土屋孝元のお洒落奇譚。映画『柘榴坂の仇討』を見てきました。13年に渡る仇討ちの物語。

(2014.10.29)
『柘榴坂の仇討』 桜田門へ向かう一行。かなりの人数の警護がいたのですが、刀を抜くことなくみな切られます。
『柘榴坂の仇討』 桜田門へ向かう一行。かなりの人数の警護がいたのですが、刀を抜くことなくみな切られます。
井伊大老の近習、今で言うSP!? と
刺客浪士の物語。

僕は幕末や歴史には興味を持っていますが、勤皇派、佐幕派でもなく、長州、薩摩、土佐、会津、奥羽列藩同盟、長岡、新撰組どこの味方でもありません。自分の母方の本家の先祖は親藩大名ですから 少しは幕府寄りかもしれませんね、幕末の志士も好きですし、新撰組もまた好きです。

話を映画に戻し、『柘榴坂の仇討』は浅田次郎原作の短編を映画に仕立て、あの井伊直弼大老の桜田門外の変を中心に描かれていて、井伊大老の近習(今で言うSP かボディガード)に取り立てられた武士の話です。この武士 志村金吾は 近江彦根藩でも腕が立つ武士で井伊大老のことを心から尊敬し自分の命に代えてもお守りしますと思っていたのでした。

あの事件の朝、雪が深々と降り続き近習 志村や槍持ち達は合羽を着ます。今とは違い柿渋染の紙合羽に刀の鞘袋も柿渋染です。いざという時にはこれでは刀が抜けませんが、上の役の者が城内に入ってから、近江彦根の藩士が ずぶ濡れでは大老が恥をかき みっともないとか、ということでその支度で出発するのです。井伊大老の屋敷から桜田門は目と鼻の先で何も起こるまいというのが上の役の意見でした。

この柿渋鞘袋のために近習のほとんどは刀を抜けず うち倒されて井伊直弼大老を護ることはできず、討ち死にし襲撃は成功してしまいます。ただ一人短刀で刺客と渡り合い、相手の浪士に深手を負わせたのが主人公です。

『柘榴坂の仇討』 桜田門へ向かう一行。かなりの人数の警護がいたのですが、刀を抜くことなくみな切られます。
『柘榴坂の仇討』 桜田門へ向かう一行。かなりの人数の警護がいたのですが、刀を抜くことなくみな切られます。

自ら切腹を申し出るのですが、まかりならんという沙汰で刺客の誰でも首を御前に持ってこいと言われ、探し続けること13年。明治維新になり江戸が東京に変わっても侍の姿のまま毎日毎日水戸脱藩浪士を探すのです。この間、奥方が居酒屋で働き着物の仕立ての内職をして生活を支えます。

ある日ばったり、昔の道場仲間と出会います。この元旗本だった警察官は上司に相談して仇討ちの相手浪士の様子を調べてもらい、その上司が調べたところこの水戸脱藩浪士・佐橋十兵衛もまた13年の間、何も変わらずに時間は止まっていたのでした。

雪の降り続く夜、二人は出会います。新橋駅で人力車に乗る武士・志村の足元をみて この元浪士車夫 佐橋は悟るのです……。

元浪士の車夫と人力:人力車は、このころからほとんど変わりはなく今へと続くようですね。
元浪士の車夫と人力:人力車は、このころからほとんど変わりはなく今へと続くようですね。

仇討ちの命を受けた志村は13年の間、近江彦根藩がなくなっても、上の役がいなくなってもただただ一人探し続け、桜田門外の変のあの日のまま変わりなく、不器用に武士を貫く様子に感動しました。仇討ちの相手の浪士車夫 佐橋も名を隠し、妻子も持たず目立たぬようにひそやかに暮らしていました、この浪士もあの日に深手を負わされ自ら切腹も出来ずに逃走していたのです。

志村も佐橋も、あの日からお互い時間は止まったまま、偶然出会うのを待っていたのです。近習の道場仲間の計らいにより新橋駅の車寄せで会うのです。

自分も どちらの気持ちもわかる年齢になり、より深く、映画を観ることができました。奥方の苦労、武士の苦悩、浪士車夫の気持ち、配役もよく、武士・志村金吾は中井貴一、浪士車夫・佐橋十兵衛は阿部寛、武士の妻は広末涼子、井伊直弼は中村吉右衛門、みなさん はまり役ですね。

阿部寛さんの浪士車夫は、ひっそりと耐えた演技が良かったですね、仇討ち禁止令を新聞で読んでから自ら幸せを求めてもという微妙な心の変化など描かれていました。気持ちの揺れの表現が上手いと思いました。

井伊様好み薄茶器:井伊様好みとだけ箱書きにあり作者不明江戸末期の作だそうです。
井伊様好み薄茶器:井伊様好みとだけ箱書きにあり作者不明江戸末期の作だそうです。

この井伊直弼はお茶にもかなり傾倒したそうで……若い頃のあだ名は『茶歌ぽん』……「ぽん」は鼓だそうでお茶と短歌と鼓に熱中したようですね。僕もお稽古で井伊様好みという洗い朱に桜と鶯の金蒔絵薄茶器を春の時期に使わせていただきます、見た目も華やかで洗い朱の色も井伊の赤揃えといわれた甲冑の色からと思われます。また来春には桜田門外の変の事や原作短編、映画の事など思いながらお道具を扱いたいと思います。男が ゆっくりひとりで観るには良い映画でした。

『柘榴坂の仇討』
全国ロードショー公開中

出演:中井貴一、阿部寛、広末涼子、中村吉右衛門、高嶋政宏、藤竜也
監督:若松節朗
原作:浅田次郎
2014 / 日本 / 松竹 / 119分