骨太エンターテインメント 映画『凶悪』 山田孝之、ピエール瀧、そしてリリー・フランキーが怪演 !

(2013.09.19)

闇の中でスクリーンを睨む128分

エンドロールが流れ、場内が明るくなっても、身体が試写室のソファにめり込んで、しばらく動けなかった。やっとの事で腰を上げ、重たい頭と身体を引きずって外に出た。頭の中が自家中毒を起こしていた。

「自分は、死刑判決を受けた事件の他に、3つの殺人事件に関わってます」
 
死刑囚の衝撃の告白から、そのドラマは幕を開ける。その告白の手紙を託された雑誌記者の執念が、闇に埋もれていた殺人事件と首謀者の存在を暴きだしていくというノンフィクション『凶悪ーある死刑囚の告発ー』(新潮45編集部編)の映画化である。

と聞くと、スリルに満ちたサスペンスものを思い浮かべるかもしれない。しかし、正義感あるジャーナリストが幾多の危険を乗り越え悪と立ち向かっていくような、そんな気分爽快な勧善懲悪をこの作品に求めても無駄である。目の前のスクリーンの中で自分が何に突き動かされているのか見えないまま事件の真相の深みへとはまっていく記者の姿が、人間の深い闇を映し出し、その闇の中に自分自身の姿をかいま見てしまう。作品と対峙するというのは、こういう事かと、闇の中でスクリーンを睨みつけるほかないのである。

長編2本目という若手監督の
ストイックなまでの自問

元ヤクザの死刑囚の告白を受けて、葛藤しながら事件の真相にのめり込んでいく記者・藤井を、山田孝之が熱演。そして、凶悪事件を起こして死刑囚となった元ヤクザ・須藤をピエール瀧が、”先生”と呼ばれる首謀者・木村をリリー・フランキーが、それぞれ怪演している。

拘置所の中から、3つの余罪を告白する須藤。藤井がその告白を元に手がかりを調べ、現場を歩き回る。言葉の断片が一つ一つ繋がり、藤井の目の前に事件当時の光景が立ち現れてくる。現在の藤井の時間に、当時流れていた時間が交錯し、事件が一つのストーリーとして藤井の頭の中に組み立てられて行くのだ。奇妙なほどの藤井の高揚感に、観客も同調していく。その事を、メガホンを取った白石和彌監督に問うた。

「それは、<真実>を追いつつも、見えてくるものは、藤井の頭の中で紡がれたストーリーである、という事です。そして、この<大きな闇>を暴きたいという藤井の野心は、より凶悪な現実を求めていく。凶悪であればあるほど、藤井の野心は満たされていったはず」

そして、目の前に繰り広げられる光景の凶悪さ故に、観客もまた、恐怖と興奮の中で、その物語を消費していく自分自身の闇を意識させられる事になる。しかし、そうしたごちゃごちゃした雑念も、役者たちの怪演と映像の迫力の前に吹き飛ばされて行く。まさに、骨太エンターテイメント。

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現実に、人間が保険金をかけられ殺されている。独居老人や、家族から見放された老人の命が札束に生まれ変わっていった。この事実を前に、それを「映画」というエンターテイメントして「面白がって」いいのか、という葛藤があったと白石監督は語る。

とするならば、そもそも、映画とは何か、という事に立ち返る。何が「面白い」映画なのか。映画に私たちは何を求めるのか。今作が長編2作目という白石監督は、ストイックにその問いを自分自身に投げかけ続けた。

「原作は、ジャーナリストが取材し記事を書き、それによって警察が動いて首謀者の逮捕に繋がったという、いわばジャーナリズムの勝ち負けとしては“勝ち”の話です。でも、原作者である記者ご本人にお会いした時に感じた事は、一言で言えば“無常観”。人が人を殺し、殺されるという営みは、人間の一部ではないのか、と。記者の方の内側にある無常観に触れた時、これは、単なるヒーローものとは違った視点で作品にできる、と確信しました」と言う。


白石和彌監督

映画監督は、今の社会になぜ必要か

「映画って、単に犬猫が可愛いとか恋人が死んで悲しいとか、そういう事ではなくて、心底おもしれーっていうものに作り上げながら、その時代なり社会なりを切り取っている作品、かつてはたくさんあったと思うんです。今村昌平監督然り、黒澤明監督も然り」と白石監督。

「そこを描く事を放棄しちゃったら、この世の中に映画監督は必要なくなっちゃうんじゃないかって」

だから、映画の脚本には、原作にない藤井の家族の問題も盛り込んだ。闇は、凶悪事件を起こした彼らの中にあるのではない、己の家族の現実から逃げるように須藤の復讐心に加速度的に同調して行く藤井の中に、そしてそこに映し出される自分自身の中に。社会のそこここに空気のように存在している闇……。前述の“人間の営み”の普遍性の中に、いくつもの闇が描かれていく。観客は、ともすれば自分自身が闇の中に置き去りにされそうな不安感と戦いながら、スクリーンと対峙する事になる。演出とともに、脚本の奥行きにも唸らせられる。

白石監督は、昨年秋に交通事故で急逝した映画監督・若松孝二の愛弟子でもあった。独立プロとして挑戦的な作品を次々と世の中に送り出して来た師匠の背中を見つめて来た一人としての矜持もあるだろう。

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若松監督が、かつてよく語っていた言葉を思い出した。
「若い奴らには、もっと映画を観ろって言いたいよ。暗闇の中で、スクリーンとじっと向き合えって。スクリーンと向き合うっていうのは、自分自身と向き合う事なんだから」

それが映画の醍醐味なのだ。『凶悪』、若手監督の真摯な演出と、名優たちの存在感が生み出した醍醐味溢れる怪作である事は間違いない。少々体力がいるけれど、スクリーンでの鑑賞をおすすめしたい。

『凶悪』

2013年9月21日(土)全国ロードショー

監督:白石和彌
出演:山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