大盛況の第24回東京国際映画祭。
監督たちからのリアル・メッセージ。

(2011.11.09)

例年以上の賑わいを見せた
第24回東京国際映画祭。

2011年の第24回東京国際映画祭には、例年以上の世界中からたくさんの映画が集まりましたが、この場は世界的な映画人が結集する場でもあります。映画プロデユーサーや監督、もちろん、主演の男優・女優たち。賞を獲ることだけでなく、また、バトルと言うよりも、映画という媒体を通して、国境を越え、映画を愛する者同士の愛の交歓が行われた場である、そのための9日間であったと言えるのです。

受賞者が皆口を揃えて言うには、
「この映画祭で上映されるだけでも、充分に認められたことになるのだから、さらに賞に輝くということは奇跡というしかない」
と。
さて、その奇跡がもたらされた作品、そして受賞者たちの言葉には、それぞれの真実があり、とても興味深いものがありました。中でも印象に残ったものを、いくつかご紹介。

グレン・クローズの映画人としての情熱が花開いた
『アルバート・ノッブス』

ホテルの執事を長年コツコツ務めたひっそりと生きる男の平穏な日々。しかし、女性が職を得られない時代に、自分が女であることをひた隠し、男になりすまして、一生を送った女の物語。ミア・ワシコウスカ演じる若い娘に恋したことからそれまでの生活は一変。あまりに無残な“彼”の人生。しかし、最終的に物語には救いがあり、ノッブスのおかげで不幸から救われることになる若い娘の新たな人生のスタートの兆しに、観る者は、幸せとは何なのかを想い起すことになります。

華のない孤高の男性になりすました女性を演じるという、難役を演じたのはグレン・クローズ。最優秀女優賞を得た彼女の素顔は、喜びに輝いていました。来日出来ないことを悔やみながらも、夜中の2時に撮ったというビデオ・メッセージ。
「自分はプロデユーサー以上に、この作品が作られて完成することを願いました。そして、実現のために駆け回りました。そして、ついに念願のこの“男役”を演じ、そしてこの映画祭で賞をいただきました。本当にうれしい」
と言う彼女が、テレビ・シリーズ『ダメージ』のニュー・シーズン撮影中とのことでしたが、いつもの演技の彼女とは別物の笑顔を見せてくれました。優しくノーブルで大人の女性の素顔が忘れられません。約30年前に一度舞台で演じたノッブスの映画化をめざしたという、クローズの映画人としての情熱が花開いた、こんな作品に出合えたのもこの映画祭ならではです。

『アルバート・ノッブス』©Morrison Films / Chrysalis Films 2011

『アルバート・ノッブス』
原題:ALBERT NOBBS
監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカほか
113分/英語/Color/2011年/アイルランド

映画づくりはクールであるかどうかが問題、
トニー・ケイ監督『デタッチメント』

学校は、今や、作家エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』のアッシャー家の館の様なものだというメッセージ性が込められた作品。学校が社会問題となる今、思い出されるのはあの『告白』(中島哲也監督・’10年)。

今の学校はお化け屋敷、モンスターが住んでいる手に負えない館で、そこで働く非常勤教師の苦悩は計り知れない。そんな訴えを『告発』に勝るとも劣らない力量で描いた作品。アーティスチックに、また、ポーの作品を自らの哲学として、例えに使ってみたり。監督自身も言っているように、すごくクールな創りのカッコいい作品で、これが最優秀芸術貢献賞なのは納得で、観る前から、予想もしていました。

主演のエイドリアン・ブロディが上手くて、男優賞を獲るものと確信していましたが、予想が外れて、残念。最優秀芸術貢献賞を受賞した監督トニー・ケイは歌手やソングライター、画家でもあるのですが、受賞に際して、超カッコイイ言葉を残しました。

