北野武のマスタークラス@第10回 東京フィルメックス。

(2009.12.07)

“世界のキタノ”が新作撮影の合間を縫って、母校に凱旋!

 
小規模ながらも出品作の多彩さ、そして質の高さにおいて国内外から高い評価を得ている映画祭『東京フィルメックス』。11月21日(土)、その第10回記念シンポジウムが明治大学で開催されました。最大の目玉は、“世界のキタノ”こと北野武さんによる「マスタークラス」。15本目となる監督作品の撮影の合間を縫って、母校に凱旋となりました。

『第10回 東京フィルメックス』で開催された北野武のマスタークラスの様子。聞き手は映画評論家の山根貞男さん。

 

北野:北野武監督
山根:山根貞男氏

 

山根: 20年も監督業をやると思っていましたか?

北野:『その男、凶暴につき』1本で終わりだと思っていた。そのとき、「素人に映画なんか撮れるわけない」という空気もあってイライラしてたんだけど、こっちに言わせれば、「テレビは6カメを同時に使っているけれど、映画なんか1つのカメラしか使わないから簡単だろう」と。1本撮ったら、わりかし好評だったんで、2本目からは好きなことをやろうと思って、この体たらくです(笑)。

山根:もうやめようと思ったことは?

北野:暴力映画を保険に、現実的な新しい作品を撮ろうと毎回チャレンジをして失敗ばかり。私の最高傑作だと思っている『みんな~やってるか!』と、(水野晴郎監督の)『シベリア超特急』、(佐藤純彌監督の)『北京原人 Who are you?』は、酒を飲みながら観たら、これほど楽しい映画はない。日本映画史に残る、偉大な三部作です(笑)。

山根:興行的にもっとも成功したのは『座頭市』だと思いますが、監督ご自身にとって「これは俺のやりたいようにやれた、自分なりにいい作品ができた」という作品は?

北野:『ソナチネ』なんですよ。「オレたちひょうきん族」とか「風雲!たけし城」とか、テレビ番組が当たっていた時代だから、映画みたいにまるっきり相手にされないものはなかったわけです。これはおかしいんじゃないか、俺がやっているのにと……。自分はテレビでは妥協しないんですよ。でも映画だと、あまりにも自分の思っていたことと違う現実が目の前にあるから、妥協していくんです。映画界には頑固な職人が多いから、カメラマンも照明さんも言うことを聞いてくれない。結局、官僚に説得された大臣みたいに「これでいいでしょ」と言われると「そうだね」と納得して、あとで「やっぱ違うじゃねーか」となる(笑)。

山根:テレビよりも、むしろ映画で好きなことをやるんだと勝手に思っていました。

北野:テレビの場合、観てる人はタダでしょ。だから何をやってもいい。だけどお金を払って観る人に、あまり独りよがりのものは押し付けるべきじゃないだろうというのがあって。あと、舞台やショーは作品によって値段が違うのに、映画はなんで一律同じ値段なんだろうと思う。俺の映画は700円だと思ってる。手品みたいにいろいろ仕込んでいるつもりなのに、見せかたの腕もあって、あんまりうまくいってない。ハリウッド映画みたいにネタを丁寧に明かすことを一切カットしちゃうから、創り手の意図がぜんぜん伝わっていないところがある。

山根:北野映画は1本1本の顔つきがまるで違いますが、それは意識してのことですか?

北野:松竹演芸場なんかで(ショーを)10日間やるときに、毎日ネタを変えるみたいなもので。映画も前と同じような作品にしないほうが、おもしろいだろうなと。そうやって14本まで撮ってきたけど、疲れ果ててヤクザ映画に戻った。いまヤクザ映画を撮っているんだけど、おもしろくてしょうがない。また同じローテーションでひと回りしようかと思っているけど、映画のレベルはひと目盛りだけ上にあげたいな。

山根:シナリオになる前のアイディアは?

