『マイ・ファニー・レディ』ピーター・ボグダノヴィッチ監督インタビュー「リスにおやつのナッツをあげる人がいるならば……。」

(2015.12.23)
『マイ・ファニー・レディ』 ©STTN Captial,LLC 2015
『マイ・ファニー・レディ』 ©STTN Captial,LLC 2015
映画評論家から映画監督へ。名匠と呼ばれたピーター・ボグダノヴィッチ監督の15年振りの新作『マイ・ファニー・レディ』が公開中です。ボグダノヴィッチ監督に最新作の製作、過去の名作からの引用のセリフについて、映画作家ベスト5などのお話をおうかがいしました。
あたため続けた原案、
ウェス&オーウェンとの出逢いで実現。

ー90分の上映時間の間ずっとさざ波のように笑いが続くという、実に幸せな体験をさせていただきました。恵まれない境遇の女性にお金をプレゼントする奇癖のある男が主人公の話というアイディアはかなり前から監督の中にあったそうですが、実際に作品になるまではどのような経緯があったのでしょうか? 主役の演出家 アーノルドを演じたオーウェン・ウィルソンさんやプロデューサーのウェス・アンダーソンさんとの出逢いがきっかけでしょうか?

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 ストーリーは『セイントジャック』(79)という作品の製作のためにシンガポールにいた時の出来事が元になっています。オーウェンたちとの出逢いはその後、私の前妻でプロデューサーのポリー・プラットがヒューストンでウェス・アンダーソンの『ボトル・ロケット』(96)の仕事をしていた時。彼女が言うには「私が知っている中でウェスはあなたに次いでふたり目。自分が何を撮りたいかはっきり明確にわかっている監督としてね。ウェスはあなたの大ファンだというの、会ってみない?」と。ちょうど私もヒューストンにいたので会ってみた。そのうちNYでも会うようになり友情を育んだ。オーウェンとも知り合いになりよくテレビシリーズやドキュメンタリーの一気観を一緒にするようになったのです。特に彼は私のドキュメンタリー作品『ディレクティッド・バイ・ジョン・フォード』(68)を気に入ってくれていて遊びに行くとそれを流しながら話したり。

ー主役のオーウェン・ウィルソンさんは、ブロンドに青い目白い歯のいわゆるナイスガイ風ルックスですが、人の良さとなんともいえない軽みがあって楽しさが倍増された感があります。

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 オーウェンは昔ながらの古典的なスターの魅力、誰が見てもオーウェンとわかる確固たる個性を持っている。人間的にも大好きでこの役にぴったりなんじゃないかと思ったこと、それからウェスとノア(・パームバック)がプロデュースしてくれたらうまく行くのではないかと思ったことから企画がスタートしたとも言えるでしょう。

ハリウッドスター・イザベラ”イジー”パターソン(イモージェン・プーツ)は、成功までの道のりについてのインタビュー受けその身上を語り出す。コールガール”グロー”だった頃、客として出会った演出家アーノルド(オーウェン・ウィルソン)から突然、コールガールをやめるなら三万ドルをプレゼントしたいといわれたことがそもそものはじまり。アーノルドの決め台詞は「リスにおやつのナッツをあげひとがいるなら、ナッツにリスをあげてもいいじゃない」
ハリウッドスター・イザベラ”イジー”パターソン(イモージェン・プーツ)は、成功までの道のりについてのインタビューを受けその身上を語り出す。コールガール”グロー”だった頃、客の男=アーノルド(オーウェン・ウィルソン)からコールガールをやめるなら三万ドルをプレゼントする、と提案されたことがそもそものはじまりであると。
 
「リスにおやつのナッツをあげる人がいるならば、ナッツにリスをあげてもいいじゃない」
from エルンスト・ルビッチ

ー劇中アーノルドがイジーにプレゼントを申し出る際「ナッツにリスをあげてもいいじゃない」と言います。アーノルドの毎度の決め台詞なのですがこれはエルンスト・ルビッチ監督の作品『小間使い』(46)からのセリフの引用だということです。監督の以前の作品『ラスト・ショー』(71)や『ニッケル・オデオン』(76)などでも過去の作品が実にうまく登場します。引用好き、これはなぜでしょう?