「要するに、映画は、映画づくりはね、クールであるかどうかなんだ、それだけだよ」
だ、そうです。うーん素敵。

その後に自らがお祝いに、一曲ギターの弾き語りもあり、この曲が作品以上に説得力がありました。やはり、来日叶わず、ビデオ・メッセージだったんですが、これは来日しなかったからこそのプレゼントなのではと、得した気分。この曲、即興なのか、十八番(おはこ)なのかはわかりませんが、カッコ良すぎでした。過去の作品『アメリカン・ヒストリーX』(’98年)をもう一度観ましょう。

『デタッチメント』
原題:Detachment
監督:トニー・ケイ
出演:エイドリアン・ブロディ、クリスティーナ・ヘンドリックスほか
97分/英語/Color/2011年/アメリカ

単なるエコ的作品として片づけてはいけない
『ハッピー・ピープル タイガに暮らす一年』

この作品は、かのヴェルナー・ヘルツォークのドキュメンタリーということで、絶対必見としていましたし、観終わって、必ず評価される作品であることを強く感じていました。それで、みごとに審査員特別賞獲得。これを単なるエコ的作品として片づけてはいけないのです。シベリアのタイガ地域の小さな村の人々は狩猟を中心に暮らしていて、未だ水道、電話、病院もないという。文明的に立ち遅れていようとも、いかに自然や動物たちとの共存が叶えられ、実はそのことが、今の時代にはいかに幸せなことでもある。との主張がこの作品の言いたいことであると捉えられて当然なのですが、実際に観てみたら、それだけではなかったので、目を見張りました。

この映画は人と犬がいかに大切なパートナーであり、犬がペットとして飼われることが、いかに人間のエゴであるかを教えてくれる。むしろ、ハッピーな犬の生き方をタイガの人たちに教えてもらえる、そんな素晴らしい作品だと感じました。私の様な愛犬家には目から鱗。厳しい冬に狩猟を終えて帰宅する主人と共に、一日中食事も摂らず駆け続ける犬の姿は生きることを全うしている。犬が犬として生きる姿は、けなげで泣けてきました。そして、「賢い犬ほど短命だ」と、いうヘルツォークのナレーションも忘れられないものです。

「タイガ地域の四季を撮った作品で、テレビ用にシリーズで作り、全部をつなげたら、とても長いものだったんですが、これを観て感動したというヘルツォーク監督が短くして、劇場用にしようと持ちかけてきてくださった。だから、賞も獲れたのでしょう。とにかく監督に感謝。」と、共同で監督をしたモスクワ生まれの監督ドミトリー・ワシュコフは、まさにこの映画祭で、ハッピーでラッキーな存在となりました。

『ハッピー・ピープル タイガで暮らす一年』
原題:Happy People: A Year in the Taiga
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク/ドミトリー・ワシュコフ
90分/英語、ロシア語/Color/2010年/ドイツ

 
 

東京 サクラ グランプリ受賞作品『最強のふたり』
軽妙でシニカルな生粋のフランス映画

今回の映画祭は豊作であることを、すでにこの欄で記事にしましたが、ヘルツォーク監督ばかりではなく、世界的に知られる監督たちの新作がずらり揃ったことも映画祭前に書きました。が、すでに人気を博している監督の作品はいずれも賞は逃しています。

東京サクラグランプリと最優秀男優賞のダブル受賞となった、『最強のふたり』は、アジア最大の国際映画祭の中にあって、久々のフランス映画が勝ち得た勝利です。

富豪の男の介護を引き受けた前科者の男。音楽に例えると、ヴィヴァルディVSアース・ウインド&ファイアーというくらい、相いれない関係のふたり。そのふたりの間にはしだいに、離れられなくなるくらいの絆が生まれ、最大最強の関係が出来あがっていく。そのおかしさ、面白さを軽妙かつ、シニカルにまとめた力はなかなかのもの。

監督兼脚本も、実は最強の二人組、エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ。実話にもとづくとも言うこの作品が、今年の映画祭の中での、最強の力を見せつけたのでした。

