6つのエピソードが紡ぎ出す
壮大な物語『クラウド アトラス』
(2013.03.16)
ウォシャウスキー姉弟
トム・ティクヴァ、共同監督で紡ぐ壮大な物語。
ひとつの映画に監督が3人、6つのエピソードが並列に進行。と、聞いただけでも複雑怪奇な超大作『クラウド アトラス』。1849年〜2321年 約500年の間に渡る6つの時と場所で生きる6人が、それぞれの決断を下すことによってその人生を、そしてまわりを変えていくというお話です。その6人には偶然にも身体にほうき星形のアザが。まるで輪廻転生、生まれ変わりの印であるように……。
トム・ハンクス、ハル・ベリーはじめ主要9名の俳優たちは、6つのエピソードの中で、それぞれ異なる人物(同一人物やクローンもあり)を演じ分け。つまり、ひとりの俳優が5〜6役を演じており、その変身ぶりについて、あれやこれやいうのがこの映画の楽しみ方のひとつでしょう。
人物を演じ分け
ひとつの魂の進化を辿る。
ひとりの俳優が特殊メイクを施し性別、年齢、人種を超えて6役を演じ分けるているのですが、これを見分けるのが至難の業。テレビ番組『SMAP×SMAP.』だと「稲の小路ごろまろ」は稲垣吾郎がやっているとすぐにわかりますが『クラウド アトラス』では出演俳優をチェックしていても誰が何を演じているのか、なかなかわかりません。
ちらっとワンシーンに登場するだけの、え? エキストラじゃないの? というような役をハル・ベリーがやっていたり、さらには家族写真の中の人物として登場、セリフなし! なんていうのもあり。ちなみにトム・ハンクスは……
1841年 南太平洋上の商船の悪徳船医 H・グース
1336年 スコットランド 安宿の強欲おやじ
1973年 サンフランシスコ 原子力発電会社の従業員 アイザック・サックス、
2012年 イングランド 作家 D・ホギンス
2144年 クローンたちが密かに見る映画の主人公
2321年 文明崩壊後の地球の住人 ザックリー
を演じています。トム・ハンクスが演じる6名は比較的判別しやすいかも。外見で判断するのが難しくても、トムは渋めの声が特徴的なのでちょっと声に注意してみるとよいでしょう。映画のラスト、エンドロールで、誰を演じたのかが明かされるので、そこで答え合わせをするのが楽しいです。
6つのエピソードが
影響しあって壮大なメッセージをかたち作る。
原作は英国人作家で、韓国や日本に住んでいたこともあるデイヴィット・ミッチェルの同名の小説。東洋・西洋 文化のちがい、性別、人種、国境、時空を超越する驚愕のストーリーでベストセラーとなり、2004年ブッカー賞候補にもなりました。この作品の映画化は不可能と言われていましたが『マトリックス』3部作の姉弟ウォシャウスキー監督と『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァ監督によって現実のものに。
6つのエピソードはそれぞれ、ヒューマン・ドラマ、ラブストリー、サスペンス、コメディ、SFアクション、SFアドベンチャーと、異なる性格を帯びており、しかも、サスペンスで起ったことが、コメディに影響を与え、コメディの出来事がSFの中に登場。そして最後には、この地球上で起こっていることはすべて繋がっているという壮大なメッセージをかたち作っていきます。
各エピソードを細かく刻み、ひとつに紡ぎ 直す方法でクライマックスへ向かうのですが、ある エピソードから他のエピソードへのつなぎ方が実にスムース。隣接するふたつのエピソードに登場する共通アイテム、言葉、人物でつなぎ見事な展開です。
一流の楽器に奏でられる
『クラウド アトラス 六重奏曲』
監督来日記者会見の中で、トム・ティクヴァ監督が言っていたことも鑑賞のヒントにするといっそう楽しめそうです。「……(前略)この作品はぜひ劇場に足を運んで観て。映画館にともに集う人と、この作品を感じることを分かち合ってほしい、人とのつながりを感じてもらいたい。それはコンサートに出かけて音楽を聞く体験と似ているかもしれません。すごくよい交響楽団の演奏を聞きに行ったと想像してみて。トム・ハンクスが第1ヴァイオリンだとすると、ハル・ベリーはチェロ、ヒュー・グラントはトランペットで、ベン・ウィショーは太鼓。それぞれがオーケストラの一員として演奏しています……」というように、俳優の持ち味、音色を考えて見るのも面白いかもしれません。テーマ曲『クラウド アトラス』の作曲も手がけたティクヴァ監督ならではの意見でしょう。
ちなみに『クラウド アトラス』とは、1936年 スコットランドー幻の名曲の誕生秘話ーのエピソードの中で、作曲家志望の青年ロバート・フロビシャー(ベン・ウィショー)が一世一代の傑作を、と丹精して作曲する『クラウド アトラス 六重奏曲』から。全編を通して印象的に使われる静逸で威厳のある美しい曲です。
映画の後半、
少女革命家ソンミが残した警句。
「ひとりの俳優が一役だけを演ずるのではなく、ひとつの魂の進化を象徴するいくつかの役をまとめて演じるというアイディア」に基いた今回の多重キャスティング。実際、映画の中の俳優たちの六生六変化を見ていると、演じている本人たちも相当楽しかったことだろうと思われます。メイクや衣装をつけた自分の姿を見て「ええ? これが自分?」と思ったに違いありません。
トム・ハンクスは6つのお話の中で悪人になったり、善人になったりしますが、ヒュー・グラントは6話を通してすべて悪い人。これまでのヒュー・グラントのキャリアからは考えられないような役を嬉々としてとして演じていて笑えます。でも、何回生まれ変わっても悪人になってしまう人間もいる、と考えるとブルーな気分に……。
映画の後半、少女革命家ソンミが残した警句が繰り返されます。
「いのちは自分のものではない、
子宮から墓場まで
人は他者とつながる
過去も現在も
すべての罪が、
あらゆる善意が、
未来をつくる。」
翻っていえば罪も善意もないところには
未来はないのです。
……世知辛いこの世の中も、
未来への工程のひとつであると考えると、
ちょっと 気が楽、です。
『クラウド アトラス』
新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー上映中
出演:トム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒューゴ・ウィービング、ジム・スタージェス、ぺ・ドゥナ、ベン・ウィショー、ジェイムズ・ダーシー、ジョウ・シュン、キース・デオビッド、ディビッド・ギャスィ、スーザン・サランドン、ヒュー・グラント
監督:脚本:ウォシャウスキー姉弟、トム・ティクヴァ
原作:デイヴィッド・ミッチェル『クラウド アトラス』(河出書房新書刊)
現代:CLOUD ATLAS
撮影:ジョン・トール、フランク・グリーべ
美術:ヒュー・ベイトアップ、ウリ・ハニッシュ
編集:アレクサンダー・バーナー
衣装:リム・バレット、ピエール=イヴ・ゲロー
視覚効果監修:ダン・ダグラス
音楽:トム・ティクヴァジョニー・クリメック、ラインホルト・ハイル
製作:ウォシャウスキー姉弟、トム・ティクヴァ、グラント・ヒル、シュテファン・アルント、フィリップ・リー、ウヴェ・ショット
製作総指揮:ウィルソン・チウ
字幕:野口尊子
配給:ワーナー・ブラザース映画
2012年 アメリカ映画 / 2013年 日本公開作品
上映時間:172分 / スコープサイズ / DCP 5.1ch / 35mm 全9巻 / 4,714m / ドルビー SRD+DTS+SDDS
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