映画と一体化したい、
夢を実現する神楽坂恵。
(2012.10.12)
名だたる国際映画祭に出品、世界の注目を集める作品を発表する園子温監督の最新作『希望の国』。東日本大震災の被災地に取材し、日本・長島県で起こったフィクションとして、未曾有の大震災と原発事故に見舞われた人々の暮らし、生き方を描いています。住み慣れた土地から避難、放射能の恐怖と戦いながら生きる女性・いずみを演じたのが神楽坂恵さんです。園子温監督作品『冷たい熱帯魚』『恋の罪』でもユニークな存在感で注目されました。『希望の国』での役作り、女優としての原点のお話をうかがいました。
■神楽坂 恵 プロフィール
(かぐらざか・めぐみ)1981年9月28日、岡山県に生まれる。2004年にグラビアアイドルとしてデビュー、大人気を博する。その後一念発起、女優に転身。’07年、行定勲監督『遠くの空に消えた』、金子修介監督『プライド』(’09)、三池崇史監督『十三人の刺客』(’10)などに出演。’11年の園子温監督作品『冷たい熱帯魚』『恋の罪』での熱演が大きな話題を呼び『おおさかシネマフェスティバル2012』『第33回ヨコハマ映画祭』助演女優賞を受賞。同年秋、園監督との結婚を発表。同監督作品への出演は『ヒミズ』(’12)含め、本作で4作目。’この11月5日スタートの昼ドラ『幸せの時間』(フジテレビ、月〜金 13:30〜)では、主人公の主婦(田中美奈子)と略奪愛バトルする女性を演じる。10月17〜21日まで笹塚ファクトリーにて 高瀬一樹演出、Pride and Money『満ちたりた庭園』『かりて〜糧』の演劇公演、映画『瘟泉(おんせん)』(サム・レオン監督)の中国公開も。趣味は映画、アート鑑賞。
『希望の国』の舞台は20××年、日本・長島。
「福島の時と同じ。」ドラマがスクリーンで展開。
ー10月20日公開『希望の国』は、昨年の東日本大震災、原発事故の被災地に取材、20××年、長島県で起きたフィクションとして映画で真っ向から原発問題を提起した作品です。
その中で神楽坂さんは、被災地・長島に暮す小野家の息子、洋一の妻・いずみを演じています。いずみは、震災後に妊娠が発覚、放射能の恐怖におののきながら防護服で身を包み暮す女性を演じています。人々の放射能への恐怖を象徴するような役柄です。実際にモデルとする人物はいらっしゃったのでしょうか?
神楽坂:『希望の国』のストーリーは、園監督が石巻、福島で現地の方々に実際にお話を聞いて書いたものです。原発事故をきっかけに小野家は泰彦夫婦と、息子の洋一夫婦が分断されてしまいます。そのような境遇の、モデルとなる一家がいらっしゃった。隣家の、鈴木家の原型となる家族もです。
いずみに関しては、放射能を恐れる人を、極めて伝えやすくデフォルメした人物で、毎日防護服を着て暮らす、そこまでやる人は現地でもなかなかいなかったですが、本当はそこまでやりたい気持ちを持っている方々はいらっしゃった。でも、できない、マスクしているだけでも色々言われてしまう……。
演じるにあたって原発問題の膨大な資料をあたりました。そのうち、自然に私自身の実生活にも影響を及ぼすようになっていきました。将来や子供のことを考えてふだんからマスクをつけるように心がけしたり、ガイガーカウンターを買って放射線量を測ったりするようになりました。
作品の目的意識をはっきり共有する
園子温監督の映画作りの場。
ー『希望の国』のラスト、笑顔でいずみが言うセリフがたいへん印象的で、いずみという人物は、放射能への恐怖だけでなく、未来への希望をも象徴する人物であるとわかります。難しい役だと思いますが、監督からはどのように演じてほしいと要請されたのでしょうか。
神楽坂:園監督は、俳優としての私にその人になりきること、完璧に自分の人格を超えて役柄の人物になることを求めるわけではなく、これまでの私が生きてきた中で感じてきた気持ちが活かせるような演技を促してくれます。「こんなシーンもきちんとできないなら、君の今までの人生は何だったのか?」と、こちらの人生を否定するようなキツイことをいうこともありますが、それはこちらのことを考えてくれてのこと。私の負けず嫌いの性格を見越しての言い方のようです。その俳優の傾向によって監督は言い方、やり方を変えているようです。
ー’11年『冷たい熱帯魚』からはじまって『恋の罪』、今年はヴェネチア国際映画祭で話題を呼んだ『ヒミズ』そして『希望の国』と園監督作品への出演が続いています。園子温監督の映画作りの現場はどのようなものですか?
