しじみ工場の社歌を思わず一緒に大声で歌いたくなる映画『川の底からこんにちは』

(2010.04.28)

ストーリー

上京して5年。仕事は5つ目。彼氏は5人目。ダラダラと「妥協」した日常を送る派遣OL佐和子に、ある日突然、父親が病に倒れ余命わずかだとの知らせが入る。ひとり娘の佐和子は水辺の町にある実家へ帰って“しじみ工場”の後継ぎをすることを余儀なくされる。その工場で働くオバちゃん達はみなくせ者ばかりで、工場は倒産寸前だった。追い込まれた佐和子はこれまでの「妥協」した人生に初めて立ち向かうことを決意する……。

 

二日酔いや美肌にダイエット、さらには疲労回復にまで効果てきめんで、最近話題の「オルニチン」を多く含んだ地味~な食べ物、ご存じですか?答えは“し・じ・み”です。

映画を観て、こんなにも笑って泣いて清々しい気持ちになったのは初めてのこと。

日頃抑えていた喜怒哀楽の感情が、主人公の言動によって揺さぶられ、知らないうちにはじけていくかのよう。この映画、“しじみ”並みにミラクルな効力を発揮しているといっても過言ではありません。



2007年のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワードで『剥き出しにっぽん』がグランプリを受賞し、アジア・フィルム・アワードにて「第1回エドワード・ヤン記念アジア新人監督大賞」を獲得。『川の底からこんにちは』で第60回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に招待されるなど、日本の枠に収まることなく世界に羽ばたく期待の新鋭・石井裕也監督。これは、とてつもない才能の登場です!

 

後ろ向きで人生を全力疾走するような可笑しみがいっぱい。


「しょうがない」が口癖で、「こうしたい、ああしたいとか別にない」と語る、見るからに投げやりで諦めの早い、典型的な今どきの若者佐和子を演じるのは、若手実力派女優・満島ひかり。冒頭から、独特の間合いを持つしゃべりに思わず引きずり込まれますが、次々襲いかかる試練の数々に、ついに「あたしなんて所詮、中の下の女ですから!」「逆に、中の下じゃない人生送ってる人なんているんですか?!」「何回男に捨てられても、私は頑張りますからね! もう頑張るしかないんですから!」と開き直ってぶちかました途端、どんどん人生に立ち向かうスピードを加速していくあたり、追いつめられると火事場のくそ力ならぬ、予想を裏切る逆転の発想で、後ろ向きで全力疾走しているかのような可笑しみがあります。

友人と駆け落ちしてしまった恋人に置き去りにされた小学生の加代子と、どうやって距離を取ったらいいか悩み、思わず赤ちゃん言葉で話かけてみたものの全く相手にされず、ひとたび距離が縮まってからはすっかり同志として扱う態度に、不器用ながら誠意を感じます。お風呂の中で「あんた先出てな。あたし20分くらいここでちょっと泣いてくわ」と、加代子に話すシーンには思わずホロリとさせられます。


佐和子を取り巻く登場人物たちは、負けず劣らずキャラが立っていますが、中でも「しじみ工場」のロッカー室で着替えるオバさまたちのシュミーズ姿は圧巻です。一方、公務員の叔父役の岩松了さんが、酔っぱらって出てきてちょっとにやにやするだけで、こらえきれずに吹き出してしまったほど。

「世の中にはどうにかなることと、ならないことがあるんだよ」と言って聞かせる死期の近い父親に、「うん、知ってる。お母さん死んだときから知ってんだ」と即答する佐和子。

口癖の「しょうがない」は、決してネガティブな意味ではなく、佐和子にとってはすべての物事の前提にすぎないとわかったとき、今まで彼女が取ってきた行動にブレがなかったことに気づかされ、「しょうがないから、明日も頑張る」という言葉が、それまでの何倍もの重みを持って胸に迫ってくるのです。
傾きかけてた「しじみ工場」を立て直すため社長として奮闘し、いわば宿命を受け入れ始めた佐和子に、果たして幸せは訪れるのか!?

後ろ向きでもとにかく前に進まなきゃならない世の中で、精一杯の生きる勇気と活力を与えてくれる『川の底からこんにちは』。「しじみ工場」木村水産の、不況に負けない新社歌を、思わず一緒に大声で歌いたくなる映画です。

 

『川の底からこんにちは』


2010年5月1日より 
渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー

出演:満島ひかり、遠藤 雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松 了
監督・脚本:石井裕也
プロデューサー:天野真弓
撮影:沖村志宏
照明:鳥越正夫
録音:加藤大和
整音:越智美香
美術:尾関龍生
音楽:今村左悶 野村知秋
編集:髙橋幸一