『大いなる沈黙へ -グランド・シャルトルーズ修道院』 P・グレーニング監督インタビュー 規律から生まれるクリアな「時間」

(2014.07.12)
Philip Gröning-01
『大いなる沈黙へーグランド・シャルトルーズ修道院』 より。カルトジオ修道会の名の由来は1084年、最初に修道院が建てられた地 ル・シャルトルーズLa Chartreuse。シャルトルーズ・リキュールはこの修道院の僧たちが作っていた。 © 2005 Philip Gröning / VG Bild Kunst
カトリック教会の中で最も戒律が厳しいことで知られるカルトジオ修道会 グランド・シャルトルーズ修道院の暮らしを、自然光だけでとらえたドキュメンタリー『大いなる沈黙へーグランド・シャルトルーズ修道院』。観客を、まるで修道院の中に入り込んだような異空間トリップさせるこの作品を手がけたフィリップ・グレーニング監督にお話をうかがいました。
感覚、認識が研ぎ澄まされる異空間
修道院を映画館で体験して。

ーフランスアルプスのグランド・シャルトルーズ修道院は、戒律が厳しいことで知られるカルトジオ修道会の男子修道院で、グレーニング監督は1984年にその撮影許可を申請。受理されたのはなんと16年後で、2002年の春夏、2003年の冬にHDCAMで撮影、1年かけて編集『大いなる沈黙へ』として2005年にドイツで公開されました。たいへん長い時間をかけて実現された構想です。そうまでしてこのグランド・シャルトルーズ修道院の映画を製作しかったのはなぜでしょう?

グレーニング監督:私は「時間」をテーマにした映画を作りたかったのです。修道院で、ある一定の時間を過ごしたい。その時間の中で映画を撮るというより、映画が自然に形作られるようにしたかったのです。映画館自体が観客にとって修道院となるような体験をしてほしかった。

修道院の中はたいへん厳しい毎日のプログラムがあって、独特の生活のリズムがある。この中で暮らしていると知覚、認識力がまったく変わってきます。厳しく律せられた時間を自分に課すことによって、自分とは何かと考えることや、何かを見た時にどう感じるか、といったことが変わってくるのです。私も撮影のために修道院で暮らしていた時にはそれらが変わってきました。それらを観客の皆さんにも感じて欲しかったのです。

また映画というのは時間の芸術です。観客のみなさんがこの作品を見るために映画館にやって来て、時間を過ごす。それがみなさんの生活の中の時間、リズムを形作る。そのような働きを持つ作品、私が作りたかった「時間」に関する作品とはそういうことです。

Philip Gröning-02石造りの聖堂、回廊の中では修道僧たちの足音、僧衣の衣擦れの音、日常の何気ない音でさえ厚みを持って迫ってくる。音楽ではなく音の世界だ。そこにはこの世の喧騒とはまったく異なる時間が流れている。
Philip Gröning-03
僧たちはひとりでいられる空間 房で暮らし礼拝堂のミサに向かう。23:30に起床、房で祈りミサ、3:30に就寝、6:30に起床…携帯電話もテレビもない、現代の生活とかけ離れた暮らしを送っている。
修道院には自分の、
ヨーロッパ文化のルーツがある。

ー「時間」をテーマにしたいと思った時に、なぜ修道院を思いつかれたのでしょう? デュッセルドルフでカトリック信者として育ったというご自身の境遇と関係がありますか? 

グレーニング監督:「時間」は「神」という存在と関係があります。他の言い方をすれば神というのは時間そのもの、ということができます。時間とは抽象的なものであり、一方では「現在」というのも時間です。たとえば東京で「今」の時間を生きるという「時間」もある。

修道院の中の生活では、毎日の課題が厳しく定められていてそれを守らなければいけない。そういう中で生活していると「時間」というものを、より明確に体験するようになっていきます。

私はカトリック教育を受けて育ったというのは事実です。私がこの作品の中でいわばカトリック的な世界を扱った理由は、自分の文化的背景はどこにあるか? 言い換えればヨーロッパの文化的なルーツはどこにあるのかということを知りたいと思ったからです。それは連綿と続いてきたものだったのですが、どこかで糸が切れるような形になっている。その糸を手繰り寄せて、また結びつけるのようなことをしてみたかった、自分の文化的なルーツを探したいということですね。ヨーロッパにおいて修道院の生活、修道会はすべての文化のルーツになっています。

観客のみなさんが、この3時間の映画を鑑賞する中で、映画館を修道院のように体験し、また自分のルーツはどこにあるのか考える、ということを体験してほしかったのです。

修道院の生活の中心は、神、祈りということですが、修道院の中の主体、主人公というのは実は修道僧自身なのです。彼らは修道士としての生活をする中で本来の自分に戻っていく体験をする。同じような体験を観客のみなさんにもしてほしい、つまり自分は何なのか? 本来の自分に戻る、その体験をみなさんにもしてほしいのです。

Philip Gröning-04
食事の用意、散髪、祈り……僧たちの日常を深く美しい映像で追う。挿し込まれる草花や雨、自然現象の映像の対比にも注目。

 
静寂の暮らしの中で
求められるリアリティ。

ー全編を通して映像の美しさが際立っています。水面に広がる雨の波紋、自然の草花。そしてなによりも人物の撮り方が素晴らしいです。料理の準備をする僧のシーンはフェルメールを彷彿とさせる構図。また僧のひとりひとりを短時間でポートレート風に撮っているところはレンブラントかな? と西洋絵画の影響を多大に感じます。