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 それは過去の作品へのリスペクトです。引用にはそれぞれの作品にしかるべき理由がある。今回はルビッチのこのセリフが面白いと思うし、『小間使い』でも私の作品でも成立していると思う。残念ながらルビッチに会うことはできなかったけど、彼は私が愛する映画作家トップ5のうちのひとりです。

ちょっとひとこと言いたいのは、アメリカの映画評論家にありがちなのですが、何でもかんでもオマージュを捧げていると言うのはナンセンスだということ。引用するのはある映画作家に対して意味のあるリファレンス こういうこともやっていましたね、ということであるかもしれないし、過去の作品に使われていたものが自分の作品を綴るのに技術的に必要だから取り入れることもあるかもしれない。私がロングショットシーンを入れるとすぐジョン・フォードへのオマージュだと言われるが、ただ単にその技術が必要だから使っているだけのこともあります。

アーノルドの提案に心をときめかせるイジー。かかりつけのセラピストに相談しようとたずねるとそこにはジェーン(ジェニファー・アニストン)というセラピストの娘がいた。
イジーは提案通りコールガールをやめ、女優になる夢を実現させるため舞台のオーディションを受けることを決意。くしくも役柄はコールガール。かかりつけのセラピストに相談しようと訪ねるとそこにはジェーン(ジェニファー・アニストン)というセラピストの娘がいた。
 アーノルドが演出する作品のオーディションが行われる。主演は妻で女優のデルタ(キャスリン・ハーン)。なんと会場に現れたのはコールガールから足を洗いチャンスを探していたイジーだった。脚本家のジョシュア(ウィル・フォーテ)はイジーに一目惚れ。ジェーンという恋人がいるのにもかかわらず。

アーノルドが演出する作品のオーディション会場。出演するアーノルドの妻で女優のデルタ(キャスリン・ハーン)、俳優のセス(リス・エヴァンス)が待ち受ける中、会場に現れたのはなんとイジーだった。脚本家のジョシュア(ウィル・フォーテ)はイジーに一目惚れ。ジェーンという恋人がいるのにもかかわらず。
 

ー愛する映画作家トップ5は監督の著作になっている5人でしょうか。オーソン・ウェルズ、ハワード・ホークス、アルフレッド・ヒッチコック、ジョン・フォード、フリッツ・ラング……これにルビッチを加えると6人になってしまいます。

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 アラン・ドワンについても本を書いていますけどね。ジャン・ルノワール、フォード、ホークス、ウェルズ、ルヴィッチ……え、これでもう5人? キートンもいるし。好きな映画作家はたくさんいます。

■ピーター・ボグダノヴィッチ監督 プロフィール
Peter Bogdanovich

映画監督、映画評論家、俳優、プロデューサー。1939年ニューヨーク生まれ。かつては郷愁の映画詩人と呼ばれたこともある名匠。少年時代から映画に親しむ一方ステラ・アドラーの元で演劇を学ぶ。豊富な映画知識で映画ライター、批評家としても活躍。ニューヨーク近代美術館 MoMAのオーソン・ウェルズ回顧上映の企画を担当するなど多才ぶりを発揮。テレビ映画『殺人者はライフルを持っている』(68)で監督デビュー。『ラスト・ショー』(71)はアカデミー主演男優賞、女優賞を獲得。『ペーパー・ムーン』(73)は当時10歳のテイタム・オニールが史上最年少でアカデミー助演女優女優賞を受賞した。『マイ・ファニー・レディ』 は『ブロンドと棺の謎』(01)以来の作品発表となった。『インタビュー ジョン・フォード』、『オーソン・ウェルズ―その半生を語る』、『マイ・ハリウッド・インプレッション』など著書多数。2007年には名作映画の保存貢献を讃える国際フィルム・アーカイヴ連盟賞を受賞している。

She's Funny That Way-Peter Bogdanovitch-10

映画作りに大切なことは
たくさんあるが……。

ー子供の頃からお父上と映画館に通う映画好きだったということですが、実際に監督を志したきっかけは?

