『スイートリトルライズ』脚本家、狗飼恭子さんにインタビュー!

(2010.03.13)

狗飼 恭子(いぬかい・きょうこ)

小説家・エッセイスト・脚本家 ’92年 TOKYO FM 『LOVE STATION』のショートストーリー・グランプリ受賞。高校時代から雑誌等に作品を発表。’95年、処女小説『冷蔵庫を壊す』発表。小説、脚本など多方面で活躍。主な作品は『温室栽愛』『ロビンソン病』(幻冬舎刊)『国境 / 太陽』(メディアファクトリー刊)。脚本作品は『未来予想図〜ア・イ・シ・テ・ルのサイン〜』(蝶野博監督)、『七夜侍』(河瀬直美監督)など。
オフィシャルブログ『緑色珈琲』

 

 
 

高校時代から雑誌に作品を発表し、’95年に『冷蔵庫を壊す』で小説家としてデビューして以来、小説・脚本・エッセイなど多方面で活躍され、その才能と美貌で注目を浴びる狗飼恭子さん。

いよいよ3月13日(土)より全国順次公開となる映画『スイートリトルライズ』で、長編映画としては『ストロベリーショートケイクス』(06)に続き、脚本家として矢崎仁司監督と2度目のタッグを組まれた狗飼さんに、小説と脚本における表現の違いや、本作の制作秘話etc、独自の観点からとっておきのお話を伺いました。

耳で聞いて自然なのが脚本、目で見て美しいのが小説

まず、前作の『ストロベリーショートケイクス』で矢崎監督とともに独特の世界観を作り上げ、小説同様、数多くの女性の共感を集め支持されている狗飼さんにとって、ご自身でお書きになる小説と、映画の脚本とのあいだには、果たしてどのような意識の違いがあるのかお訊きしたところ、

「耳で聞いて不自然じゃないものを書くのが脚本。目で見たときに美しいものを書くのが小説」

と、なんとも明解な答えが返ってきました。

「聴き言葉と読み言葉って、実は全然違うもの。実際に脚本のセリフとして書くものと、小説の中で登場人物にしゃべらせる言葉には、口語体と文語体という大きな違いがあるんです」

「人が普段話すときは倒置法を多用している」「きれいな“てにをは”を使って話している人は実はそんなに沢山いない」etc.言葉を扱うプロならではの鋭い指摘の数々に、こちらはまさに目から(耳から?)鱗が落ちる思い。

その一方で、この『スイートリトルライズ』においては、瑠璃子と聡という夫婦の独特の関係性を表す、江國香織さんの原作に忠実な「文語体」のセリフが、そのまま映画の中でも生かされているシーンが多いのも印象的です。

 

「このうちには恋が足りないと思うの」
「恋をしているの。本当は夫だけを愛していたいのに」
「人は守りたいものに嘘をつくの。あるいは守ろうとするものに」

 

「江國香織さんの小説の世界では、ほんとうに美しい日本語で登場人物が話しているんです。文語体と口語体の問題を考えたとき、果たして主人公の瑠璃子さんが使う日本語は、私たちが普段使っている言葉でいいのか、という点から突き詰めていきました。」
「日常生活で「○○だわ」と話す女性は実はほとんどいませんが、キャスティングが中谷さんに決まった時点で、「中谷さん演じる瑠璃子さんだったら、きっと普段からこの言葉で話しているはず」という確信が持てたので、一度は口語体に崩してみたセリフも、それ以降は一切変える必要がなくなったんです」

と狗飼さんも絶賛の、中谷さんの持つ品格が可能にした奇跡は、原作と映画の世界観を見事に繋いでいます。

いかにセリフを映像化するかが矢崎監督の手法。画で撮れたら言葉はいらない。

そもそも矢崎監督の『三月のライオン』が大好きだったという狗飼さんが、新作を書くたびに矢崎監督に著作をお送りしていたのが、なんと脚本家として矢崎監督と一緒に『ストロベリーショートケイクス』でお仕事をするきっかけだったそうですが、では実際にどのようなやりとりを経て、脚本が書き上げられ、映画が出来上がるのかも気になるところ。資料によると、本作では16稿にまで改訂が及んだといいます。なにより「感覚」や「空間」を大切にされる矢崎監督のもと、すべて言葉で表現する工程は非常に困難だったと思われますがー。

