『チェイス!』 インドの国民的俳優アーミル・カーン、俳優の技がつまった新作とともに初来日。

(2014.12.04)
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2013年、インド映画『きっと、うまくいく』が日本で公開され大ヒット。競争社会のなか、持ち前の機転とユーモアでスマートに切り抜けていく主人公ランチョーにハートを鷲摑みされたファンは少なくないはず。
ランチョーを演じたアーミル・カーンさんは、インドでは国民的名優。インド映画の枠を広げるようなチャレンジングな作品にも積極的に出演するほか、製作や監督も務め、世界中で高い評価をうける一方、インドの社会問題をテーマにしたテレビ番組の企画・司会もこなすようなスーパースター。ビル・ゲイツから対談を熱望されたこともあり、2013年にはアメリカ『TIME』誌で、「世界で最も影響力がある100人」に選ばれました。

そんなアーミルさんが、このたび、新作『チェイス!』のヴィジャイ・クリシュナ・アーチャールヤ監督とともに、待望の初来日を果たしました。本作は、インドほかアメリカ、イギリス、中国など世界各国でのきなみインド映画興行収入1位を記録更新中。

物語の舞台はシカゴ。サーヒル(アーミル・カーン)は、町中が熱狂するサーカス団を率いる天才トリック・スター。ところが裏の顔は、父を死に追い込んだ銀行に復讐することに命をかける金庫破りだった。警察は、インドから敏腕刑事ジェイ(アビシェーク・バッチャン)と相棒アリ(ウダイ・チョープラー)を応援に呼び寄せ、サーヒルとの猛バトルが始まる……!

一筋縄では行かない、トリックに次ぐトリックのスピーディーな展開。スーパー・ハイテクバイクが、ロボットのように自在に形を変え、宙を舞ったり、海を走ったり。男子ならずとも小鼻広げて興奮するスペクタクル・アクション。さらに、うっとりする絢爛豪華なショー・ダンスにアクロバット。ロマンスあり、胸に迫る人間模様あり、映画3本分くらいの、魅力てんこもりの作品なのです。なにより、主に中盤以降の複雑な感情表現は、さすが! と唸りたくなるほど、アーミル・カーンさんの技が際立ちます。

 
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アーミル・カーン:1965年インド・ムンバイ生まれ。映画一家に生まれ、73年に子役として俳優デビュー。88年『Holi(ホーリー祭)』で映画初主演を果たす。2001年、イギリス植民地下のインドを舞台にした映画『ラガーン(Lagaan:Once Upon a Time India)』を製作・主演。大ヒットを記録し、アメリカアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる。『Taare Zameen Par(地上の星)』(07年)で監督デビュー。『きっと、うまくいく』(09年)が、インド年間最大ヒットを記録。13年に日本でも公開され、大ヒット。同年、『チェイス!(DHOOM 3)』がインドほかアメリカほか各国で公開され、こちらも大評判に。
これまでに、インドの発展に貢献した人に贈られる、勲章パドマ・シュリー、インドの最高民間褒賞のパドマ・ブシャンを受賞。
 
アーミル・カーン(以下アーミル)『チェイス!』はアクション満載。スピード感が溢れて驚きもたくさんあってワクワクします。まず、自分のなかにある少年の心にグッときましたね。歌やダンス、ロマンスも盛り込まれているけれど、僕が一番惹かれたのは、物語の中心に流れる感情に訴えかける部分。今回の役は、復讐に燃え、強い怒りを抱く側面と、夢を見る純粋な側面と、両極を表現しなくちゃいけない複雑な役だったんですが、自分を高めるためにも挑戦したいと思いました。

——アーミルさんは『きっと、うまくいく』では、実年齢44歳で20歳前後の大学生をみごとに演じられました。映画のなかで、何かに挑戦するということをいつも課しているのですか?

アーミル 『きっと、うまくいく』も、最初は躊躇したんですよ(笑)。僕が大学生役なんてやったら、きっとお客さんに笑われちゃうと思ったし、脚本をとても気に入っていたので、僕が演じることで、せっかくの物語を台無しにしちゃったらいやだなあとも。でも、ラージクマール・ヒラニ監督は頑として譲らなくて。僕が自分でも気づいていない何かを僕のなかに見い出してくれていたようで、ぜひに、というので、ヒラニ監督のファンでもあったから監督の直感を信じてやることにしました。そんな作品がたくさんの人に気に入ってもらえたようで、すごく嬉しいです。
そうですね。出演を決めるポイントは、まずは自分が観客として脚本を読んでみて、その物語に惹かれるかどうか。次に、俳優として自分にとって、なにかしらチャレンジングなことがあるかどうか。そういう目でみながら、直感的に響いたものを選んでいますね。

 
カトリーナ・カイフ(左)とのアクロバット・シーンは息もぴったり。
カトリーナ・カイフ(左)とのアクロバット・シーンは息もぴったり。 ©Yash Raj Films Pvt. Ltd. All Rights Reserved.
命綱なしにほとんど自分たちでパフォーマンスしたという、アクロバットシーン
命綱なしにほとんど自分たちでパフォーマンスしたという、アクロバットシーン ©Yash Raj Films Pvt. Ltd. All Rights Reserved.
 
