『闇の列車、光の旅』で、メキシコ映画界の星から、さらに飛躍。ディエゴ・ルナの最新インタビューです。

(2010.06.28)


19日(土)に封切られた『闇の列車、光の旅』は、サンダンス映画祭で絶賛され、この作品の製作を手がけた、人気俳優として知られるディエゴ・ルナの映画に賭ける本気な情熱も伝わってきます。

早くも次回作は監督作品で、今年のカンヌでも特別上映された『Abel』です。彼の心意気をカンヌでキャッチしました。

ご存知ない方のために、まずはディエゴ・ルナのご紹介から。彼は、1979年メキシコ生まれ。『天国の口、終りの楽園。』(’01)の演技で、ヴェネチア映画祭で2001年のマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞。以来、国際的に活躍し『ターミナル』『ミルク』などハリウッド映画にも出演している注目株です。童顔で少年のような印象が人気です。

「日々学ぶことが楽しい」とも語ったルナ。ラテン男らしいフランクさが、ものすごく素敵。
photo / cannes international film festival press

南米が映画に取り組むスタンスにはめざましいものがあり、昨年11月に新たなラテン映画作品だけのフィルム・マーケット、「Ventana Sur」がスタートしました。髙野もお招きいただき、南米のパリと言われるブエノスアイレスで開催されるとのことで、あのウォン・カーウァイの作品『ブエノスアイレス』を頭の中でイメージしては楽しみにしていたのでした。が、またまた、宣伝めいてしまいますが、『女を磨くココ・シャネルの言葉』執筆の締め切り時期に真っ向からぶつかってしまい、行くことが叶いませんでした。

それほどまでに作品が増えたというラテン、スペインを含む南米、中南米各国の中では、チョイと見まわしてみるとリードしているのは、何といっても今年のカンヌでも目立っていましたが、メキシコ作品でしょう。

すでにブランドの仲間入りを果たし、昨年の東京国際映画祭の審査委員長を務めたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の最新作『ビューティフル』が、先のカンヌレポートでお伝えしましたとおり、堂々の主演男優賞に輝きました。

栄誉に輝いたハビエル・バルデムもラテンならではのパワーを感じさせるキャラクターの持ち主。“肉食系オーラ”全開といったところでしょうか。この監督の名を世界的に知らしめ、あのブラピも出演し、役所広司、菊池凛子をも国際派に押し上げた“出世シネマ“とも言うべき『バベル』。南米の底力には協力も惜しまないというのが現ハリウッドで、ブラピのような大物も出演協力を辞さないのですから、今やラテンパワーは予想のつかない活躍の気配を感じさせています。

そうはいっても、メキシコでは、まだまだ映画が産業になっていないと強く訴え、俳優としてだけでなく、自ら映画製作の会社をたちあげたのが、イケメン系のガエル・ガルシア・ベルナルそして、今回インタビューでご紹介するディエゴ・ルナです。

カンヌでも、我がチームの、マドモワゼル理恵が帰国寸前にゲットした快挙でしたが、映画に対する思いの丈を聞いて参りました。ちょうど彼らの製作作品である、『闇の列車、光の旅』が公開されたばかりです。

彼らが見い出した、監督キャリー・ジョージ・フクナガのこの作品は、小さな予算で作られ、大きな成功をもたらしたのです。ビギナーズ・ラックじゃないけれど、ガエルとディエゴの目論みは、大成功を収めたといえそうです。2009年のサンダンス映画祭で監督賞、撮影監督賞、2010年インディペンデント・スピリット賞の作品賞、監督賞、撮影賞にノミネートされ、世界中で高い評価を獲得。その後、いくつものオファーが舞い込み、早くも、イギリスの製作作品、『ジェーン・エア』の監督として起用され、フクナガ監督は、大きな予算の作品にチャレンジすることが叶ったのです。

『NYタイムズ』や『ウォールストリートジャーナル』にもオピニオンとして公言されているように、撮影及び監督の表現力は大変にすぐれています。私も最初観てすぐに、その撮影のパースペクティブに引き込まれました。

