『第29回東京国際映画祭』レポート 2コンペはじめその他の部門でも際立った 女性クリエイターの存在。

(2016.12.19)
『雪女』に出演・監督の杉野希妃、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎。© 2016 TIFF
女性監督や女優の野心がみなぎる力強い作品が揃った、今年の東京国際映画祭。受賞に関わらず、忘れることの出来ない傑作、佳作をルポする2回目。日本映画も大いに注目されました。
監督も主演も務める杉野希妃。
雪女を演じることが一番チャレンジングで楽しかった

小泉八雲ことラフカディオ・ハーン原作『怪談』の、あの『雪女』の映画化。そう聞くとカンヌ映画祭で高い評価を得ている小林正樹監督の『怪談』(65)の一作品でもあることを思い出します。大女優の岸恵子演じるあの『雪女』を。ゆえに野心作であることは確かでしょう。主演だけでなく監督も同時に果たしたのが、杉野希紀。

「雪女は、SF的なパラレルワールドの中の存在。時代設定も絵柄も、クラシック・モダンのような現実離れしていいのだと。小林監督の作品はなるべく意識しないようにしました。」

日本人なら子供の頃から親しみのあるお話『雪女』ですが「あなたは雪女に似ているね」と言われたことがきっかけで小泉八雲の原作を読み直したら、知っているつもりで知らない事柄がたくさん。興味が募り、雪女を演じてみたいと本気で思うようになったと言う杉野監督。細かな感情や心理描写はいっさい無い原作を、自らの解釈で作り変えて行きたいという欲求。曖昧な存在を演じること。この両方の作業に意欲が高まっていったのだと言います。

『雪女』で監督・主演を務めた杉野希妃。© 2016 TIFF
 

「妖怪以前に人間だって、ものすごく曖昧で、わからない部分がある。自分にもあります、よくわからない部分が。そういう曖昧なものを雪女に求めて解釈した作品です」

プロデュースを手掛けた『ほとりの朔子』(13)で、深田晃司監督を国際的存在にした実力の持ち主。自らの企画作品ともなれば、意欲も並では収まらなくても不思議はない。出身地である広島が、実は雪が多い土地と言うことでロケ地は広島に。

雪女がユキという女性に身を変えて夫婦となった相手 巳之吉役には、当初から青木崇高をキャストとしてイメージし脚本を作るなど、こだわりにも妥協はありません。

かつて、映画化されたフランケンシュタインのように、芸術的な女性モンスター誕生といえる『雪女』。男の人生を振り回すファム・ファタル的な女性像を、生身の女性ではなく妖怪変化に目をつける杉野監督の力量。実らぬ愛という物語としても悲しくも、美しい仕上がり。化身を演じるために、監督も辞さない本気の生き様そのものです。

『雪女』Snow Woman  出演:杉野希妃、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎ほか 監督:杉野希妃、撮影監督 : 上野彰吾、脚本 : 重田光雄、美術 : 田中真紗美、音楽 : sow jow プロデューサー : 小野光輔、門田大地 95分 / カラー&モノクロ / 日本語(英語字幕付き) / 2016年 日本 / 配給:株式会社 和エンタテインメント © Snow Woman Film Partners *2017年3月4日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、横浜 シネマ・ジャック&ベティはじめ全国順次ロードショー公開
 
社会の歪みやねじれを、映画で変えたいという強い。

前回ご紹介した『サーミ・ブラッド』、『天才バレエ・ダンサーの皮肉な運命』、『雪女』は、いずれも「コンペテイション』部門の作品ですが、そのほかの部門でも女性監督は大活躍。

『アジアの未来』部門ではインドのアランクリター・シュリーワースタウ監督作品『ブルカの中の口紅』が国際交流基金アジアセンター特別賞を獲得。抑圧の中、ブルカに覆われた女性たちは時代の中で自立への夢と葛藤に揺れ生きていく。そんな4人の女性像を描き高い評価を得ました。

そして前作『奇跡の教室~受け継ぐ者たちへ~』(14)が日本でも公開された、フランスの映画監督マリー=カスティーユ・マンシオン=シャールの新作『ヘブン・ウイル・ウエイト』。