北野:ストーリーは、新聞の4コマ漫画と同じ。起承転結があって、いちばん最初に1枚の写真みたいな“結”のイメージがくる。あとは“起承転”をそこまでいかにもっていくかです。自分では喜んでやっているんですよ。どーだ、おもしろいだろうって。理工系の頭だからかもしれないけど、因数分解したり。ただ、計算間違いしちゃってるんでしょうね(笑)。

「監督と役者を一緒にやるのはつらい。そのうち森繁さんみたいに、ただ(現場に)居ればいい役者になりたい。」と北野監督。

 

あこがれの役者は故・森繁久弥さん!?

 
山根:一般の方からの質問に移ります。クリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』はご覧になりました? 俳優として最後の作品らしく、これまで殺す役ばかり演じてきた彼が、この映画では殺される側でしたよね。「北野監督も俳優としてご自分の映画に出演されていますが、俳優として最後のことを考えられますか?」

北野:いま撮っている作品に関して詳しいことはあまり言えないんですが、その質問にドキッとするような感じもありますよ。役者を続けるかいうことについては、監督と役者を一緒にやるのはつらいかなと。まだやれるけど、そのうち森繁さんみたいに、ただ(現場に)居ればいい役者になりたい。行くだけで、お金をもらえるような(笑)。

山根:『Dolls ドールズ』や『あの夏、いちばん静かな海。』など、ご自分が出演されてない映画もありますが?

北野:自分が出たほうがいいと思えば出るかもしれないし、そのうち監督と主演をやるスタミナが無くなってくる可能性もある。監督だけっていう方向にもいかないかもしれない。監督は疲れるし。誰かの映画に役者として出て、失敗したら監督のせいにするほうがラクだし。下手な演技で映画をダメにするテロリストみたいなことをして、自分がまた撮ろうかな(笑)。

山根:監督・主演を兼任する際には、俳優としての自分を客観視できるものですか?

北野:舞台でお客さんから見える位置を意識するのと同じように、カメラ位置から自分がどのように映るか、頭で意識して演技できる人がいい役者じゃないかなと。

山根:北野監督は全作品で、監督・脚本のほかに編集もやられています。映画づくりにおいて、編集こそがおもしろいと以前おっしゃっていましたが?

北野:(自分が監督していない映画の)編集だけやりたいですね。あとパロディ版も一緒に撮って、2本同時に公開することも。『座頭市』を作りながら、パロディもやりたくて仕方なかった。

山根:一般の方からの質問です。「キャスティングをするうえでのこだわりはありますか?」

北野:キャスティングには別にあまりこだわっていないんですよ。いま撮っている作品は、全員初めての人ばかり。嫌いな役者は「監督、これはこう撮ったらどうでしょう?」とか言う人。うるさくてイヤだなぁ、二度と使わない。

山根:キャスティングが失敗だったと思った瞬間はありますか?

北野:エンドロールに名前があっても、実際に出てない人がたくさんいますよ。撮影はしても編集で切っちゃったから。

2010年公開予定の北野監督の新作タイトルが『アウトレイジ』と決定! ヤクザの世界で生き残りを賭け、男たちが闘いを繰り広げるバイオレンス・アクション。出演はビートたけし、三浦友和、椎名桔平、加瀬亮など。

 

山根:「この役者いいな」と監督が思われるポイントはどこなんでしょう?

北野:なんだろうな。最近は川谷拓三さんのせがれ(仁科貴さん)が気に入って出しているんだけど。こっちが撮っているときに、スタッフと笑いながら話してるヤツはうるさいし、舞いあがってるヤツも嫌い。現場で静かに撮影を見てくれる人がいいね。そういう人はたいてい、カメラにもよく映る。

山根:質問がもうひとつ。「自分は監督を志して映画を作っていますが、必要以上に恥ずかしさや照れが出てしまい、本来の自分を表現するのに時間がかかります。北野監督も“照れ”の感覚をお持ちのようですが、どのように克服してこられたのでしょうか? 逆に照れるということが、表現に役立ってきたことはありましたか?」

北野:いま当たっているお笑い芸人は、みんな人一倍恥ずかしがり屋。恥ずかしがり屋のほうがセンスがいいし、照れ屋のほうが人一倍、読みが深いんじゃないかと思う。欲望の裏の恥ずかしさがあるから、いろいろよく見える。逆にその照れを、爆発させないといけないんじゃないかな。