女子力が生み出した、極めつけ映画、2本。ただならぬ母と息子の関係
『少年は残酷な弓を射る』

(2012.07.09)

女優と監督の切っても切れない絆。
そのうえ、映画の原作者も女性と、3者揃えば、もう恐いものなし。
俄然作品がパワフルになり、奇跡的ともいえるほどの映画の誕生。
そういう映画が2本も揃いました。
どちらも原作の素晴らしさに、これを映画として完成させたいという強い願いが込められ、その想いが叶えられて生み出された、幸せな作品と言えましょう。
まず、ひとつは、『少年は残酷な弓を射る』

リン・ラムジー監督と
チィルダ・スウィントンの絆

イギリス映画と邦画という違いはあれど、いずれ勝るとも劣らない、注目すべき完成度の女性監督作品です。

『少年は残酷な弓を射る』は、昨年のカンヌ国際映画祭のコンペティションにノミネートされ、主演のティルダ・スウィントンは、惜しくも最優秀女優賞は逃しましたが、最後まで最有力候補とされていました。それほど、彼女の演技には鬼気迫るものがあります。

その後のゴールデングローブ賞ドラマ部門でも主演女優賞にノミネートされ、彼女の存在は世界的にも注目されます。

悪魔のような美しさ。ケビン役を演じたエズラ・ミラー。目の動きや一挙手一頭足にうっとり。でも、食事をする時の彼は獰猛な野獣を感じさせる。©UK Film Council / BBC / Independent Film Productions 2010

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監督は同じくカンヌ映画祭2002で出品された、サマンサ・モートン主演『モ―ヴァン』(02)で賞を獲得したリン・ラムジーで、その才能は、すでに、9年前に注目されていたのです。

そのラムジー監督が9年の沈黙を破り取り組んだ、映画化は不可能とまで言われる本作の原作を表したのが、アメリカの女性作家ライオネル・シュライバー。400ページにまとめた、『少年は残酷な弓を射る』は、『タイム』誌08年のベスト・ブック・オブ・ザ・イヤーにも輝きました。

ラムジーは、長年のつきあいであるスウィントンにこの原作映画化の企画を持ち込み、賛同した彼女は4年にわたり、この映画について語らぬ日は無かったと言うほどで、二人の入れ込みようは、並々ならぬものだったのです。

スウィントンは今までに、女優の立場だけでなく、映画づくりにも熱心で、ジム・ジャームッシュ監督など、多くの監督たちとのコラボレーションを行い、『ミラノ、愛に生きる』(09)では共同製作者としての実績も築いて来ました。この作品では製作総指揮、つまりエグゼクティヴ・プロデューサー
となるほどの力の入れようです。

‶母であることの恐怖〝を全身で演じるスウィントン。表情を観ているだけで、次々起こる残酷なシーンが予知できる。この演技、誰も真似できない。
ケビンはなかなか言葉を口にしようとはせず、ボール遊びにも興じない。
なかなかおむつが外れないケビン。しかし、あることがきっかけでひとりでトイレに行くようになる。
父親(ジョン・C・ライリー)はケビンを溺愛。母親に反抗するケビンを見ようとしない。その結果が大惨事を起こすことなど気がついてもいない。
この上なく美しく成長したケビン。愛情が込められた食事などにも無関心で、ことあるごとに大人を見透かしたような態度をとる。
少年と母の愛の形は、
こうも残酷なのか?

作家としてのキャリアを築く女性が、心から望んだというわけではなく出産をする。それでも我が子である息子、娘を愛し育てる過程で、賢く美しく成長した息子に、人生を台無しにされるという、残酷な物語。

息子のしでかしたことは、このような小説の世界だけでなく、今、現実に世界中、特に先進国で多々起きていて、少年犯罪の最悪な出来事として報じられ、そのたびに、私たちを震撼させています。

天使のようにかわいい妹にも、ケビンの魔の手は伸びてゆく。

この原作の原題、『We need to talk about Kevin』そのままに、事件を起こした少年たちには、どのような理由があったのか、どのような家庭環境だったのか、親とはうまく行っていたのか、学校では…などなど、彼らについて語ることしきりであるし、彼らにこそ、その訳を聞いてみたいと思わせます。

そのようなテーマを扱った社会的な物語に留まらず、この原作と映画は、ただならぬ母と息子の関係を描いています。
ラムジー監督の無駄のない構成力と、多くを語らない、観る者の想像力を喚起する映像の運びは、実に巧みで、秀逸と言うしかない完成度です。

母と娘なら、こういうことにはならないことが、女だから、すぐわかる。女の本能、まだ眠ったままかもしれない母性にまで、訴えかけてきます。

恐いけれど、女、女性、女子だから、不謹慎ながら、ドキドキしながらも、事件の真相を確かめ、すべてをこの眼にしてやろうと、時間の長さなど忘れるほどにのめり込んでいく自分に気がつくことでしょう。

自分も持ち得ているであろう、魔性の母性。
犯罪を犯そうとも、我が息子の共犯者になってしまうのではと思わせるほどの母の愛。
この映画を観て、自分に問う。
そういう楽しみをもらえる映画です。女子必見。

内容が過激すぎて、日本での出版もすぐには立ち行かなかったとされる日本版原作ですが、読んでみれば、この映画の優れているわけがよくわかるのです。上下巻という長さもさることながら、内容についての表現やまとめ方が巧みで、ラムジー監督とスウィントンが、究極の愛の物語として映画化したかったことが伝わってきます。

こちらにもトライしてみてください。

で、もう一つの作品『ヘルタースケルター』については次回。

缶詰、トマト、ペンキ……ラストに明かされる大事件を象徴する色、赤が随所に挿入される。
『少年は残酷な弓を射る』

2012年6月30日(土)TOHOシネマズ シャンテほか順次全国公開予定

監督:リン・ラムジー

出演:ティルダ・スウィントン、ジョン・C・ライリー、エズラ・ミラーほか

2011年/イギリス/カラー/1時間52分/英語/配給:クロックワークス/

©UK Film Council / BBC / Independent Film Productions 2010

原作・翻訳本『少年は残酷な弓を射る』(イーストプレス刊/上巻・下巻ともに1,700円)発売中