「いかにセリフを排除して映像化するかが矢崎監督の手法なんです。原作では重要な鈴虫のエピソードも脚本の段階では入っていたのですが、0号試写で観てみたら、パックリなくなっていてビックリしました。でも、おそらく矢崎監督は現場で同じことが撮れたからいい、と判断されたのだと思います。」

たとえば、瑠璃子が犬小屋の前で牛乳を飲み干すシーンでは、もともとは原作にあった「私はいま飢餓状態なのかもしれない」というセリフを、監督の演出で映像のみで表現することになったり、また、撮影中に監督からメールで「明日の朝6時までに赤い薔薇と白い薔薇のシーンを書いてくれ」と言われて捻りだした、と狗飼さんが記憶する

「夫婦に必要なのは赤と白の薔薇。赤い薔薇は情熱、白は真実。その二つさえあれば、夫婦は上手くいくんですって」

という、薔薇で瑠璃子が聡に話す名セリフは、「江國さんが薔薇の木がお好きなのは知っていたし、映画『八月の鯨』へのオマージュともいえるシーンになった」と監督も語っているように、非常に象徴的なシーンであり、まさに江國さんのコメントにある「書いたことではなく書きたかったことが視覚化されて愕然とした」というエピソードの一つなのかもしれません。

「一人だろうと二人だろうと、寂しいもんなんだよ」

映画『スイートリトルライズ』は、実は原作にはないエピソードで締めくくられています。
なかでも、瑠璃子さんが時々会いにいっていた犬の飼い主の君枝さんが訥々と話す、
「一人だろうと二人だろうと、(人間っていうのは)寂しいもんなんだよ」
というセリフが心に響きます。

「この映画を制作するときにプロデューサーから言われたのが「瑠璃子と聡のふたりのその後を作らないと意味がない」ということ。なぜ瑠璃子さんはそんなに寂しいのか。なぜ聡と居ても満たされることがないのか、それでも一緒に居続けるのはなぜか、ということをこの2年半の間ずっと考えていて、出てきた言葉がこのセリフだったんです」

「素敵な人に目移りするのは仕方ない。でも“やっぱり”と思える恋愛が好き」

そう語る狗飼さんが紡いだセリフの数々は、きっと観る人の記憶の中に息づいて、ふとしたはずみでよみがえるはず。

まさに、本作のテーマともいえるこのセリフが持つ重みを、ぜひ映画で感じてみてください。

 

渡邊玲子の取材プチメモ 狗飼さんに脚本を書いていて印象的だったキャラクターを挙げてもらったところ、池脇千鶴さん演じる“しほちゃん”の名前が挙がりました。「女の人には「あぁこういう女の子っているよね」と思ってもらえるように、男の人には「この子がこんな攻め方をしてきたらきっと俺も落ちるな」と思わせる台詞にしてやろう(笑)」そんなふうにして考えながら書くのが楽しくて仕方なかったそうです。



 

『スイートリトルライズ』

2010年3月13日(土)シネマライズほか全国ロードショー

監督:矢崎仁司
出演:中谷美紀、大森南朋、池脇千鶴、小林十市、大島優子、黒川芽以

原作は江國香織の同名小説。結婚3年目になるテディベア作家の瑠璃子は、夫との距離に違和感を感じながら、他の男性に惹かれ始める。一方、夫の聡もまた瑠璃子とは全くタイプの違う大学時代の後輩と頻繁に会うようになり……。江國の持つ繊細な空気感をそのままスクリーンに閉じ込めながら描かれた、夫婦のすれ違いをめぐる大人のラブストーリー。

映画『スイートリトルライズ』公式サイト