「明日からフランスでの公開がスタートします。だから、受賞が決まっても東京にはいられなかった。とても残念。そんなに先にはならないでしょうから、日本での公開の時に、皆さんには絶対お会いできますね」
というメッセージが、ふたりの自信のほどを物語り、最近珍しいくらいの、ものすごく粋なフランス映画なのですから、本当に一日も早い興業が実現することを祈るばかりです。

そこで、忘れてはいけないのが、同じフランス映画、セドリック・カーン監督の『より良き人生』。
レストランを持って、自分達らしい生き方を選択するが、思わぬ苦難を背負うことになる家族の物語を出品。出来栄えの良さゆえ、久々にハラハラと涙を流してしまいました。人間が生きることにおいての希望とは何かを、実にきめ細かく描き、‟映画づくりの匠”とも言えそうなカーン監督の新作を目の当たりにしたという感じです。

賞は逃しても、素晴らしい出来栄えでした。
賞を逃したのは、恐らく彼が世界的監督としての地位があったからこそと言えそう。やはり、これからの監督の背中を押してあげるのも映画祭の役目だからです。

ピュアな永遠の美少年、
マイケル・ウィンターボトム監督。

そういう意味でも、この作品の監督セドリック・カーンと並んで、大注目で、大人気を集めたのが、マイケル・ウインターボトム監督でした。やはり賞は逃していますが、名だたる映画祭、例えばカンヌやベルリンなどではなく、新作『トリシュナ』を、この国際映画祭に持ってきてくれたのは、映画を愛する私たちにとっては本当に光栄なことと言えます。

思わず、映画祭での彼の肉声に触れたくて、インタビューをお願いしてしまいました。

今回の新作上映を観ようと、『トリシュナ』上映会場はファンで埋め尽くされ、上映終了後のトークショーの質問の嵐に、監督も幸せな笑顔を隠せなかったようです。『トリシュナ』では、毎回のように、彼が描く悲しげな愛の映像世界が展開されます。それを反映するかのような、年齢を感じさせないピュアで美しく静かな監督自身の持つたたずまいが、多くのファンを魅了するのだと感じさせます。

『トリシュナ』は、美しくも悲しい愛の話。ブレイク前のケイト・ウインスレットを起用し、ウインターボトム監督を名実ともに世界的監督の座に位置づけたと『日陰のふたり』(’96年)を彷彿とさせる作品です。『日陰のふたり』のケイトの演技の迫力は天才的レベルで、美しいがゆえに、悲劇を招くヒロインの魅力をあますところなく発揮していたものでしたが。

社会的な問題点もえぐる硬派監督ながら、いでたちはあくまで美しくソフト。©2011 by Peter Brune
19世紀イギリス社会は現代インド社会そのもの。
階級、地方によって経済や文化の落差が大きい。

―『トリシュナ』を世界に数ある映画祭の中でも、東京国際映画祭に出品して下さったこだわりってありますか。

「以前にこの映画祭で審査員をしたこともあり、もう一度東京に来たかったからかな」

―まあ、うれしい。『トリシュナ』はイギリスの作家、トーマス・ハーディの原作、あのロマン・ポランスキー監督も映画化した『テス』(’79年)のリメイクとは興味深いですね。『テス』はナスターシャ・キンスキーがまだ10代の美少女でデビュー。世界中の話題でした。

「その頃、自分は10代でしたね、まだ。それ以外でも、この原作は映画化されていて、だから、ポランスキー映画のリメイクとは言い切れません。あくまで原作の映画化であって、ポランスキーの作品は意識しませんでした。ハーディの原作はどの作品も好きで、映画化した『日陰のふたり』の、そこで描き切れなかったことを、今回の作品で表現したかったということもあります。あの『テス』を観て、ナスターシャ・キンスキーの美しさに魅せられ、自分が、ハーディ原作の『めぐり逢う大地』(’00年)に起用したという事実はあります。そういう意味では、ポランスキー監督の『テス』の影響は自分にとっても大きかったですね」