神楽坂:監督を中心にみんなが一体となって動く、作品の目的意識をはっきり共有するホットな現場です。ぶつかったり、ディスカッションがあるのはあたり前ですが、それでも皆が同じ方向を向いている。
『希望の国』には、登場人物の細かいエピソードがたくさん出てきます、ひと口に被災地といってもいろんな考え方、感じ方があります。それらを盛り込んだ脚本には、しっかりセリフまで描き込まれたものです。もちろん現場でアドリブで作ったりすることもあります。
映画に携わる仕事で
風景の一部になりたい。
ー神楽坂さんは、ものごとについてはっきり発言できるサバサバした気性、ボーイッシュな方とお見受けします。
神楽坂:もともとのんびり気質なのですが、だんだんサバサバしてきてしまいました(笑)。
ー女優を志したきっかけを教えてください。また、転機となった作品は?
神楽坂:子供の頃は映画や写真、アートを見るのが好きな子でした。高校生の時『ベティ・ブルー』を見て衝撃を受けました。主演のベアトリス・ダルを見て「女優ってこういう人なんだ」と思ったし、「映画ってこういうものなんだ、映画において音楽はこういうものなんだ」という私の女優観、映画観客はこの作品からきています。音楽も素晴らしいし、すべてがよい。私の原点の作品です。
『ベティ・ブルー』はDVDをレンタルして来て見たのですが、私の父も映画が好き。やくざ映画や、「極道の妻たち」シリーズなどのDVDをよく借りてきていました。見てスカッとするような作品を求めていたのだと思うのですが、ジャケットにピストルが映っているDVDはみんな借りてきてしまう。その中に、なぜか石井克人監督の『鮫肌男と桃尻娘』が紛れていた(笑)。たぶんジャケットにピストルが映っていたのだと思います、『鮫肌男と……』を見てから日本映画の面白さもわかるようになりました。そして、映画中の物語や風景の一部になりたいと考えるようになりました。グラビアアイドルのように、風景のセンターにバーンと登場するのではなく、一部に。
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神楽坂:映画に携わる仕事をして映画と一体になりたかったのですが、女優よりも裏方、ヘアメイクさんに憧れていました。人をルックスだけでなく、内面から綺麗にしてあげたかったです。当時は木村拓哉さんがヘアスタイリストを演じるドラマ『ビューティフル・ライフ』が放映されたり、カリスマ美容師ブームもあったりして、その影響だろと言われるんですが、そうじゃないです(笑)。その頃の私は今より太っていて、色黒で髪もショートカット。すごく自分にコンプレックスがありました。人を美しく綺麗にするくらいの余裕ある自分でありたい、自分でも、その美しさを伝えたい、そういう場所にいたいという気持ちからです。
東京に来てから美容師免許をとって、しばらくは、ある外資系ビューティ・ブランドの美容部員の仕事をして自分も含めて人を美しくすることに喜びを感じていました。新宿の百貨店に勤めていたのですが、そこでグラビアの仕事にスカウトされました。
自分のスタイルにコンプレックスがあったので、グラビアの仕事をするまで水着なんか、スクール水着以外は着たことがありませんでした。グラビアの仕事ではじめてデザインされた水着も着るようなりました。仕事として写真を残しておきたい、という気持ちもありました。
映画では『ベティ・ブルー』が好きであると同じように、写真では荒木経惟さんの写真が好みだったり、好きになるものの系統があるというか「こういう世界をやりたい」とイメージが明確にあるタイプでした。写真も映画も経験してみたかった。
そうしてグラビアの仕事もしつつ、演技のワークショップに通っていました。その中で、ありがたいことにさまざまな監督と出会いがあったりして、映像の世界に繋がっていきました。
園子温監督との出会い。