——今作のチャレンジは、アクション、サーカスのアクロバットパフォーマンス、タップダンスといろいろありますが、一番大変だったのは何ですか?

アーミル アクションは比較的簡単なんです(笑)。ダンスがあまり得意ではないので、ダンスシーンを撮るときはものすごく緊張してしまいます。今回も何度もリハーサルを重ねてやりました。それと、今回大変だったのは、カトリーナ・カイフとのサーカスのアクロバットシーンですね。命綱なしに約15メートルの高さにつられたまま、80〜90パーセントスタントなしに自分たちでやったので。でも、うまくいってほっとしました。

——バイク・アクションはどのくらいご自分でなさったのですか?

アーミル 空を飛ぶシーンは僕。いまはテクノロジーが発達しているので、ワイヤーでつられて安全に走りました(笑)。走るトラックの車輪の下に、バイクのまま滑り込んだり、というスゴ技は、アメリカ人のバイク・スタントのジョー・ドライデンがやってくれました。彼のからだに僕の顔をさしかえるという技術もいまはできるのでね……。

 
地上、空、海を縦横無尽に展開するバイク・アクション。手に汗にぎる!
地上、空、海を縦横無尽に展開するバイク・アクション。手に汗にぎる! ©Yash Raj Films Pvt. Ltd. All Rights Reserved.
 
——毎回映画ごとにハードルを上げて新しい役どころに挑戦し続けているアーミルさん。そうやって、観客を楽しませるために自身を追い込んでいる姿が、使命を背負っているという点で、個人の喜びを捨てたサーヒルと重なって見えます。

アーミル たしかにサーヒルはネガティブな感情に覆われて、喜びを全く感じていない。復讐する使命に、人生をかけていますよね。でも、僕は全然違うよ(笑)。お客さんを喜ばせる責任はもちろんあるけれど、作った作品を気に入ってもらえるかどうかは、誰にも予測できないもの。少しでもいい作品になるよう、完成させるところまでは努力できるけれど、その先の評価はコントロール不能。言ってみたら“おまけ”みたいなものなんです。だから、観て、好きになってもらえたらものすごく嬉しい。作品が公開されるまでは毎回ナーバスになって、もっとやれることがあったんじゃないかと悩むことも多いので、喜んでもらえるととても救われます。
でも、だからといって、観客のために僕が何かを背負っているということはないですね。それより、仕事を楽しむように、常に情熱を持ち続けられるように努力しています。どうしてもひとつの作品に1〜2年は費やすので、その制作過程を自分自身が楽しめるかどうか。その作品を心から好きになれるかどうか。むしろそれを重視しています。自分の幸せのために作品を選んでいますね。

 
サーヒル(右・アーミル・カーン)と刑事ジェイ(左・アビシェーク・バッチャン)との頭脳合戦もあざやか。どちらのトリックが上手か?
サーヒル(右・アーミル・カーン)と刑事ジェイ(左・アビシェーク・バッチャン)の頭脳合戦も鮮やか。どちらのトリックが上手か? ©Yash Raj Films Pvt. Ltd. All Rights Reserved.
 
——映画の制作過程で一番楽しいのは、どんなところですか?

アーミル 自分と全く違う人間になれることですね。僕はサーヒルのように、復讐心に燃えることも、猛烈な怒りに苛まされることもないし、破壊することもキライ。でもそんなふうに、違う人生を歩めるのは喜びですよね。そして、もうひとつ、自分が作品のストーリーの一部となって、観ている人に笑いや涙を提供できる。映画を通して、少しでも人の心に触れられるというのが楽しいんです。

——これまで出演された『きっと、うまくいく』や『Talaash –The Answer lies within』(2012)などもそうですが、冒頭からは想像もつかない展開になる、トリッキーな作品に多く出演されているように感じますが、好んでそういうものを選んでいるのですか?

アーミル トリッキー……そうかな?(笑)。エンターテインメント性の高いもの、ワクワクするものなど、作品によって選ぶポイントはいろいろですが、“自分の心になにかしら響くもの”を選んでいるだけなんだけど。
『Talaash〜』 は特殊な映画でしたね。愛する者を亡くした人の物語。友だち、兄弟、子供……大切な人を失ったとき、人はそれを現実として受け止めきれず、目を背けようとしてしまう。でも、生きていく以上、それが困難でも現実は受け入れていかなくちゃいけない。そういうことを描いているのが美しいなと思って出演を決めました。
監督もした『Taare Zameen Par(地上の星)』は知的障害を持った男の子と教師の関係を描いたもの。驚くような展開はないけれど、個人的に共感できたので選びました。トリッキーかどうかより共感できるかどうかで選んでいますね。