―舞台がインドで、ヒロインは『スラムドッグ$ミリオネア』(ダニー・ボイル監督・’08年)で大注目された、フリーダ・ピントですね。

「原作は、19世紀のイギリスで、階級制度があり、女性の地位も低く、階級差の中での恋愛に翻弄される女性が、悲劇的な運命を引き起こす物語です。今のインドはIT産業など急速に発展していく中、都市部と地方の経済や文化の落差が大きく、これは、まるで19世紀の『テス』の世界そのものだと思わされました。

発展している地域での収入源は観光であり、ホテルなどで働くチャンスは、地方出身者にとっても、ステイタスになっている。今回作品のヒロイン、トリシュナは、見栄えも良く、両親の世代より教育もあり、広い洗練された世界へ脱出したいと夢見る女性の一人なのです。この役には、すでに多くの監督と仕事をしてきたピントしかいないと痛感しました。もちろん、ポランスキー監督のように私生活をともにするという関係性はありません、最初から最後まで、残念ながらね(笑)」

オックスフォード大学出のウインターボトムは、カンヌ、ベルリン、ヴェネチア映画祭での受賞歴があり、イギリスを代表する世界が認める監督。©2011 by Peter Brune

インドの街や村の異国情緒が
素晴らしい『トリシュナ』

―つまりは、彼女たちのあこがれの異性であるホテルのオーナーの御曹司、これはもう、白馬に乗った王子様ということになるのです。テスならぬトリシュナは、その王子に見染められ、いわゆる玉の輿に乗って幸せをつかみ、貧しい実家の支えにもなるはずだったのですが、思わぬ展開となる恋の末路が、みずみずしくも残酷に描かれていきます。

『日陰のふたり』でのカメラワークは息を飲むほどの美しさでしたが、『トリシュナ』もインドの街や村などの異国情緒が素晴らしく、さすがに、映画づくりの達人の手にかかると、ボリウッドものとは全く違う詩情溢れるインドの映像が、目にも鮮やかに残ります。彼女がまとう深紅のサリーは、まるで血の色を暗示するように鮮やかなのでした。

今まで、ボリウッド映画が描くインドには行きたいとは思いませんでしたが、監督が描いた今回作品のインドは、シーンごとに、そこに出かけてみたくなるほど、それぞれの土地の良さが良く出ていました。

「ムンバイやラジャスタンなど、この作品を撮ることになって10回は行きましたよ。そこで、その場所、場所で働く人たちに会いました。ドライバー、ダンサー、農民や教師まで。そして、リアリティを出すためにも、ダンサー役には実際にダンサーをというように、現地の人たちに自分の職業を活かして演じてもらったんです。」

『トリシュナ』
原題:Trishna
監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:フリーダ・ピント、リズ・アーメッドほか
117分/英語、ヒンディー語/Color/2011年/イギリス

美しいヒロイン。それに翻弄され
破滅的な末路を迎える男。

躍動するインドに魅せられたウインターボトム監督の軌跡が、ハーディ原作と織りなされ完成したのが、現代版『テス』の、『トリシュナ』であると言えそうです。

それにしても、多くの作品を手がけ、前作にあたる、『キラー・インサイド・ミー』(’10年)に至るまで、ウインターボトム監督が選ぶヒロインはいつも美しく、それに翻弄された男たちが振り回されたあげくに、破滅的な末路を迎える。男は女を幸せには出来ず、女からこっぴどく復讐されるというような話が多く、そんな男や女を描かせたら天下一品なのです。

今回『トリシュナ』も女性にとってはスッキリ、男にとっては恐ーいお話ということになりそうで。これって、監督ご自身は、かなりの女性恐怖症なのか、そんなことはないのかを確かめたかったのですが、人気多大過ぎる監督ゆえに、時間切れで、残念、無念、うかがうことが出来ませんでした。

大好きだという東京の、この映画祭に再び戻ってきたときには、絶対に聞いてみたいです。『トリシュナ』を観る限りは、その思いは募るばかり。そんな思いを私に抱かせたまま、生身の監督はとても繊細で、永遠の美少年そのものでした。

写真提供/取材協力 東京国際映画祭事務局