内容は、今の日本には、彼らのことを考える余裕もないかもしれませんが、今までもフェルナンド・メイレレス監督作品『シティ・オブ・ゴッド』などでも伝えられた、メキシコだけではないブラジルや中南米の貧困の状況の中で、悪に手を染めざるを得ない子どもたちの、恐るべき生き方が描かれていました。

言い方はおかしいかもしれませんが、そこに描かれる子どもたちは、みずみずしくも、たくましくリアルに迫り、3Dなど使わなくとも画面から目が離せない映画の力を感じさせるのです。国境を越えたら今とは違う楽天地があるに違いないという夢を、大人も子どもも抱き、自由の国アメリカへの不法入国が絶えない。そこに描かれる人々の姿は、本気で明日への幸せを求めて生きようとする姿そのものに違いないのです。その状況を利用して利を得るマフィアは狂信的な精神で支えられ、幼い子どもといえども入党して洗脳を受け、人殺しも辞さない存在となっていきます。俳優たちに知名度のある人は一人もいないし、エンタテイメントの語り口はいっさいないのですが、これが映画なんだということを知ってもらうためにも、観るべき作品です。

そして、可哀そうなんて他人事のように「対岸の火事」を見物している場合でもなく、我が身を振り返ったら、ものすごい勇気をもらえる、主人公たちのその生き方を、この映画で感じとって欲しいです。

それでは映画制作に着手するやいなや成功を収めた“ディエゴ・プロデューサー”にご登場いただきましょうか。マドモアゼル理恵にバトンタッチします。インタビューのテーマは、あくまで彼が今回カンヌに出品した最新作の『Abel』について。先取り情報をお楽しみに。

ディエゴ・ルナ監督インタビュー!

いよいよカンヌ滞在も今日で終わり、というその日。
しかも再びTGVにてこの地を発とうか、というわずか3時間前。
降ってわいた、ディエゴ・ルナのインタビュー。カンヌに来た甲斐もあったというもの。最初から最後まで、これだからカンヌ映画祭は気が抜けないし、チャンスは東京に戻らない限り、無限大なのですね。

イケメン、ディエゴは、これでなかな気骨のある人物。私も大ファンの一人なんです、じつは。だから“生”の彼に会えるなんて本望でした。

インタビューでも「ハリウッド映画よりメキシコに根をはりたい」「メキシコには映画産業というものがない」等、母国への強い思いと関心を語っていたルナでしたが、親友であり、やはりメキシコの人気俳優ガエル・ガルシア・ベルナルら、と映画製作会社「Canana Films」を立ち上げ、同世代の監督による優れた中南米映画を生み出すことにチャレンジング。9作目の製作作品、日本での興行作品としては2作目にあたるのが『闇の列車、光の旅』なのです。ここでルナは製作総指揮を務めています。

そんな彼が初めて脚本から手がけ、監督した2本目となる長編映画が『Abel』だというわけ。

父親が家を出たことをきっかけに話すことができなくなった少年、アベル。ある日、自分を父親だと思い込むことで、再び言葉を取り戻します。まるで夫のように、父親のように家族に接するアベル。が、ある日出て行った父親が帰ってくるのです……。彼と家族との関わりを、家族愛、とりわけ母親との絆を軸に描いた、繊細かつ力強い出来ばえです。2歳の時に母を亡くしているディエゴ・ルナが、母国に戻り「やりたかった仕事」だったそう。自分の国の映画産業のために一肌脱ごうと奮闘する姿勢が、素晴らしいではないですか。

ディエゴ・ルナのインタビュー場所に指定されたのは、カンヌ映画祭のメイン会場からほど近い、ビーチに併設されたレストラン。指定の時刻より10分ほど遅れてテーブルに現れた彼は、自分のために用意された席に対し、“Oops! Reserved!”(おっと、予約席だね)と言って、お茶目にその場を盛り上げました。さすが、ラテン系。

インタビューは、国際的で、フランス、スペイン、イタリア、オーストリア部隊etc.の多国籍軍ですが、なかには英語ネイティブのオーストラリアなど、記者7人によるグループ取材でした。しかも日本のように順番をじゃんけんで決めたりなんて、「譲り合いの精神」など皆無ですので、質問は早いもの勝ちですから、もう大変。