——なるほど。観客の予想を裏切るのがお好きなのかな? と思ったんです。

アーミル たしかに、人を驚かすのは好き(笑)。次にどんな役をやるか、皆が予測できないようなものをやろうとしているところはありますね。『Ghajini』(2008)で肉体を作ってワイルドな役をやったあとに、『きっと、うまくいく』で大学生役をやって、また『チェイス!』でアクションをやったり。

 
ジェイはサーヒルの正体をついに突き止めるが……。ジェイの相棒アリ(中央・ウダイ・チョープラー)のおちゃらけキャラも楽しい。
ジェイはサーヒルの正体をついに突き止めるが……。ジェイの相棒アリ(中央・ウダイ・チョープラー)のおちゃらけキャラも楽しい。 ©Yash Raj Films Pvt. Ltd. All Rights Reserved.
 
——『Ghajini』のあとに『チェイス!』ならまだしも、『Ghajini』で筋肉の塊のようなマッチョな肉体を作られたあと、年齢だけでなく、体型も半分したんじゃないか? と思うほど『きっと、うまくいく』で筋肉をそぎ落として、また『チェイス!』で体脂肪9パーセントまでしぼって筋肉を作られて。かなり極端な肉体改造を毎回されていて、体は大丈夫なのかと心配になるのですが……。

アーミル アハハ。体作りはいつもしていることだから全く問題ないです。筋肉は負荷をかけると変わっていくんですよ。難しいけれど、同時に楽しみでもある。見た目も変わるしね。ボディビルディングは、実は肉体よりメンタルに訴えかけるものなんですね。たとえば、100キロのウエイトを持ち上げるんだったら、それをまず意識して体に覚えさせる。すると、筋肉はそれに合わせて大きくなっていくんですよ。精神が強くないと、体は鍛えられない。

——肉体改造を含む役作りの過程を楽しんでおられるんですね。映画一家に育ち、子供のころから映像の世界で活躍されていますが、もしもそんな環境に生まれてこなかったら、何になっていましたか?

アーミル (大きな目を三倍くらい見開いて)ええー? もう長いこと映画の世界に浸ってしまったので、考えられないなあ……。うーん。体を動かすことが好きなので、スポーツ選手とか? テニスが好きなんですよ。それか、教師かな。学んだことをシェアするのが好きなので。

——アーミル先生! それはきっとすばらしい先生になられたでしょうね(スタッフ一同うなずく)。

アーミル そうかな? ありがとう。

——でも、映画の世界にいてくださって、よかったです。『チェイス!』のなかで「我は神の子……」という、おまじないのような台詞が出てきますが、アーミルさんご自身が「映画の神の子」という気がします。

——いやいや。そう思ってくれるのは嬉しいけれど、そんなことないよ……。

アーミルさんは、最後に笑ってそうつぶやきました。

ヴィジャイ・クリシュナ・アーチャールヤ監督はアーミルさんのことを「ビッグスターなのに、スター気取りをしない、人格的にもすばらしい人。チームワークを大切にする人」と絶賛。
この取材中も日本語がわからないはずなのに、質問者が話す間も賢明になにかを読み取ろうと真摯に応対してくれました。フランクでオープンというよりは、穏やかで優しく、繊細な心の持ち主。相手が誰であろうと、一人の人として尊重しようとするフェアネスに溢れる人、という印象でした。
同時に、会見で通訳さんが訳す前に答えようとフライングしてペロっと舌を出しちゃったり、舞台挨拶の会場で赤ちゃんの泣き声が聞こえたのに対し、「僕らの答えが気に入ってないのかな?」とジョークを言ったり。チャーミングな一面も。
監督は、「俳優は子供のように常にワクワクして、映画作りに没頭できる気質が必要。アーミルは映画が好きで、演じることが大好きというのを表に出せる人」とも評していました。実年齢より20歳以上若い役など、ピュアな表現ができるのは、アーミルさんの内面に、そんな無邪気なところがいまなお失われずにあるからなのかもしれません。

インドではまもなく、『きっと、うまくいく』のラージクマール・ヒラニ監督と再タッグを組んだ新作『PK』が公開。
「こちらもよかったら、観てみてくださいね!」とアーミルさん。
映画とともにまたのご来日を心よりお待ちしています。

 

 

『チェイス!』
12月5日(金)より、TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
 
出演:アーミル・カーン、カトリーナ・カイフ、アビシェーク・バッチャン、ウダイ・チョープラー
監督・脚本:ヴィジャイ・クリシュナ・アーチャールヤ
原題:DHOOM 3
字幕:藤井美佳
提供:日活
配給:日活/東宝東和 2013年/インド/シネスコ/カラー/ドルビーSRD/151分(インターナショナル版)

写真:山崎智世
文 :黒瀬朋子
協力:原千香子