J・ビノシュ主演『アクトレス 〜女たちの舞台〜』 O・アサイヤス監督インタビュー  大切なのは考察や疑問を誘発すること。

(2015.10.20)

『アクトレス 〜女たちの舞台〜』のオリヴィエ・アサイヤス監督 photos / Atsuhi Gotoh, special thanks “Croissant”
『アクトレス 〜女たちの舞台〜』のオリヴィエ・アサイヤス監督
photos / Atsushi Goto, special thanks “Croissant”
オリヴィエ・アサイヤス監督がジュリエット・ビノシュとタッグを組み、かつて一世を風靡した大女優の孤独と葛藤をスイスの広大な自然を背景に浮き彫りにした映画『アクトレス 〜女たちの舞台〜』。『フランス映画祭2015』に合わせて来日したアサイヤス監督に映画製作の舞台裏やクリエーションの原点についてお話しをうかがいました。
映画の構想で最初に頭に浮かぶのは登場人物
大切なのは観客に考察や疑問を誘発すること。

ーアサイヤス監督はもともと絵画を学んでいらしたそうですね。監督が映画を製作されるにあたっては、まず映像のイメージが浮かぶのでしょうか。それともセリフやストーリーが先行しますか?

オリヴィエ・アサイヤス監督 確かに、絵画やデッサン、グラフィックデザインも勉強していましたが、私は幼い頃からずっと映画作家になりたいと思い続けていました。もはや自分の使命と言ってもいいかもしれませんが、私が監督になるまで長い道のりをたどってきたのは、なぜ映画作家になりたいのか、映画とは何なのかを知るためであったような気がします。私が新たな映画を空想し始めるとき、最初にあたまに思い浮かぶのは人物です。関係性を描くために登場人物を追加して、さらに一つか二つ、アイデアを付け加えなければなりません。そして、場面が浮かび、映画になっていくわけです。とはいえ、脚本を書き終えたとき、それまで自分を支えてくれたすべてのアイデアが盛り込まれているとは限りません。けれど、登場人物だけは最後まで残っているのです。

 一世を風靡した大女優マリア(ジュリエット・ビノシュ)。女優として花開く機会を与えてくれた舞台劇『マローヤの蛇』のリメイク版への出演を打診される。しかし役柄はかつて演じた小悪魔シグリッド役ではなく彼女に翻弄され、自滅して行く中年女ヘレナ役だった。
一世を風靡した大女優マリア(ジュリエット・ビノシュ)。女優として花開く機会を与えてくれた舞台劇『マローヤの蛇』のリメイク版への出演を打診される。しかし役柄はかつて演じた小悪魔シグリッド役ではなく彼女に翻弄され、自滅して行く中年女ヘレナ役だった。
恩師ヴィルヘルム・メルヒオの戯曲『マローヤの蛇』。タイトルになっている『マローヤの蛇』とはイタリア・アルプスからマローヤ峠を超えシルス・マリアの湖に流れてくる雲が形作る自然現象の絶景のこと。
恩師ヴィルヘルム・メルヒオの戯曲『マローヤの蛇』。タイトルになっている『マローヤの蛇』とはイタリア・アルプスからマローヤ峠を超えシルス・マリアの湖に流れてくる雲が形作る自然現象の絶景のこと。
スイス・アルプスの景勝地シルス・マリアのヴィルヘルム邸に滞在するマリアとそのマネージャー ヴァレンテン(クリステン・スチュワート)は、セリフ合わせをしながら『マローヤの蛇』を読み込んでいく。
スイス・アルプスの景勝地シルス・マリアのヴィルヘルム邸に滞在するマリアとそのマネージャー ヴァレンテン(クリステン・スチュワート)は、セリフ合わせをしながら『マローヤの蛇』を読み込んでいく。
 

ー本作を拝見し、映画の中で何度も読み合わせをする『マローヤの蛇』という戯曲のセリフが、それを演じるマリアとヴァレンティーヌの関係と重なり、さらにマリア役ジュリエット・ビノシュとヴァレンティン役クリステン・スチュワートにもその構造が当てはまる、という多重構造の巧みさに感銘を受けました。

オリヴィエ・アサイヤス監督 私は登場人物の関係性や状況を作り出すことで、映画は普遍的な問題や感情を語ることができると思っています。そのためには、物語はなるべく豊かで多様なものでなければなりません。大切なのは、観客に対して何かを肯定することではなく、観客の中に考察や疑問を誘発することなんです。

 
 
時の経過と成熟をマニッシュな髪型で表現
水浴のシーンは俳優たちの過激な自己主張!?

