映画『ヴィオレット—ある作家の肖像—』主演女優 エマニュエル・ドゥヴォスインタビュー「女優オーラ」の秘密に迫る。
(2015.12.17)『セラフィーヌの庭』でセザール賞7冠の快挙を成し遂げたマルタン・プロヴォ監督が、ボーヴォワールに才能を見出された作家、ヴィオレット・ルデュックの波乱に満ちた半生をエモーショナルに描き出した最新作『ヴィオレット—ある作家の肖像—』。1940年~60年代のパリ文学界において、女性作家として初めて「性」を赤裸々に語ったスキャンダラスな存在として知られるヴィオレットを演じたのは、フランスを代表する実力派女優、エマニュエル・ドゥヴォスさんです。フランス映画祭2015の団長として来日されたドゥヴォスさんに、作品選びの極意や役作りの秘訣、さらには「フランス国内の取材では秘密にしている」というほどお気に入りの場所について特別に教えていただきました。
作品選びの極意は「監督の才能と脚本の質」
自分が見てみたいと思えるかどうかが決め手。
「女の醜さは大罪である。美女ならば人はその美しさに振り返る。醜い女なら人はその醜さに振り返る」。思わず観ているこちらが身構えてしまうほど、インパクトのある独白によって幕を開ける映画『ヴィオレット』。プロヴォ監督がドゥヴォスさんにヴィオレット役をオファーするにあたり、真っ先に尋ねたのが「顔を醜くくしてもいいかな?」という質問だったといいます。ドゥヴォスさんは「そういう役こそ女優にとって素晴らしいプレゼントよ」と答えたそうですが、ご自身が出演するかどうかの「決め手」となるポイントとは、一体どんなところにあるのでしょうか。
エマニュエル・ドゥヴォス 一観客として、自分が出来上がった映画を見てみたいなと思えるかどうかです。その上で、演じる役柄が自分にあっているか、気に入るかということと、シナリオの質や監督の才能などを総合して判断しています。プロヴォ監督の『セラフィーヌの庭』が大好きだったので、この監督の作品なら大丈夫、と最初から信頼していました。美醜に対する感覚というのは、すごくパーソナルなものだと思うんです。実はこの役を演じるうえで「つけ鼻」を付けたのですが、そのときに実感したのが、女性にとって容姿が極端に醜いということは、とても重荷であり、キツイということ。実際にヴィオレットは自分の鼻に耐えられなくなって、整形手術もしています。それでも十分には美しくなれなかった、というのはものすごく辛いことだったと思います。
共通点はゼロでも余念のない完璧な役作り
本人は映画以上に酷くて耐え難い女性!?
ー『フランス映画祭2015』での上映舞台挨拶でドゥヴォスさんは「ヴィオレット・ルデュックは文学界のゴッホだ」と表現されていましたが、この役を演じるにあたり、どのようなアプローチをされたのでしょうか。また、ご自身とのあいだに何か共通点は見つけられましたか?
エマニュエル・ドゥヴォス 撮影に入る前に、監督とヴィオレットについて入念に対話を重ねました。あいにく共通点は一つもなかったのですが(笑)、彼女の著作や自伝はもちろん、ボーヴォワールや友人に宛てた手紙を読むことで、ヴィオレットの考えは大体理解できました。「父親に認知してもらえなかった」ということが、長年彼女の心の傷になっていたのですが、『私生児』という小説で世間に認められて、初めて世界のなかに自分の居場所ができたんです。自身の小説の大ヒットによって彼女の人生に欠けていた部分が埋まり、ようやく心の平穏を得ることができました。映画ではヴィオレットの少女のような可愛らしい一面も描いているのですが、実際に彼女と知り合いだったというパトリック・モディアーノさんによれば、本物のヴィオレットは「もっと酷く、耐え難い人」だったそうなんです(笑)。
プロヴォ監督は「ボーヴォワールはヴィオレットにとって父親代わりだったのではないか」と話していましたが、ドゥヴォスさんは実際に演じてみて彼女たちの関係をどのように捉えましたか?
エマニュエル・ドゥヴォス ヴィオレットにとって、ボーヴォワールは導き役であり、メンターのような存在だったと思うんです。もちろん私の人生においても大切な出会いはありましたし、助けてくれた人もいましたが、彼女のように盲目的に自分のすべてを捧げるような相手はいませんでした。この二人の関係は、もはや師弟関係を超えた特殊な関係性だったのではないかと思って演じましたね。
役者一家に生まれ育ち自然な流れで女優に
オフはチロルの山小屋と島でリフレッシュ。
ーフランス映画祭の団長も務められ、いまやフランスを代表する名女優としてご活躍されていらっしゃるドゥヴォスさんですが、そもそも女優を目指したきっかけや、転機となった作品があれば教えていただけますか?
エマニュエル・ドゥヴォス もともと役者一家に生まれて、小さい頃から舞台にも身近に接していたので、すごく自然に自分も役者になったという感じですね。自分でもいくつの時かもわからないくらい、最初から女優になりたいと思っていました。もしかしたらいろんな人の人生を演じるということに魅力を感じたのかもしれませんが、一人の人間が役者になりたいと思う動機というものは、とっても謎に満ちていると私は思います。私の場合は徐々にキャリアを積んでいったので、特別大きな転機というものはなかったのですが、振り返ってみると、ジャック・オディアール監督の『リード・マイ・リップス』では賞もいただいたし、ヴィオレット同様、強烈な役柄だったので印象に残っています。
ー最後に、ヴィオレットはフォコンの地で新たなインスピレーションを得ますが、ドゥヴォスさんご自身がリフレッシュしたいときに訪れる場所はありますか?
エマニュエル・ドゥヴォス オーストリアのチロル地方に夫と所有している山小屋ですね。とっても美しいところです。あとは……、ヴァンデ県(la vandee)のイユー島(Ile d’Yeu)です。できれば秘密にしておきたいくらい、本当にお気に入りの場所なんです。
***
愛を追い求めて傷つきながらも、小説を書くことで自らの存在価値を見出したヴィオレット・ルデュックを、「つけ鼻」さえもいとわず、圧倒的な迫力で演じられたエマニュエル・ドゥヴォスさん。全身から放たれるその女優オーラは、幼い頃から身体に染みついているものだったと今回判明し、深く納得しました。「芸術を通じて自分が抱える苦悩を克服することほど美しいものはない」とドゥヴォスさんが語るように、コンプレックスを乗り越える唯一の方法は努力で勝ち取った本物の自信だ、ということをこの映画を通じて改めて強く感じることができました。
『ヴィオレット—ある作家の肖像—』
2015年12月19日(土)より岩波ホールにてロードショー
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメ、カトリーヌ・イジェル、ジャック・ボナフェ、オリヴィエ・ピィ
監督:マルタン・プロヴォ
脚本:マルタン・プロヴォ、マルク・アブデルヌール、ルネ・ド・セカッティ
撮影:イヴ・カープ
編集:ルード・トロシュ
美術:ティエリー・フランソワ
衣装:マドリーヌ・フォンティーヌ
原題:Viollette
配給:ムヴィオラ
2013年 / カラー / 1:1.85 / 139分
© TS PRODUCTIONS – 2013