愛という孤独を知る旅―『スプリング・フィーバー』ロウ・イエ監督インタビュー!

(2010.11.06)

2010年11月6日(土)よりシネマライズほかにて公開となるロウ・イエ監督最新作『スプリング・フィーバー』。

ロウ・イエ監督といえば、昨年の『TOKYO FILMeX』で審査員を務めていたのも記憶に新しいですが、このたび劇場公開にあわせて再び緊急来日が決定! との知らせを受けて、『スプリング・フィーバー』に込めた思いや、困難な状況でも映画を撮りつづける理由など、ロウ・イエ監督にたっぷりと伺ってきました。

『スプリング・フィーバー』は、前作の『天安門、恋人たち』を中国電影局の許可を得ぬまま2006年のカンヌ国際映画祭に出品したことにより、当局から5年間の映画制作・上映禁止を命じられた監督が、当局の管轄外において家庭用デジタルビデオでゲリラ撮影を敢行し完成した意欲作です。 『ふたりの人魚』(’00)で世界的に評価を受けた監督独自の映像世界と印象に残る音楽、ヒリヒリする緊迫感や漂白感、浮遊感はそのままに、これまでの作品より一層表現の自由度が増した『スプリング・フィーバー』は、’09年度のカンヌ国際映画祭で見事脚本賞を受賞するなど、逆境を糧にさらなる発展を遂げています。

夫ワンの浮気を疑う女性教師リン。探偵ルオ・ハイタオの調査でその相手はジャン・チョンという“青年”であることが明るみになる。ワン&リン夫妻の関係は破綻、ワンとジャンの間も冷え込んでいく。次第にジャンに惹かれていく探偵。そしてその恋人リー・ジンが繰り広げる奇妙な三角関係。やがて彼らは愛という名の孤独を知る旅に出る―。現代の南京を舞台に5人の男女の複雑な恋愛模様を描いた本作は、中国ではタブーとされる同性愛を扱いつつも、監督が語るように「あくまで純粋なラブストーリー」であるのは明らかです。

いわゆる一般的な異性同士の恋愛とは異質な関係性を持ち込むことで、人と人が惹かれあう愛の不可解さや、理屈を超えた衝動、どんなに肉体的な 結びつきがあっても他者の心は自分の思い通りには扱えないという男女を問わない絶対的な真理が、より純化された形で浮き彫りになるのです。

この映画は雨に打たれる蓮の花の映像によって幕を開け、最後のシーンでも蓮の花が象徴的に用いられています。監督が蓮の花に込めた意味とは何だったのでしょう?


「蓮の花は一人一人の人間を表わします。この世界は様々な異なる花が寄り集まってできていて、つまり花は世界の一部でしかない。どんな人にも豊かに咲き誇る瞬間もあれば、しおれてしまう時期もあるのです。」



ジャン・チョンと熱愛中のワンが街中の広場でダンスをしている人々に即興的に紛れ込み、ふたり手をとりあって踊る美しいシーンは、まるでヌーヴェルヴァーグの作品のよう。そこにカメラがあることをまったく感じさせず、役者自身が発するみずみずしさが溢れています。

監督によるとこのシーンはもともと脚本の段階からあったそうですが、踊っているのは実際に毎日そこに集まっていた一般のダンス愛好家の方々とのこと。前もって協力してもらえるようお願いはしていたものの、撮影の詳細は伝えていなかったため、日常と虚構が交錯する素晴らしいシーンが生まれました。



また、恋人を奪ったジャン・チョンになぐさめられたリー・ジンが、思わず「彼(探偵)ともこうやって手を?」と尋ねてしまう場面では、ジェンダーの枠を飛び越えたせつなさが胸に迫ります。

「同じ人を愛してしまった二人の間には、互いに何かしら通じあうものがあります。彼らは自分以外のもう一人の人間を通して、自らの愛の形を知ってゆく。あのシーンでは、三人それぞれ愛する相手が目の前にいるというのに、そばにいるからこそ大きな孤独を感じているのです。」

そして、この映画を語る上では避けて通ることの出来ない、熱っぽくもどこか渇いた愛のシーンに監督がこめた思いとは―。

「性愛の描写はこの映画においてはとても重要でした。二人の男性が愛を交わす姿を男女のシーンと同じように描くことで、愛を巡っては男女の区別は何ら行われず、愛というものは、性愛を越えて存在するものである、と伝えたかったのです。」

ロウ・イエ監督の作品は普遍的なテーマを扱いながらも、そこには時代性や中国の抱える問題が映し出されています。『スプリング・フィーバー』の登場人物は現代のごく普通の若者の設定ですが、それぞれが言いようのない虚無感を漂わせています。また、当局による検閲については、ロウ・イエ監督の映画が世界各国で上映されるたびに、その問題が明るみになってきました。

「自分を取り巻く環境が、創作活動に影響を及ぼすということは少なからずあります。ただし『スプリング・フィーバー』を制作するにあたっては、当局の反応ではなく、観客がどのように受け取るかということ、そして自分が何を表現したいかということ、その二点だけを考えて撮影していたので、とても楽しむことが出来ました。自由さというのは、創作において欠かせないものなのです。」

いかなる困難な状況にあっても、映画という表現にこだわる理由を「映画は人間の様々な感情を色々な方法で表現 できる素晴らしい手段だから」と語るロウ・イエ監督。気になる次回作は、パリ郊外を舞台にした中国人女性の恋物語だそう。今後のロウ・イエ監督の活動からますます目が離せそうもありません。

渡邊玲子の取材プチメモ

最後は恒例の?! ポスター風、記念撮影。ジャン・チョンに扮した監督から「あと一人足りないけど大丈夫?」との心配の声が上がるのをよそに無事撮影終了。

 

 

映画『スプリング・フィーバー』

2010年11月6日(土)よりシネマライズほかにて公開
監督:ロウ・イエ
脚本:メイ・フォン
出演:チン・ハオ、チェン・スーチョン、タン・ジュオ、ウー・ウェイ、ジャン・ジャーチー
配給・宣伝:UPLINK
115 min / 中=仏 / HD / 1:1.85 / Color / Dolby SRD