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 その通りですがまわりは私が俳優になるんだろうと考えていたと思います。なぜかというと自分の好きな映画『赤い河』(48)『黄色いリボン』(41)『花嫁の父』(52)『幽霊西へ行く』(34)などを演じてみんなに見せたりしていたからね。当時は監督が何をする人かわかってなかった。しかし16歳の時オーソン・ウェルズの『市民ケーン』を見て、これが監督なんだ、ということがわかりました。1941年の公開以来の回顧上映がイーストサイドの劇場で行われていて見たのです。私の世代の映画関係者の多くはこの作品がきっかけになったと思います、少し前の世代にとってのD・W・グリフィス監督のように。

ー長じて監督になる前に、MoMAでオーソン・ウェルズほかジョン・フォード監督などの回顧上映の企画を担当され、そのたびごとに本を出版されています。

ピーター・ボグダノヴィッチ監督1959年には芝居の演出をして、その後お金が必要だったのでアルバイト的に映画についてのもの書きの仕事をしていました。アッパーウェストサイドに昔の映画の上映にかけてはパイオニアの劇場『ザ・ニューヨーカー』がありました。そこの劇場プログラムのようなものを書き始めた。そこでオーソン・ウェルズの『オセロ』が上映された時「今までに作られたシェイクスピア作品の映画化作品のうちで一番素晴らしい」と当時の評判とは真っ向反対の自分の思いを書いたのです。それに目を留めたMoMAのキュレーター リチャード・グリフィスからウェルズの初の回顧展をやるのでキュレーションをやってみないかと声をかけられたのです。ウェルズのあとは、ホークス、ヒッチコックの新作公開に合わせてそれぞれ回顧展を提案して行いました。

ー映画監督になる以前は映画評論家というのはフランスのヌーヴェル・ヴァーグの監督たち トリュフォーやロメールを彷彿とします。最後に監督が映画作りにおいて大切にしていることは何でしょう?

ピーター・ボグダノヴィッチ監督 たくさんあります、2つに絞って言うならカメラの位置、それから俳優たちにかける言葉を知っていること。ユーモア? もちろん! 作品にもよりますがシリアスな映画でもなんらかのおかしみを入れることは重要だと思います。

イジーの上客で裁判官のペンダーガスト(オースティン・ペンドルトン)はジョシュアの父で探偵(ジョシュア・モーフォゲン)を使ってイジーを付けまわす。
イジーにぞっこんの上客で裁判官のペンダーガスト(オースティン・ペンドルトン)は探偵(ジョシュア・モーフォゲン)を使ってイジーを付けまわす。その探偵はなんとジョシュアの父。偶然が重なり過ぎるほど重なって、果たして舞台公演はうまくいくの!?

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イジーが自分の半生、映画への愛を語ることにはじまる登場人物たちの絶え間ないおしゃべり、抜群の切り返しと「ナッツにリスを……」の決め台詞の繰り返しが創り出すポップなリズム感。はさみ込まれるスラップスティック・ギャグ、ウフウフと小さく笑っている間にラスト、大物セレブリティがカメオ出演のサプライズあり。『マイ・ファニー・レディ』 は
映画の楽しみの曳き出しが数え切らないほどある薬棚のようである、
と、観察しました。

『マイ・ファニー・レディ』

2015年12月19日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開中!

出演:オーウェン・ウィルソン、イモージェン・プーツ、キャスリン・ハーン、リス・エヴァンス、ウィル・フォーテ、ジェニファ・アニストン、シヴィル・シェパード、ジョージ・モーフォゲン、イリーナ・ダグラス
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
製作 ウェス・アンダーソン、ノア・バームバック
音楽 エドワード・シェアマー
編集 ニック・ムーア
原題:She’s Funny That Way
配給:彩プロ
2014 年 / アメリカ / 93 分 / アメリカンビスタ / 5.1ch

©STTN Captial,LLC 2015