『アバウト・タイム』リチャード・カーティス監督 何気ない時間にこそ幸せがある、それを感じながら最後を終えられたら。
(2014.09.25)「ラブコメの帝王」の異名をとる名匠・リチャード・カーティス監督。最新作『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』は、タイムトラベルの能力を持った青年の恋とそれをとりまく家族を描いた心温まるストーリー。カーティス監督は『Mr.ビーン』の生みの親とあって、楽しい笑いも満載。作品のモチーフ、コメディについて……。髙野てるみさんによるインタビューです。
あの『Mr.ビーン』を生み出した
敏腕脚本家。
今年の夏に日本にもお目見えした待望の英国ミュージカル、『戦火の馬』。7年近くロングラン興行を続けたその舞台は、パペット製の馬が、本物の馬よりも馬らしく演じる奇跡と言っても良いくらいのもの。これに目をつけたスピルバーグ監督が、同名の映画を製作・監督したことは、記憶に新しいですが、その時に英国人脚本家として白羽の矢をたてられたのが、リチャード・カーティス監督でした。
そう、『Mr.ビーン』から始まって、『戦火の馬』でハリウッド進出に至るまで、リチャード・カーティス監督は、監督以前に、凄腕の脚本家なのです。『フォー・ウエデイング』(94)、『ノッテイングヒルの恋人』(99)、『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』(04)など日本でもヒット作品となった映画は、彼の脚本の力の賜です。それだけでは飽き足らず、書いた脚本の監督を自ら手掛け、またまた、いくつも秀逸な作品を生み出しました。
監督作品3作目にして、
監督引退の理由とは?
それが、『ラブ・アクチュアリー』(03)、製作総指揮まで携わった『パイレーツ・オブ・ロック』(09)、そして、公開を控える今回の最新作『アバウト・タイム~愛おしい時間について)』(13)です。しかし、この3本目を最後の監督作品とすると発表。惜しむ声が、しきりです。
これからは、「本業」の脚本家に徹すると言う、そのわけをうかがうと、
「思った通りの映画になるだろうかと気を揉みながら、撮影に立ち会い口を出してきました。監督までしようという気持ちは、いつまでも、そんなことをしていると監督たちに殺されかねないので、自分でやれば、身は安全かと(笑)。しかし、監督という仕事は、一つの場所にじっとしてはいられない。結果的に家庭を顧みず、長い期間家族とも離れていなくてはならない。そういう時間の使い方は今後はもうしたくない。日常の大切な時間を、愛すべき家族や友人たちと満足のいくまで過ごしたい、そんな風な心境になっています。」と言います。
悔いのない
人生最後の一日をイメージ。
カーティス監督は忙しくしている間に、両親も妹も亡くなってしまい、見送らなければならなくなり、彼らと十分な時間を過ごせたのかが、とても気がかりに感じているのだそうです。すると、この思いこそが、『アバウト・タイム~愛おしい時間について』になったのではないか。映画監督最後の作品には、彼の人生の大きなメッセージと、自らの監督業への惜別を込めている。そう思えてなりません。
作るきっかけになったのは、「生きられる時間が、後一日だけということになったら、その最期の一日をどんなふうに過ごすだろう?」と友人と話したことからだと言います。人は何時死んでも良いと言えるような、悔いのない日々を毎日送っているのだろうか。誰にも当てはまる人生の命題、そのことに気づいた心境をカーティス監督は迎えたのでしょう。
人生訓を後に続く世代に残したいという年齢に達したこともあるのでしょうが、あくまでお説教ぽくないやり方がカーティス流であり、しゃれたセンスの持ち主であるが所以です。
この作品でも、カーティス監督の魂は依然、青春ど真ん中と言うくらいに若々しくピュアです。その青春時代は、オックスフォード大学に学び、在学中の仲間ローワン・アトキンソンと組んで作ったのが『Mr.ビーン』のテレビシリーズで、一躍脚本家として注目を集めました。
「アトキンソンとはずっとつきあいが続いている仲。本人はビーンとは似ても似つかない静かな人柄。今もシリアスな演劇などに出演して活躍中ですよ。」と、カーティス監督は言います。
日常の些細な出来事から
笑いを捻りだす才能。
「最初の10年間ぐらいは、ずっとコメディやコントを書き、そのうちビーンが評判になりました。そういうものが自分に染みついているから、映画にも出てくるんでしょう。なにしろ、一番人生においておかしい、おもしろい時間っていうのは、家族や友人達と酒でも飲んで、馬鹿話をしている時間だと思うんです。だからそういうことが、すべてネタになります。そこにはスーパーヒーローも、凶悪殺人犯もいない。だから僕の映画には彼らは登場させられない。」
日々の出来事を酒の肴にして、ただ大笑いして終えるのは凡人だし、また、空想力を働かせ、突拍子もない話を作るのは誰にも出来そうですが、ごくごく日常の些細な出来事をドラマチックに織りなすカーティス監督の「笑いの力」は、非凡な才能あって生まれるのです。それにしても、それら出来事など、憶えていられないのも凡人の悲しさ。彼の頭の中にある“笑い工場”の管理は、いかに。単なる記憶力によるものなのか。
