映画『キャラメル』はキャラメルの香り、温かな眼差しが交差する場所の物語。

(2009.01.30)

 

ストーリーは……

ベイルートの小さなエステサロンに集う5人の女性たち。彼女たちは誰にも言えない秘密を抱えていた。結婚を前にフィアンセに過去を打ち明けられないイスラム教徒のニスリン。不倫の恋に振り回されるオーナーのラヤール。長い髪の美しい顧客に心惹かれるリマ。毎日サロンに通うジャマルは、年を重ねる自分を受け入れられない。ローズは年老いた姉を抱え、すでに自分の人生を諦めていた。そして、ニスリンの結婚式を前にそれぞれの人生が動きはじめる……。

 

 

 

このセリフがよいのです。

「先の人生は神だけがご存じ
メロンと同じで切ってみるまで分からない」

by 花嫁ニスリンの母(明日嫁ぐ娘に)

 
美容室は女にとって、他にはない特別な場所。
賞味15分~45分程度のヘアカットやパーマ、カラーに、待ち時間を含めると気づけばかなりの時間を費やすし、たとえ日々のお昼代をケチっても、1度で1万2~3千円を支払うことがほとんどだ。シャンプー台に案内され、ぎこちない手つきの新人さんに「かゆいところはございますか?」とお決まりの確認を促され、耳に水が入らないか少し不安になりながら「いいえ」と返すやり取りを終えると、鏡の前にタオルで包まれた残酷なまでの現実の顔が映し出される。

初めて自分で選んで、少し背伸びして出かけて行った美容室で、持ってきた雑誌の切り抜きを出すべきか出さざるべきか躊躇する。成りたい髪型と、似合う髪型は違うとはよく聞く話だけれど、イメージを短時間で完結に伝えるコミュニケーションの難しさを痛感するにはもってこいの場所だ。

美容師を変えるのは、何か決定的なことが原因とは限らず、大抵は「ただなんとなく」現状からの脱却を図るためだったりするので、友達の髪型が気になって、その子の行きつけのお店を紹介してもらうというパターンが多い。でも、ひとたび違う美容師のはさみが入ると、浮気してしまった後ろめたさから、もう以前の担当者の元には通いづらくなるもので、その結果次から次へと店を転々とするはめに陥る。

この映画に出てくる美容室は、ヘアメイクのみならず「キャラメル」を使った、とっておきの脱毛を得意とし、時には出張サービスまで行うが、大抵はお客より従業員の方が多く、常連客の小言にも思わず応戦するような、非常に人間味あふれる気取りのない場所。しょっちゅう停電はするし、表の看板のBの文字がはずれて今にも落ちてきそうだけれど、誰もそんなことは気にしていない。

そんなベイルートの小さな美容室を舞台に、20代~60代までの世代の異なる5人の女性たちが、どこかもの哀しくも美しい旋律に身を委ねながら、それぞれ自身の問題と向き合い送る日常を、こちらはあたかもその美容室に通う客の一人として、目撃しているような気持ちにさえなる。というのも、ファッション誌の表紙を飾ったこともある美貌の監督ナディーン・ラバキー自らが主演を務めるばかりか、驚くべきことに他の出演者もプロの役者ではなく、街で探し出された素人だからなのかもしれない。

美容室のオーナー、ラヤールが、いままで誰にも言えずに抱え込んできた秘密をいざ仲間に打ち明けた途端、目の前の友人から思ってもみないほど深刻な悩みが溢れだし、いつのまにやら自分のことなどそっちのけで一緒になって解決策に頭をめぐらす。本人としては目をそらし気付きたくない事実が、周囲にしてみれば火を見るより明らかだったとしても、あえてそっと見守るときもある。

結婚を控えたイスラム教徒の花嫁ニスリンの母のセリフにあるように、どんな人にも公平に、この先の未来はわからない。でもだからこそ、思い切り悩んで選べる自由がある。

ただ幾重にも重ねられた言葉より、日常のささいな動作の中で登場人物たちによって交わされる眼差しがあたたかい。

美容室からの帰り際、街のショウウインドウに映る、まだ見慣れぬ自分の姿に、戸惑いつつも思わず顔がほころぶのを隠せない。誰もが身に覚えのあるそんな気持ちが余韻に残る。

 

『キャラメル』

1月31日(土)渋谷・ユーロスペース他全国順次ロードショー
監督、主演、脚本:ナディーン・ラバキー
プロデューサー:アンヌ・ドミニク=トゥーサン
出演:ナディーン・ラバキー、ヤスミーン・アル=マスリー、ジョアンナ・モウカーツェル
原題:CARAMEL 2007年/レバノン・フランス映画/35mm/ドルビーSRD/96分 
配給:セテラ・インターナショナル
協力:ユニフランス東京、エールフランス航空