マリインスキー劇場の演目の映像をドキュメントする映像作家であることに裏打ちされたエリートたる、キャリアの賜物。アーティステッィク、そしてなんともブラックな笑い満載、なかなかお目にかかれないタイプの作品になりました。しかも容姿もモデル、女優並みの美しさ。野心をたぎらせるマティソン監督の行く手には敵なし、の感でした。