銀幕の向こうとこちらを隔てるものは……?熱気と狂気と愛に包まれた
究極の劇場体験が待っている

(2016.04.28)
『赤目四十八瀧心中未遂』『キャタピラー』『さよなら渓谷』などの意欲作に主演し実力を積んで来た大西信満と映画初出演で体当たりの演技を見せたイオリ。生活に疲れた中年男と現実感のない少女の淡い存在が交錯する。
『赤目四十八瀧心中未遂』『キャタピラー』『さよなら渓谷』などの意欲作に主演し実力を積んで来た大西信満と映画初出演で体当たりの演技を見せたイオリ。生活に疲れた中年男と現実感のない少女の淡い存在が交錯する。
『乱歩地獄・芋虫』や『名前のない女たち』など、日常にひそむ狂気、剥きだしの人間性をハードな映像で描き続けて来た佐藤寿保監督の『華魂』シリーズ2作目である。1作目は学校を舞台にした「イジメと復讐の青春活劇」だったが、今作の舞台は閉館間際の映画館。内に秘めた欲望が不気味な華魂の下でむき出しになるというコンセプトはそのままに、今作で炸裂したのは、ホラーなグロテスク描写を織り交ぜながらえぐり出す究極の「人間愛」、そして、どこまでもひたむきな「映画愛」であった。
エロスと血に塗り込められた
大人のおとぎ話

閉館間際のさびれた映画館では、映写技師の沢村(大西信満)の日常が続いていた。薄汚れて曇ったトイレの洗面台の鏡が、劇場が歩んできた年月の長さを物語っている。ある日、狭い映写室からスクリーンに映し出された映像をぼーっと見つめる沢村の網膜に、本来映っているはずのない少女(イオリ)の姿が飛び込んで来た。沢村の日常に侵蝕してきたのは、スクリーンの幻か、あるいは劇場で刻まれて来た日常の中に潜む狂気なのか。

沢村の脳内が徐々に崩壊していく、そのきっかけは彼の過去にあったのだ。記憶に蓋をして忘却の彼方に押しやっていた、ある忌まわしい出来事……と書くと、お決まりな展開のドラマを想像しそうだが、幻の少女を探して彷徨う沢村の哀愁帯びた背中の向こう側では、正気と狂気の境界線上を歩く人間たちを、三上寛、川上史津子ら個性派俳優が怪演。あっけにとられているうちにストーリーはどこまでも転がっていき、監督の遊び心と映画愛が随所に散りばめられたおとぎ噺が展開するのだ。そして、おとぎ噺というのが実は血とエロスに塗り込められた大人の物語であるのは古今東西変わらない事実だと、映画はしっかり教えてくれる。

狭い試写室からスクリーンを見つめる沢村。ロケで使用した上野オークラ劇場も昨年解体されてしまった。
狭い試写室からスクリーンを見つめる沢村。ロケで使用した上野オークラ劇場も昨年解体されてしまった。
スクリーンの中に映り込んだ謎の少女に心を乱され、その姿を追い求めて彷徨う沢村の目の前に立ち現れた風景とは……。
スクリーンの中に映り込んだ謎の少女に心を乱され、その姿を追い求めて彷徨う沢村の目の前に立ち現れた風景とは……。
現代版ニューシネマパラダイス!?

私たちの目の前のスクリーンの向こうで、劇中劇を映し出すもう一つのスクリーンが蠢き出し、その観客たちを私たちが眺めている。そのうちに、私たちの脳内もスクリーンの向こう側の観客たちの元へと連れ去られてしまう。

沢村が閉ざされた記憶の蓋をこじ開けた時、欲望の蓋も決壊、華魂はスクリーンの内と外を完全に同一化する。劇中劇の俳優を演じる川瀬陽太、愛奏が、そして常連客を演じる吉澤健、真理アンヌらが、ともに狂気の暴走を開始するのだ。そして画面に炸裂するのは、ピンク四天王ともいわれた佐藤寿保監督の純情だ。

ほとんど直視に耐えないグロテスクな描写も、その沸点を飛び越えた途端に、もはや「チャーミング」とすら思えてしまう映像の不思議。人間というのは、「愛」を確かめ合いたくてしかたのない動物なのだという、しかも「愛」など確かめようもないのだという、そんな青春まっただ中で八方塞がりな感情を暴発させた、これもやはり第一作に引き続いての「青春映画」だったのかと気づいた。

その上、随所に溢れるのは、時代とともに歩んで来た映画館やフィルム上映への愛情溢れる眼差し。DVDやネット配信動画の視聴などが主流になりつつあり、名画座の閉館、あるいは地元に親しまれて来たミニシアターの休館といったニュースが続く今、空間と時間と狂気と熱気を共有できる強烈な劇場体験を思い出せ!という映画愛にまみれた佐藤監督の叫びがこだまするような映画なのである。ぜひ、劇場にて体感して欲しい。

強烈な個性を放つ脇役陣。劇場で働くスタッフに欲情する支配人を三上寛が、閉店間際の劇場に足繁く通う常連客夫婦を吉澤健、真理アンヌがそれぞれ怪演。
強烈な個性を放つ脇役陣。劇場で働くスタッフに欲情する支配人を三上寛が、閉店間際の劇場に足繁く通う常連客夫婦を吉澤健、真理アンヌがそれぞれ怪演。
華魂はスクリーンの内も外も狂気の色に染め上げていく。
華魂はスクリーンの内も外も狂気の色に染め上げていく。
劇中劇でグロテスクを超えた極限の愛のカタチに挑んだのは実力派俳優の川瀬陽太と愛奏。
劇中劇でグロテスクを超えた極限の愛のカタチに挑んだのは実力派俳優の川瀬陽太と愛奏。
空間には記憶が詰まっている。閉館間際の劇場を舞台にした作品を共有した観客もまた、その空間の記憶の一ピースになるような不思議な感覚。
空間には記憶が詰まっている。閉館間際の劇場を舞台にした作品を共有した観客もまた、その空間の記憶の一ピースになるような不思議な感覚。

『華魂〜幻影〜』
2016年4月30日より新宿ケイズシネマにて公開、以後、全国順次公開。
監督・原案・製作:佐藤寿保、プロデューサー:小林良二、脚本:いまおかしんじ、音楽:大友良英
出演:大西信満、イオリ、川瀬陽太、愛奏、三上寛、吉澤健、真理アンヌほか
©華魂プロジェクト2016年/カラー/83分/R18