“自伝的”ともいえる『ABEL』をお披露目した感想からインタビューがスタート。ハリウッドでの活躍も多い彼ですが、「やっと居るべき所でやるべき事ができた感じだよ」と切り出した時の表情が非常に満足げで印象的でした。

「僕は母を亡くして以来、ずっと父親と一緒だった。6歳から芸能界で仕事を始めてからは、すぐ大人にならなくてはいけなかったんだ。ある部分は子どものままでもね」

『ABEL』より。子どもがイキイキしていて、ルナの子ども時代を彷彿とさせます。
中央がルナ。監督としての記念ショット。
photo / cannes international film festival press

主人公のキャラクターには、そんな自身の少年時代を大いに反映させたといいます。しかし、メキシコの映画産業の実情に話が移ると、

「メキシコの映画界では、製作費が集まらない。それでいい企画があってもなかなか日の目を見ることができないんだ」

母国の映画産業に対するやるせない気持ちが垣間見えます。

「僕は子どもの頃から父親にずっと厳しくコントロールされてきた。俳優も周囲からコントロールされる仕事。でも監督は自分自身の考えやアイデアを反映させられるから素晴らしいね」
と、とてもうれしそう。

「まわりからは『俳優を辞めないで』と言われているよ」
との発言も飛び出し、それが現実になったら困りますよね。

主人公とその弟役は、100人を超える子どもたちが集まったワークショップを開いて選抜した。一児のパパだけに、子どもの扱いはお手の物?!
photo / cannes international film festival press

そうこうしているうちに、あっという間に30分が経過。タイムアウトに!しかし、終了ギリギリでしたが、まだオリジナルの質問が出来ていなかった私。どうしても聞きたいことが聞けていなくて、「ちょっと待ったー!!」と発言。
カンヌでは終始中国人だとも思われ続けた私でしたが、つまりは唯一のアジア人からの質問にディエゴは興味を持ってくれたようで、「彼女の今日最初で最後の質問なんだから、応えてあげなくちゃ」と、時間延長をオーケーしてくれたのでした。

そして、まだ誰も聞けなかったこのこと。男性であり、幼くして母親を亡くしているあなたがあんな母性愛にあふれた映画を撮れるなんて意外でした。どんな風に研究なさいましたか? と、グサリ聞いてしまいました。

「僕には母親の記憶がまったくないから、理想の母親像を思い描いた。それと、僕の妻と子どもの様子からインスピレーションを得た日々、目の前で起こっている素晴らしい母と子どもの光景からね」
と、フランクに答えてくれて、もう好感度は絶頂に!

インタビュー終了後、他の記者さんから言われました。
「あの質問、良かったよ。私たちも聞きたかったけど、彼が泣いちゃうんじゃないか(!)と怖くて聞き出せなくて。良くやってくれました」とお誉めの言葉をいただいちゃいました。初めてのカンヌ映画祭詣で、ビギナーズ・ラックをいただけたのかもしれません。あるいは、映画の会社を作り、グッド・ラックをすぐにゲットしたディエゴ・ルナにあやかってのことかもしれません。いずれにしても、彼に感謝です。

トレビアンなマドモアゼル理恵のレポートでした。やはり生で映画人に会うと、彼らが背負っている社会的背景にまで興味が広がって、それだけ映画の持つ力は強いということがよくわかります。カンヌだったから無礼講で、映画のことなら誰もが本音で話してくれる。そんなカンヌ効果も行った者だけにもらえるご褒美です。

そんなことで、まずは、彼のプロデューサー作品『闇の列車、光の旅』をご覧になって、頼もしいイケメンのディエゴ・ルナを知ってください。

『闇の列車、光の旅』

監督 キャリー・ジョージ・フクナガ
出演 パウリーナ・ガイタン、エドガー・フロレス ほか
2009年/アメリカ、メキシコカラー/96分
配給 日活
2010年6月19日(土)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開中

マドモアゼル理恵

20代の血気盛んな時期を北京で過ごし、ビジネス情報誌の編集・記者として活動。帰国後は「映画で書きたい!」と、今年のカンヌ映画祭のプレス・パスもなんなく取得。好きなればこそ、勇気凛々です。

国境を目指す少女と少年の出会い、そして残酷な結末。でも未来もある、中南米が抱える深刻な社会問題を描くロード・ムービー