ーマリアを演じるビノシュさんが、これまでになくマニッシュなスタイルであることに驚きました。この髪型は監督の演出ですか?

オリヴィエ・アサイヤス監督 あの髪型は無理矢理私が押し付けたというわけではなく、ジュリエットからの提案です。ジュリエット扮するマリアは、戯曲で演じるヘレナ役になりきるために、外見からその人物に向かって一歩一歩近づいていきます。年齢を重ねた女性が、余計なものをすべてはぎ取って脱皮していきたい、という欲求の現れであり、いわば彼女が自然なままであることを諦めた、ということでもあるのです。一度まったくの白紙に戻って、そこにヘレナという人物をどんどん書き込んでいく。つまり、映画スターというアイデンティティを消し去って、新たな人物を自分のものにしていく過程なんです。成熟とともに男性的なイメージに近づいていきますが、その変身は、ラストの戯曲の上演のシーンで完成します。

ー散策中に立ち寄った湖で、突如マリアが全裸になって飛び込む姿が印象的でした。アンドレ・テシネ監督の『ランデヴー』でビノシュさんが演じた奔放な役柄をどこか彷彿とさせますね。

オリヴィエ・アサイヤス監督 確かに、あの水浴の場面はとても興味深く、さまざまな解釈が可能です。長回しと言われるワンシーン、ワンショットですが、事前に話をしたのは「ふたりは暑くて水に入るが、水着やタオルは持って来ていない」ということだけ。そしていざ撮影が始まり、クリステンが下着のまま水辺に向かうと、ジュリエットは大急ぎで服を全部脱ぎ捨て走りだし、水の中に先に飛び込んだ。つまり、ジュリエットは全裸になるというリスキーな選択を、自ら率先して行ったわけです。いわば、あのシーンに現れているのは、私ではなく、彼女たちの自己主張といえるでしょう。

 
マリアとヴァレンティンはヴィルヘルム邸内で、シルス・マリアの山岳風景の中でセリフ、演技論と言葉の応酬を繰り広げる。そんな中、山歩きの途中でふたりは思わず湖に飛び込む。
マリアとヴァレンティンはヴィルヘルム邸内で、シルス・マリアの山岳風景の中でセリフ、演技論と言葉の応酬を繰り広げる。そんな中、山歩きの途中でふたりは思わず湖に飛び込む。
マリアを演じるジュリエット・ビノシュ。シャネル提供のドレスをエレガントに着こなし、マニッシュな装いも披露。大女優マリアと今やフランスを代表する国際的女優となったジュリエット自身のキャリアが重なる。
マリアを演じるジュリエット・ビノシュ。シャネル提供のドレスをエレガントに着こなし、マニッシュな装いも披露。大女優マリアと今やフランスを代表する国際的女優となったジュリエット自身のキャリアが重なる。
マリアを支える優秀なマネージャー ヴァレンティンを演じるのはクリステン・スチュワート。2015年のセザール賞で助演女優賞を受賞。アメリカ人女優としては史上初の快挙。
マリアを支える優秀なマネージャー ヴァレンティンを演じるのはクリステン・スチュワート。2015年のセザール賞で助演女優賞を受賞。アメリカ人女優としては史上初の快挙。
クロエ・グレース・モレッツは新進ハリウッド女優ジョアン・エリスを演じる。こちらもまたクロエ自身のユニークな存在感を彷彿とさせる役柄。劇中、このジョアンがかつてマリアの当たり役と言われたシグリットに抜擢され、マリアの心はざわめきたつ。
クロエ・グレース・モレッツは新進ハリウッド女優ジョアン・エリスを演じる。こちらもまたクロエ自身のユニークな存在感を彷彿とさせる役柄。劇中、このジョアンがかつてマリアの当たり役と言われたシグリットに抜擢され、マリアの心はざわめきたつ。
自分が考えていること以上に
さまざまなことを語れるのが映画。

ー「深刻な映画だけが真実を描くわけじゃない」というヴァレンティンのセリフがありますが、これは多彩な作品を手がける監督の信条にも当てはまりますか?

