パズルをきっかけに小さな目覚めが…
アルゼンチン発『幸せパズル』。

(2011.09.30)

ジグソーパズルに世界選手権があるなんて!?

映画はホームパーティのシーンからはじまります。慣れた手つきでパンをこね、ローストチキンを取り分ける女性の姿。彼女は、客たちに声をかけながらテキパキと料理を出していきます。「皿を片付けましょうか?」というゲストの若い娘の申し出に「息子と一緒にいてあげて」と返す。ここで、この女性はこの家の母親なのだとわかります。

パーティの終盤、いよいよ手作りのバースデーケーキが登場。ローソクには50とある。50歳? 客一同が集まるなか、フーッと吹き消したのは、母本人。ええっ? ここで映画を観ている側は、これが彼女の誕生日のパーティだったことを知るのです。

自分を祝うパーティで料理を作り、客をもてなして、あと片付けもする……。夫も息子たちも特に手伝うことはない。専業主婦である主人公、マリアの置かれた状況をとてもリアルに伝える、秀逸なオープニングです。

マリアは誕生日プレゼントの中にジグソーパズルを見つけて、その魅力にハマっていきます。夢中で仕上げると、家族に内緒でパズルの専門店を訪れる。そして、店内に貼られた「ジグソーパズル選手権のパートナー募集」の告知に心惹かれます。

募集を出したのは、都会の大邸宅に一人で暮らす初老の男性ロベルト。一風変わったマリアのパズルの組み立て方を彼は気に入り、2人はパートナーを組むことになります。外出の口実を作っては、マリアは家族に内緒でロベルト邸で練習を重ね、パズルの才能を発揮していくのです。

映画に出てくるパズルの世界選手権は、実際にもあるのだそうです。地味な題材だなあと思っていたジグソーパズルですが、改めて見るとなかなか面白そう。競技はペアで参加するのがルール。ひとつの作品を一緒に作っていくうちに、男女のペアなら当然、気持ちが近くなるわけで。マリアとロベルトの間も徐々にいい雰囲気になっていくのです……。

ロベルトを選ぶの? 夫や家族はどうなるの? といった恋のゆくえや大会での結果についてはラストで明らかになるのでお楽しみに! でも、この映画の本当の見どころは、話の結末よりも、ていねいに描写されたマリアの日常にあるのでは?と思っています。


 

セリフが少ないのに、深く共感できるわけ

冒頭のパーティシーンを観て夫婦関係は冷え切ってる?と思いきや、夫はマリアを愛しているんだということが徐々にわかってきます。映画の舞台であるアルゼンチンでは、家庭内で力を持っているのは男性。特に、仕事を持たない専業主婦の立場は弱いのだそう。夫に従い、子どもに尽くす。ひと昔前の日本のような「良妻賢母」が求められているようです。

ジグソーパズルの楽しさに目覚めたマリアが、夫と買い物に出かけた先でパズルを買おうとするシーンがあるのですが、夫は「パズルなんて時間の無駄だ」と制します。それを聞いたマリアはパズルを棚に戻し、「やっぱり、やめとく、絵が良くないわ」と、買わないのは夫に言われたからではなく、自分が買いたくないからだという理由を口にします。カチンとくることがあっても、波風は立てない。そうやってマリアは家庭を切り盛りしてきたのでしょう。

それが、パズルをきっかけに少しずつ変わっていく。自信が生まれ、表情も明るくなっていきます。ジグソーパズルの選手権に出たい、と思い切って相談したマリアに、夫が「パズル?」とバカにして笑うシーンがあるのですが、そのときのマリアは静かに、でもはっきりと怒りを表に出す。慌てた夫は謝り、さらにマリアに「最近きれいになった」とささやく。2人の関係が明らかに変わったとわかるシーンです。

全体を通してマリアのセリフはとても少ないのですが、細かく描かれたエピソードや彼女の表情から心の動きが伝わってきます。たとえば、ロベルトがマリアに告げずに友人を家に招いたと知って、動揺する心を抑えようとティーポットを触っていたらフタが閉まらなくなってしまったとき。ベジタリアンの彼女に影響された息子が、マリアの自慢の肉料理を食べないと言い出したときの理由を聞いたとき。思わず「わかる~!」とうなってしまいたくなる。この「わかる!」の連続が本当に愉しくて。これは、脚本の力と役者の実力によるものでしょう。

脚本を書いたのは、これがデビュー作となるナタリア・スミルノフ監督、マリアを演じるのはマリア・オネット。シャーロット・ランプリングを思わせる、ニュアンスのある表情が素敵な女優さんです。

『幸せパズル』
監督・脚本:ナタリア・スミルノフ
出演:マリア・オネット、ガブリエル・ゴイティ、アルトゥーロ・ゴッツ、ヘニー・トライレス
2010年/アルゼンチン・フランス合作アルゼンチン映画/スペイン語/1×1.85/ドルビーデジタル/90分/配給:ツイン
10月1日より、TOHOシネマズ シャンテ、他全国順次ロードショー