プロデユース、脚本共に手がけた問題作を完成させました。過激派組織にフランスの若い女性たちが洗脳された果てにに、戦場に召集されて赴く行動や心理を、きめ細かく描写。そんな彼女たちに対して脱洗脳に奔走する若い女性の想いも描き、フランスで実際に起きている深刻な問題を恐怖と安堵のシーソーゲームで巧みに構成した傑作。

スリリングでミステリーのような演出も巧みです。若い女性に男美人局的手口で近づき洗脳する過激派組織への告発として、本作品を手がけた監督の勇気ある姿勢も感動的です。『ワールド・フォーカス』部門でも注目度が高い作品でした。

『ヘヴン・ウィル・ウェイト』Heaven Will Wait [ Le ciel attendra ] 出演:ノエミ・メルラン、ナオミ・アマルジェ、サンドリーヌ・ボネール、クローティルド・クローほか 監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール、脚本 : ミシェル・フレシュ、撮影監督 : ミリアム・ヴィノクール、編集 : ブノワ・キノン 105分 / カラー / フランス語(日本語・英語字幕付き)/ 2016年 フランス / © Willow Films UGC IMAGES France 2 Cinéma
 
ジャコ監督お墨付きで、究極の愛の形を脚本化。

同じく『ワールド・フォーカス』部門に新作とともに来日したフランスのブノワ・ジャコ監督。主演・脚本を手がけた新人ジュリア・ロイにも大注目です。

とどまることのないエネルギッシュなピッチで作品作りに挑むジャコ監督、『ラブ・トライアングル 秘密』(14)は、劇場公開を待つばかり。ヴェネチア映画祭に出品した最新作『ネヴァー・エヴァー』をいち早くこの映画祭で上映の上に新しいミューズのお披露目も、ですから、ゴージャス!

「ミューズがいないと映画は撮れないんだ」とは、今年の本映画祭審査委員長のジャン=ジャック・べネックス監督の弁ですが、ジャコ監督しかり。今回はと言えば、主演女優で脚本家でもあるジュリア・ロイ、以前ミューズであったヴィルジニー・ルドワイヤンを髣髴させる若い美女。大学のマスタークラスの授業で講師と学生の関係での出会いだとか。それはまさしく『ネヴァー・エヴァー』にも通じる話。

『ネヴァー・エヴァー』ブノワ・ジャコ監督と主演・脚本の才媛ジュリア・ロイ。© 2016 TIFF

「ジャコ監督の作品が好きで、監督の授業はワクワクしました。監督には女優をしてみたいと自分から売り込み、脚本も書いてみたらと期待を懸けてもらえて、とてもうれしい」

というジュリア・ロイ。マチュー・アマルリック演じる映画監督と電撃的に恋に落ちるアーテイスト志願の若き女性を演じます。

しかも突然この世を去る彼が、彼女に憑依! 永遠の愛を求めて行くという幻想的物語。一人二役のような難解な演技と、その脚本を単なるゴーストストーリーにしないで芸術作品として完成させた“インテリ美女子”なのです。

「次は監督もするのかとよく聞かれますが、責任の重い仕事なので、今のところはもっと演じることを極めて行きたいと思っています」
と、さばけた意見も放つ。ジャコ監督の最後のミューズになる覚悟はと、たずねると、これには野心満々で、快諾。お二人での次回作も期待できそうです。

映画界も女性が自由に、独自の視点や決めつけられない方法で映画作りを進めていける。そんな嬉しい状況を知らしめ、感動を与えてくれた東京国際映画祭。来年がさらに楽しみです。

『ネヴァー・エヴァー』Never Ever [ À jamais ] 
出演:マチュー・アマルリック、ジュリア・ロイ、ジャンヌ・バリバール、ヴィクトリア・ゲラ、監督:ブノワ・ジャコ、脚本 : ジュリア・ロイ、撮影監督 : ジュリアン・ハーシュ、編集 : ジュリア・グレゴリー、プロダクション・デザイナー : パウラ・サーボ、作曲 : ブリュノ・クレ、音響 : ピエール・テュカ、フランシス・ワルニエ、オリヴィエ・ゴワナール
 86分 / カラー / フランス語(日本語・英語字幕付き) / 2016年 フランス=ポルトガル / © Alfama Films