オリヴィエ・アサイヤス監督 いわゆる商業映画とよばれるものには、私は社会という集団が見ている夢が反映されているような気がしています。そこで語られている言葉を文字通り捉えるよりも、人間の集合無意識の出現だと思って観る方が面白い。SFやスーパーヒーローが出てくる映画も、作り手にとっては、自分を取り囲む世界を語る唯一の方法だったのかもしれません。映画というものは、自分が思っている以上にさまざまなことを語っているものなのです。

 
映画は常に新しい世代によって再発見される
次世代の映像作家に向けた監督の思いとは?

『フランス映画祭2015』の関連企画として、映画祭会期中の6月28日に渋谷の映画美学校で開催された、オリヴィエ・アサイヤス監督のマスタークラス。青山真治監督をゲストに迎え、約1時間にわたって行われたこの特別講義では、『アクトレス』や過去作品を例に挙げながら具体的な演出方法や映画製作の意義など、まさにクリエーションの核心に迫るやりとりが繰り広げられました。

監督にとって脚本を書くということは、「日常生活における考察や観察を縮小していく作業であり、現実社会の今、ここで起きている事象や世界をありのままに捉えること」。問題提起は行いつつも、全てを合理化して分かりやすい形で伝えるのではなく、ところどころに謎をちりばめることで、着地点を出来るだけ遠くに持っていく。その過程で映画は普遍的なテーマを帯び、結果として真理につながっていく、という監督の強い思いは、まさに最新作からもはっきりと感じ取ることができます。

最後に『アクトレス』のテーマともいうべき「世代交代」についてアサイヤス監督に尋ねると、「映画は常に新しい世代によって再発見されるもの。世代交代ということではなく、(若手とベテランとの交流によって、)きっと新たに生まれてくるものがあるはず」との答えが。時代を作ってきた世代としての自負とともに、次世代を担う若きクリエイターたちへのメッセージとも言えるコメントで、アサイヤス監督の表現することへの飽くなき探求心に充ちた名言でした。

2015年6月28日@映画美学校 『オリヴィエ・アサイヤス監督マスタークラス 〜日仏映画作家「現代映画」を語る〜』よりオリヴィエ・アサイヤス監督(右)と青山真治監督(左)。
2015年6月28日@映画美学校 『オリヴィエ・アサイヤス監督マスタークラス 〜日仏映画作家「現代映画」を語る〜』よりオリヴィエ・アサイヤス監督(右)と青山真治監督(左)。主催:映画美学校、共催:ユニフランス・フィルムズ、後援:アンスティチュ・フランセ日本

Sils Maria-Olivier Assayas-01

■オリヴィエ・アサイヤス監督 プロフィール
Olivier Assayas 1955年パリ生まれ。1970年代映画誌『カイエ・デュ・シネマ』で映画批評家として活躍した後映画作家に。ローラン・ペラン監督『Passage Scret』(84)で脚本家デビュー。アンドレ・テシネ監督『ランデヴー』(85)、『溺れゆく女』(98)などの脚本を担当、『無秩序』(86)で初の長編監督。『イルマ・ヴェップ』(96)『デーモンラヴァー』(02)などを手掛ける。『クリーン』(04)は主演のマギー・チャンがカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞。『夏時間の庭』(08)は日本でも大ヒット。5時間半の大作『カルロス』(10)もある。photos / Atsushi Goto, special thanks “Croissant”
 
『アクトレス 〜女たちの舞台〜』

2015年10月24日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて全国順次ロードショー


出演:ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツほか

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス
製作:シャルル・ジリベール

撮影:ヨリック・ル・ソー

原題:Sils Maria

配給:トランスフォーマー
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、スイス大使館、スイス政府観光局
特別協賛:シャネル

2014年 / フランス・スイス・ドイツ / カラー / シネスコ / 124分 /

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