ー監督との出会いもその頃でしょうか。
神楽坂:ある時、私が初めて脱ぐDVDの作品の企画が持ち上がり、園監督が監督してくれるかも、という話がありました。結局その話は流れてしまい、残念に思っていました。そのころ、丁度、共通の友人の構成作家さんと観劇する機会があって、道すがら園監督の話になりました。DVDの話を彼に報告すると、呼び出して一緒に飲もう、ということに。そこで初めて会いました。
それまで、園監督の作品は『気球クラブ、その後』(’06)や『紀子の食卓』(’05)、ドラマ『時効警察』(’06)などを観ていて、かわいらしい作品から激しいもの、面白いものまで撮れて、人間の可愛らしさ、切なさ、人を愛しいと思う気持ちなど人間のどんな感情もわかっている方だと思っていました。非常に幅広い才能がある、ずっと気になる監督という感じでした。一度はその世界観に入ってみたい、と思っていました。初対面の印象は、怖いとか酒豪であるという噂とは裏腹に、クールで静かな印象でした。
ーその後園子温監督の作品に女優として出演されるわけですが、神楽坂さんが目指す俳優さんとは? どのような女優さんになりたいですか?
神楽坂:色々な女優さんとお仕事する機会があって、それぞれ素晴らしいので、誰というのは難しいです……。枠にはまらないで限界を超えて挑戦している人が好きですね。「この人だいじょうぶ?」「ええっ、そこまでやるの?」「壊れたか?」といわれても、やることはきっちりやっている。
好きな映画は考えさせられる映画、ひきずる映画です、そういう作品に出演していきたいです。その意味では園子温監督はぴったりです。
方向性を同じくする
クリエイター・カップル。
ー昨年の神楽坂さんは荒木さんとの写真集『月刊 NEO 神楽坂 恵 THE LAST ラスト写真集はアラーキーとの緊縛恋愛……』(イーネット・フロンティア刊)も発売されて、どんどん夢を叶えて行っていらっしゃいますね。そして、秋には子温監督とご結婚されています。監督と女優、映画監督とそのミューズのカップル誕生ということになりますが、クリエーター同士で生活するのは難しくはありませんか?
神楽坂:そんなことはありません。子供ができたらまた変わるのかもしれませんが、クリエイター同士だから特にこういうことに気をつけているとういことはありません。ごくごく自然に暮らしています。お互いの仕事を励まし合ったり。意見がぶつかったりすることもない。方向性や趣味が同じだからかもしれませんね。監督が薦めてくれた本など、やっぱり全部好きになっています。たとえばドストエフスキーやスタンダールをきちんと読んだことがなかったのですが、『カラマーゾフ兄弟』『白痴』を読破しました。これは『恋の罪』撮影までに読めという司令でもあったのですが(笑)。
ーお休みの日はふたりでどのように過ごされているのですか?
神楽坂:一緒に写真展や美術館、動物園に行ったり。ごく普通です。
『希望の国』
2012年10月20日(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開!
出演:夏八木勲、大谷直子、村上 淳、神楽坂恵、清水 優、梶原ひかり、筒井真理子、でんでん
脚本・監督:園 子温
撮影:御木茂則
照明:松隈信一
美術:松塚隆史
装飾:石毛 朗
録音:小宮 元
整音:深田 晃
編集:伊藤潤一
助監督:吉田 聡
挿入曲:マーラー 交響曲第10番 第1楽章『アダージョ』 (Naxos Japan)、Ohashi Yoshinori 『7 colors of rain』『tenboudai』『poetry』 FROM 『borderless』
配給:ビターズ・エンド
2012 / 日本=イギリス=台湾 / 133分 / カラー / ヴィスタ
©2012 The Land of Hope Film Partners