グレーニング監督:私は映画以外にもいろいろなことに興味を持っていて、天文学しかり、絵画にも興味があります。特に絵画からは映像に関して多くを学ぶことができます。肖像画っぽいというのは修道僧たちの着物の印象によるものではないでしょうか? 彼らの着ているものはつるつるではなく微妙なザラザラ感、手触り感がある素材でできています。彼らは俗世間から切り離されて静寂の中で、ある意味孤独な生活をしている。だからこそ素材感のあるものを身の周りに置く、ということがあると思います。京都の禅僧たちにも同じことを感じたのですが、彼らの周りにはつるつるしたプラスティック素材のものはほとんどない。あるのは何か素材感のあるものでした。静寂の中で生活しているので、そうでないと全く刺激がない、実感のない世界に生きることになってしまうのではないかと私は理解しましたが。

現代人はプラスティック製品、つるつるのものしか身の周りにない、だからこそインターネットから強い刺激がほしいのではないのかな、と思います。

Microsoft Word - chartreuse_en1.doc
ひとりの僧を捉える映像は人間としての存在、たたずまいの不思議をあらためて感じさせる。
  • prof_ Philip Gröning_2

     
  • prof_Philip Gröning

     
■フィリップ・グレーニング プロフィール Philip Groning 1959年4月7日、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。デュッセルドルフとアメリカで育つ。映画の世界に入る前に南米を長く旅しながら医学と心理学を学び、ミュンヘン国立テレビ映画大学(Hochschule für Fernsehen und Film München )に入学する。脚本家を目指しながらピーター・ケグレヴィック監督やニコラ・ハンベルト監督作品に俳優として出演するようになり、助監督や サウンドアシスタントとしてのキャリアも積む。1988年に『Sommer』で長編監督デビュー。2作目『Die Terroristen!』(92)、4作目『L’Amour, L’Argent, L’Amour』(00)の2作はロカルノ国際映画祭のコンペティション作品に選ばれ『Die Terroristen!』は銅豹賞を受賞。 最新作『Die Frau des Polizisten警察官の妻』 で2013年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞した。 photo :2014 © by Peter Brune
 
宇宙物理学者から
人間の様々な生活を知ることができる映画監督志望へ。

ーところでグレーニング監督は、デュッセルドルフ出身で、ミュンヘン国立テレビ映画大学(HFF)を卒業されています、母校も出身地もヴィム・ヴェンダース監督と同じですね。そもそもなぜ映画監督を目指したのでしょう? 

グレーニング監督:それはですね、事故のようなものです。(笑)12歳ぐらいの頃の私は宇宙物理学者になりたかったのです。当然、天文学に興味があって星の写真を撮るため、望遠鏡にとり付けられるカメラが欲しかった。両親にねだったら彼らはそれを正しく理解できなくてそうではないカメラを買ってきてしまった。望遠鏡に付けられないし、星も宇宙も撮れない。じゃあこれ、どうしよう? ということで星じゃなくて地上の対象物を撮るしかなかったんですね。(笑)数年間そのカメラを使っていて、そのうち人間を撮り始めました。もしそのカメラが望遠鏡に装着できるものだったら、私は宇宙物理学者になっていたでしょうね。(笑)

後に映画に興味を持ち始めた21歳くらいの頃、もしも映画監督になったら人間のいろいろな生活を知ることができるのだろうなとわかってきました。映画監督であれば誰かのところに行って「あなたはどのような生活をしてるの? どういう人生を歩んできたの?」と質問をして「あなたを映画に撮りたい」と言えば撮らせてもらうことも出来る。それももうひとつの大きな動機でした。

Philip Gröning-11
「望遠鏡に装着できるカメラが欲しかったんだよね。」

『大いなる沈黙へーグランド・シャルトルーズ修道院』
2014年7月12日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー

監督・脚本・撮影・編集:フィリップ・グレーニング
製作:フィリップ・グレーニング、ミヒャエル・ウェバー、アンドレス・フェフリ、エルダ・ギディネッティ
共同製作:フランク・エーヴァース

エクゼクティブ・プロデューサー:イェルク・シュルツェ、フィリップ・グレーニング
オリジナルサウンド:フィリップ・グレーニング、ミヒャエル・ブッシュ
2005年 / フランス・スイス・ドイツ / カラー / 169分 / ビスタ / ドルビーデジタル
原題:Die Grosse Stille
字幕:齋藤敦子

後援:ユニフランス・フィルムズ / Goethe-Institut Tokyo 東京ドイツ文化センター
推薦:カトリック中央協議会広報
字幕監修:佐藤研 / 日本聖書協会
配給・ミモザフィルムズ

サンダンス映画祭2006 審査員特別賞受賞
ヨーロッパ映画祭2006 ベストドキュメンタリー賞受賞
ドイツ映画批評家協会賞2006 ベストドキュメンタリー賞受賞
ドイツカメラ賞2006 最優秀賞受賞
バーバリアン映画賞2006 ベストドキュメンタリー賞受賞