ウディ年の締めくくりに
コメディ『恋のロンドン狂騒曲』

(2012.11.28)

12月1日、ウディ・アレンのお誕生日に
『恋のロンドン狂騒曲』公開。

初の世界的大ヒットとなった『ミッドナイト・イン・パリ』でゴールデングローブ賞とアカデミー賞の脚本賞をダブル受賞、続いて同作の日本公開でロングラン上映を続ける快挙。この秋は監督自身がテーマのドキュメンタリー『映画と恋とウディ・アレン』が公開。11月に『ミッドナイト・イン・パリ』のDVD発売、それを記念してこれまでの代表作20作品を集めたDVDーBOX『ザ・ウディ・アレン・コレクション』(いずれも20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパンより)のリリース。そして年の瀬に新作『恋のロンドン狂騒曲』が公開……いやはや、2012年の日本はウディ年といってもよいほどではないかいな……。今年は日本におけるウディ・アレンの第一人者、ウディ川勝ことエディターの川勝正幸さんが逝去された年でもありました。合掌。

くしくも『恋のロンドン狂騒曲』が公開される12月1日はウディ・アレン77回目のお誕生日。若いころから猫背で皮肉屋、なんとも若年寄みたいだったウディもそろそろ巨匠。『ミッドナイト・イン・パリ』の成功で不動の名声を手に入れたともいえますが、今回の『恋のロンドン狂騒曲』は『ミッドナイト・イン・パリ』と見比べると共通点が多くてとても面白いのです。


ホリー(ナオミ・ワッツ)の父アルフィー(アンソニー・ホプキンス)はある夜、死の恐怖に襲われ40年連れ添った妻ヘレナ(上左・ジェマ・ジョーンズ)を置いて家を出てしまう。アルフィは若い女優シャーメイン(ルーシー・パンチ)と再婚するという。


ホリーの夫で売れない作家のロイ(ジョシュ・ブローリン)は家の向かいに越して来たエキゾチックな美女ディア(フリーダ・ピント)に心惹かれていく。ホリーは勤め先のギャラリーオーナー、グレッグ(アントニオ・バンデラス)に胸をときめかせる。

世代が異なる2組4人の
恋模様。

作品の舞台はロンドン。黒塗りのタクシーからクラシックな装いの老婦人ヘレナ(ジェマ・ジョーンズ)が降り立つシーン、シェイクスピアの「つまるところ人生には意味がない。」という警句とともにストーリーは始まります。ヘレナが向かったところは占い師クリスタル(ポーリーン・コリンズ)の家。ヘレナには大きな悩みがあったのです。

ヘレナには40年連れ添った夫アルフィ(アンソニー・ホプキンス)がいましたが、ある晩自分の人生に残された時間はもう多くないと悟ったアルフィは家出。ヘレナに離婚を申し入れ、ヘレナは自殺未遂を起こすまで思いつめます。案じた娘のサリー(ナオミ・ワッツ)に薦められ占い師にアドバイスを求めに来たのです。「私の将来は?」とクリスタルに問うと「あなたに大きな宇宙の波が押し寄せるのが見える……」との答え。ヘレナはクリスタルの言葉を心の支えとするようになります。

サリーはというと、鳴かず飛ばずの小説家の夫ロイ(ジョシュ・ブローリン)にいらだちを隠しきれません。母・ヘレナから経済的に援助を受けなければ家賃も払えない状況をどうにかしようと、市内のアート・ギャラリーで働くことに。

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向上心が旺盛でおしゃれにも興味があって口やかましい妻サリーと、売れない作家でパリに住むことが夢見る夫ロイ、そしてその姑夫婦。物語の中心となる世代の異なる2組4人の構成は『ミッドナイト・イン・パリ』と同じ。『ミッドナイト・イン・パリ』ではパリに憧れる作家志望の脚本家ギルと、アートや薀蓄大好きの婚約者イネズのカップル、そしてその親夫婦でした。

『ミッドナイト・イン・パリ』で恋に落ちるのは若いカップルでしたが、『恋のロンドン狂騒曲』では4人がそれぞれパートナーとは別の相手を好きになってしまいます。しかしイヤリングやインテリ風の男性といった、恋の駆け引きのキーとなるアイテムや人物は『ミッドナイト・イン・パリ』と酷似。実はこの作品は『ミッドナイト・イン・パリ』の前の年に作られているので、ロマンス『ミッドナイト・イン・パリ』への伏線コメディ『恋のロンドン狂騒曲』ともいえるでしょう。

「あなたのところにいつか
黒くて背の高い男がやって来て……。」

占い師クリスタルに「あなたのところにいつか黒くて背の高い男がやってくるのが見える。」と新しい恋の預言を受けたヘレナ。彼女はまったく同じセリフを娘婿のロイに皮肉な意味を込めて言われるのですが、このセリフが実は『恋のロンドン狂騒曲』の原題”You Will Meet a Tall Dark Stranger”。ロイのいう「黒くて背の高い男」とは……? 