「まず、自分の頭を一つの器だとイメージします。アイデアがぱっとひらめいたりして、こういう作品つくりたいなと思った時は、その器は、まだ、空っぽの器なんです。その器の中にだいたい一年間くらいかけて、色々あれも使える、これも使えると一杯にしていくんです」
とのお答え。うーむ、やはり、これは、並の記憶力ではなさそうで、恐るべしは、オックスフォードか! 彼の作品はいつも、笑いも悲しみも、どこか皮肉なユーモアを醸しだした人生のひとコマ、ひとコマ。これらのコラージュで構成されています。制作過程ではデコボコしていて、はらはらさせられるが、最後はきれいにまとまってハッピーエンドというプロの仕上がり。
今回の作品は、今までの持ち味から一変して、何気ない現実離れした「タイムトラベル」というファンタジックなものを加えています。テーマは“人生のやり直し”、この願望を叶える超能力を主人公の青年ティムに授けたのです。この力は、この主人公一族の世襲で、男子だけが使えるのだそう。息子にこのことを告げる父親は、その能力を読書することに活かして、何回も繰り返し読書して楽しんだ人生を満足そうに語ります。自分の父や祖父は、金もうけをしようとして大失敗したことも。ティムは、もっぱら恋の成功に駆使するのでしたが……。しかし、こんな突飛な発想が、全く違和感を感じさせないから不思議です。
もし、人生をやり直す方法があれば、何をする?
ちなみに、監督引退の心境の変化を発表したカーティス監督自身は、どのようなやり直しをしたかったのか、聞いてみました。
「私はニュージーランドの生まれですが、イギリスに住む前に、子供の頃、スウェーデンにいました。そこにビートルズが来た時ですが、一日中ホテルの前で彼らが出てくるのを待っていました。今思うと、やはり、コンサートのチケットを買って観たかった。これはずっと心残りで、やり直したいです(笑)。また、妹が病気になったときに、もっと時間を一緒に過ごしたかったのも、心残りですね。あとは、20歳の時に大失恋をし、それを5年間引きずって非常に惨めでした。」
なるほど。しかも、それらの体験は、形を変えて『アバウトタイム』に生かされているではないですか。
『アバウト・タイム』の主人公ティムはタイムトラベル能力を使いまくるのですが、この能力は、万能どころか、使うタイミングを間違えると、現在進行形の現実をも上書きしてしまうというしろもの。なかなかにスリリングで楽しめるのも、小さな出来事のそれぞれを絶妙なタイミングで交差させているから。皮肉な結果になったり、ビーン的な笑いが生まれたり。
何が幸せで、何を悔やむべきなのかを主人公が気づく頃には、映画を観ている私たちも、人生のやり直しということについて、次第に気づいていきます。
大切な家族、友人との何気ない暮らしを大切に。
「先ほど触れた、大恋愛に大失敗した経験。それをやり直したいと思う気持は今もあるものの、その反面、そういう辛い経験があって、その後、色々なラブストーリーを生み出すこともできたのではないかと思うんですね。失敗を経験してこそ、人の気持ちがわかったり、新たな発見があるわけで、やり直さない自分の人生にも納得できる自分を愛おしく思えること、それが人生においての幸せなのではないかと思うようになりましたね」
そう、それこそが、この映画で言いたかったことなのだと分かった瞬間、熱いものが胸に迫ってきます。笑っているうちに泣けてくる。カーティス監督の勝利です、今回も。
この映画にも、カーティス作品には絶対的お約束の俳優、ビル・ナイが父親役で登場。ハリウッドでは、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで幽霊船のタコ船長でおなじみで、カーティスとは腹心の友。ラスト近く、ビル演じるパパが、秘力を使ってティムとともにとある行動をとります。観る者に感動を呼びさます忘れられないシーンです。
観終わったら、人に優しくしたくなる、そんな力を持った作品です。
「いつものように、大切な家族や、友人とゆっくりと話をして過ごしたい。何気ない時間にこそ、幸せがあると言うことを味わって、人生最後を終えられたら本当に素晴らしいね。」という監督。人生最後の1日の過ごし方をも教えてくれました。
この映画は、男と女のためのバイブルであり、美しく生きるためオックスフォード認定(?!)のテキストと言って良いでしょう。
『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』
2014年9月27日(土)より全国ロードショー!
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス、ビル・ナイ、トム・ホランダー、マーゴット・ロビー、リンゼイ・ダンカン
監督・脚本 :リチャード・カーティス
配給:シンカ/パルコ
イギリス/2013年/英語/シネスコ/ドルビーSRD/124分/字幕翻訳:稲田嵯裕里/原題:ABOUT TIME
© Universal Pictures