1本のシネマでも幸せになれるために – 8 - 嘘のような本当の話、観た後も未だ疑りながらも、その男『マン・オン・ワイヤー』に恋している自分にも、ビックリなのです。

(2009.07.09)

その男とは、あの今は亡きワールド・トレード・センターにワイヤーを渡して、その上を8回も行き来したフィリップ・プティなるフランスの男。そして、こんな人間離れした男の存在を淡々とつなぎ合わせた映像が、このドキュメンタリー作品なのです。

いつの間に、このワイヤーは張られたの? 誰によって? このワンシーン、今世紀最大のトピックスです。
記者会見でのダンディなフィリップ。
記者会見近くの公園でも、ごらんの通り綱渡り。

米アカデミーが諸手をあげて、長編ドキュメンタリー部門最優秀賞を差し出すのも当然でしょう。だって、セキュリティーが世界一厳しいと言っても言い過ぎではないはずの存在であったワールドトレードセンターに忍び込み、ツインタワーの間に人知れずワイヤーを張って綱渡りだって?しかも、あのテロの前にですよ。

ホントかねー、と半信半疑で話を聞き、この映画観て我を忘れ、驚いたり喜んだり。
これじゃあ、あのテロ以前に、彼は忍び込み何でもやれちゃったわけじゃないのと、また仰天。彼の行為は、平和なテロといってもいい。テロリストなのか、彼は!

もちろん、違法行為で逮捕覚悟のパフォーマンスなのであります。公衆に見せてこそ成功なんですから、それまでも何度も見つかって必ず逮捕されている。そんな映像もはさみ込まれています。

彼の人生での目標は、「そこにビルがあるから渡るんだ」。
俺に見込まれた建築物は光栄と思いたまえ、とばかりノートルダム寺院やオーストラリアのシドニー・ハーバー・ブリッジなどを次々と征服して、ついにツインタワーに至ったということも。

恐るべし、フィリップ。このフランス人に、アワアワとして、賞を差し出さないわけには行かないですよ、ハリウッドは。

今も彼は何をやらかすことやら……。出来ないことなんて何もない。不可能を可能にする男、フィリップ。野放しにしておいてよいのだろうかこの男を。

それにしても、まさかご本人だって、そのツインタワーがその後、この世から消えるとは想像もしなかったことでしょう。そのことで、鎮魂の意味も含めこの機に、映像にして種明かしをしたのかも知れない彼。高いビルに恋して、その本気の証がワイヤー渡しての綱渡り。命がけの愛の行為にも似ている、その恋人がテロで殺されてしまうなんて。

映画の宣伝のために来日した折、彼に伺いたかったことは、綱渡り後のツインタワーが消滅したその時、世界一リアルなコメントを発する資格があるのは、フィリップさん、あなただったのですねと、聞いてみたかったのです。そのこと聞けなくて残念に思います。

全編が、魔法の世界を見ている思いなのですが、実は一番心打たれたのは、当時の彼を支えたと伝えられている元カノのアニーが、原っぱに綱を渡し練習に励むフィリップの後ろにつかまり、一緒に綱渡りしていくシーン。これ、女なら、ジーンときますね。この信頼関係って何なんだろう、いとおしいほどに胸を打ちます。真似できない純な男と女のランデブー、こんなの初めてでーす。最高の愛の形です。ひとりの女性をここまで命がけに出来るこの男の存在って何なんだろう、スゴイ、スゴイと感動してしまう。というより嫉妬さえしてしまった私。

で、どうせなら、私も、この男にとことん騙されてみたいと思うに至り、この映画が伝えていることが、もし本当のことじゃなかったなら、そうならそれも、ものすごく、スゴイことじゃないかなんてね。そんなことはないですかね、フィリップさん?

そんな風に、ドッキリカメラも真っ青、脱帽の事実は小説より奇なり、人間の可能性は無限大!と教えてくれて、それ以来妙に元気になった私。そして、未だにこれは事実かと疑ってもいる私でもあり、こんなに観てからも毎日、毎日考えさせてくれる映画は久々です。

つまりは、この男に惚れてしまったのですね、きっと。

 

『マン・オン・ワイヤー』

監督:ジェームズ・マーシュ
出演:フィリップ・プティ、ジャン・ルイ・ブロンデュー、アニー・アリックスほか
2008年/イギリス/カラー/95分/ドキュメンタリー
配給 エスパース・サロウ
7月24日(金)まで、テアトルタイムズスクエアにて、7月11日(土)から31日(金)までシアターN渋谷にて、ほか全国順次公開中。