希望と死は表裏一体であるという、それをいっちゃオシマイ、もともこもない事実をコメディにしているウディ・アレン監督のワザはまさしく巨匠の域。陥ったら最後、振り回されるだけの恋心や愛から、人間が年を重ねるとイヤでも感ぜずにはおれない老いや死の憂鬱までをも笑い散らしながら描きます。『ディア・ハンター』(’78)、『天国の門』(’80)で知られるヴィルモス・ジグモンド撮影の柔らかい光のやさしい感じの画面も、シニカルな笑いに温かみを与える効果が。

ウディ・アレンとは何ものか?
ドキュメンタリー『映画と恋とウディ・アレン』

けっこう深刻な問題も深刻ぶらないで笑わせ、ちょっとした教養をスパイスに考えさせるのがウディ・アレン流コメディです。

ハリウッドとは一線を隠し、インディペンデントな姿勢で映画を作り続けてきたのに、多くのセレブリティにリスペクトされるオリジナルな存在感。DVDーBOX『ザ・ウディ・アレン・コレクション』で年代順に監督作品をたどるのものよいですが、上映中のドキュメンタリー作品『映画と恋とウディ・アレン』で、その生い立ちと人柄、フィルモグラフィをチェック、ここぞと思うものを見るのがよろしいのでは。子供の頃から死の恐怖におののき、「人生は悲惨で惨めなものだ。」と言い切っているのに暗くないので愛される不思議な作風。そして『(やりたいことを全部実現できて)こんなにも運がよかったのに、落後者の気分なのはなぜだろう。』と自分の人生について語る時の嬉しいような哀しいような複雑な表情。ぞんぶんに観察いたしましょう。


『映画と恋とウディ・アレン』では作品に出演する大物セレブリティのほか、ウディの若かりし頃の映像もたくさん。


写真はSFスラップスティック・コメディ『スリーパー』(’73)から。家庭用ロボットに変装する男を演じながら監督した。

『映画と恋とウディ・アレン』
全国順次公開中
出演:ウディ・アレン、ペネロペ・クルス、スカーレット・ヨハンソン、ダイアン・キートン 、ショーン・ペン、クリス・ロック、ミラ・ソルヴィーノ、ナオミ・ワッツ、ダイアン・ウィースト、オーウェン・ウィルソン、マーティン・スコセッシ、レッティ・アロンソン
監督、脚本、プロデューサー:ロバート・B・ウィード
作総指揮:マイケル・ペイサー、アンドリュー・S・カーシュ、スーザン・レイシー ほか
音楽:ポール・カンテロン
編集:ロバート・B・ウィード、カロリーナ・トゥオビネン
原題:Woody Allen : A Documentary
日本語字幕:チオキ真理、字幕監修:井上一馬
カンヌ映画祭正式出品作品(カンヌ・クラシック部門)
配給:ロングライド
©2011 B Plus Productions,LLC. All rights reserved.

■ウディ・アレン プロフィール
Woody Allen 1935年アメリカ ニューヨーク州ブルックリン生まれ。幼い頃からジャズ、コミック、映画、手品に傾倒。高校在学中からギャグ・ライターとして活動をスタート。ニューヨーク大学中退後、60年代にはスタンダップ・コメディアンとして知られるように。’65年ピーター・オトゥール主演のコメディ映画『何かいいことないか子猫チャン』 で映画俳優、脚本家としてデビュー。本格的な初監督作品は’69年の『泥棒野郎』。

’71年の『ウディ・アレンのバナナ』を皮切りに現在に至るまでほぼ1年に1〜2本のペースで作品を製作し続けている。’77年ダイアン・キートン主演の『アニー・ホール』でアカデミー賞最優秀作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞の4部門で受賞。劇中のダイアン・キートンのファッションともども一世を風靡した。80年代にはミア・ファローと組み『カメレオンマン』(’83)、『カイロの紫のバラ』(’85)など多くの作品を手がけている。『ハンナとその姉妹』(’86)はアカデミー賞8部門ノミネート、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞の受賞を果たした。90年代も『ブロードウェイと銃弾』(’94)、『セレブリティ』(’98)、『ギター弾きの恋』(’99)など着々と快作を発表。

2000年代は『マッチポイント』(’05)、『タロットカード殺人事件』(’06)、『それでも恋するバルセロナ』(’08)などヨーロッパの都市を舞台にした作品で新たなるファンを獲得。『ミッドナイト・イン・パリ』(’11)でアカデミー賞脚本賞を受賞、世界中で大ヒットとなった。次作はローマを舞台にし、ペネロペ・クルースやロベルト・ベニーニとともに自身も出演した『To Rome with Love』。日本では2013年夏公開となる。


『映画と恋とウディ・アレン』より。©2011 B Plus Productions,LLC. All rights reserved.

『恋のロンドン狂騒曲』
2012年12月1日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国にて公開

出演:ナオミ・ワッツ、ジョシュ・ブローリン、アンソニー・ホプキンス、 ジェマ・ジョーンズ、アントニオ・バンデラス、フリーダ・ピント、ルーシー・パンチ、ロジャー・アシュトン=グリフィス
監督・脚本:ウディ・アレン
製作:レッティ・アロンソン、スティーヴン・テネンバウム、ハウマ・ロウレス
撮影:ヴィルモス・ジグモンド

衣装:ベアトリクス・アルナ・パーストル
美術:ジム・クレイ
編集: アリサ・レプセルター
原題:You Will Meet a Tall Dark Stranger
日本語字幕:石田泰子
2010年 / アメリカ=スペイン / 98分 / アメリカン・ビスタ / ドルビー・デジタル
© 2010 Mediapro, Versátil Cinema & Gravier Production, Inc.


サリー(ナオミ・ワッツ)とロイ(ジョシュ・ブローリン)の夫婦、サリーの両親 アルフィーとヘレナの4人を中心に恋と死の影の4重奏が展開する。