名優・名監督が凱旋した
2012年カンヌ映画祭ルポ。
(2012.06.16)
2012年、第65回を迎えたカンヌ国際映画祭。
パレと呼ばれるメインの会場には、バースディ・ケーキを前にした
マリリン・モンローのビジュアルが冠せられ、ひときわ眼を引きました。
35歳でこの世を去ったマリリン・モンローは、来る8月5日で、
没後50年となります。彼女をリスペクトした演出には心打たれます。
映画を愛し映画に生きた、監督、俳優たちの軌跡を不滅のものとする、
この芸術を限りなく敬愛するカンヌ映画祭ならではの演出です。
イタリアの巨匠にして奇才、
ベルトルッチが生還!
ロウソクを吹き消すマリリンの唇は、いまにもキスをしてくれそうで……。そんな彼女に引き寄せられたかのように、待ち望まれた久々の監督や俳優たちの新作がいくつも揃い、敬意と凱旋の想いに満ちた、いぶし銀のような映画祭となりました。
何しろ、コンペ外としての出品ではありますが、『ラストエンペラー』(’87)でアカデミー賞に輝いたベルナルド・ベルトルッチ監督が、16年ぶりの新作をひっさげて戻ってきてくれたのです。『ある愚か者の悲劇』(’81)と、『魅せられて』(’96)の2作品をコンペティションにノミネート以来のことです。
『ある愚か者の悲劇』は、カンヌ映画祭主演男優賞を受賞。女優リヴ・タイラーの魅力を世に羽ばたかせた作品が『魅せられて』で、その舞台がカンヌ映画祭だったのです。その後の彼女の躍進ぶりを予言するかのような、彼女の本格的デビューとなりました。
新作は、『IO E TE (英題 ME AND YOU)』。14歳の少年が、腹違いの姉と出会い、子供から大人へと成長する物語。
今までに描かれた多くのセンセーショナルな作品とは違う、まさに70代を迎えたベルトルッチの新境地が感じられるピュアな作品です。上映会のチケット争奪戦は想像以上のものでした。
あの、レオス・カラックスも
帰ってきました。
99年のコンペ出品作『ポーラX』以来、13年も待たされていた私たち。待望のカラックス作品がコンペにノミネートされました。渾身の凱旋です。
もちろんその間、08年には、カンヌのある視点部門に、オムニバス映画『TOKYO !』を出品はしていましたが、この『TOKYO !』に、ほとんど一人芝居のように出演していたドゥニ・ラヴァンを、今回も引き続き起用。あの時、掃き溜めから湧き出たような主人公、その名も「ムッシュ・メルド」が、そのまま出演する、『HOLY MOTORS(原題)』。
まるで、コスプレを楽しむかのように、ある時は企業経営者、またある時は、殺人者で、放浪者、また、娘の父親と、姿を変えては白いリムジンに乗りパリを巡る、ドゥニ・ラヴァン演じる謎の男ムッシュ・オスカー。
彼はいったい誰なのか?
謎に包まれた、カラックス流のアート的作品です。
「メルド」氏を登場させるだけにとどまらず、何と、恐怖映画の古典的フランス映画として、個人的にも、少女時代に観たその思いを突如蘇らせてくれた、『顔のない眼』(’59)をオマージュ。出演女優だった、エディット・スコブを車の運転手役に登場させているのです。
あれから何年が過ぎたでしょうかと、ついつい自分に問うてみる。しかし、歳を重ねた彼女の何とお美しいこと。フランスのマダムの鑑(かがみ)をこの映画で見ることが出来るとは、やはり、うれしい映画です。
ロバート・パティンソンと組んで、
クローネンバーグも凱旋。
そして、奇しくも同じく白いリムジンを効果的に使ったのが、これまた、「お帰りなさいませ!」とお迎えしたい、デビッド・クローネンバーグ監督の新作、『コスモポリス(COSMOPOLIS・原題)』。
96年、『クラッシュ』で審査員特別賞を得て、05年には『ヒストリー・オブ・バイオレンス』を出品。第52回目のカンヌには審査委員長も務めたクローネンバーグ監督。
今回作品にはヴィゴ・モーテンセンから一転し『トワイライト~初恋~』(’08)でにわかに大スターとなったロバート・パティンソンを選んでいる。
彼が演じるのは、若くして金融界で成功したエリート・ビジネスマン。オフィスさながらの白いリムジンの中での奇妙な一日が、彼にとってどんな日になるのだろうか。
リムジンを訪れる人々と対応するうち、誰かに殺されるのではという死の恐怖にとりつかれ出す。フランス勢としては、カーセックスを繰り広げるジュリエット・ビノシュ、加えてマチュー・アマルリックも登場。早くも来年の日本公開(配給:ショウゲート、 2012年公開予定)が決定。公開が待ちどおしいばかり。
新作にして、遺作をカンヌに残した、
クロード・ミレール監督。
そして、新作がクロージング作品に決定しながらも、映画祭を前にして惜しくも、4月4日に亡くなられ、ご自身がその上映を観ることは叶わなかったクロード・ミレール監督。『なまいきシャルロット』(85)で、主演のシャルロット・ゲンズブールを世に打ち出した映像の達人。珠玉のフランス映画の作り手として知られています。
その後のシャルロットは、’09年にラース・フォン・トリアー監督作品『アンチクライスト』で、衝撃的なシーンの数々を演じ、カンヌ映画祭で主演女優賞を獲得しました。
今回作品でミレールは、オドレイ・トトゥを起用。『THERESE DESQUEYROUX』(原題)で、彼の存在は永遠にカンヌ映画祭に色濃く刻まれたのです。1920年代の男性上位時代に反発して自由を求め、もがく女性を描きました。
ムッシュ・トランティニャンも、
静かにカンヌに姿を見せ、
出演した作品がパルムドールに。
そのクロージングで発表された最高賞、カンヌのパルムドールに輝いたのは、ミヒャエル・ハネケ監督の最新作『アムール(原題:Amour)』でした。
誰もが妥当と感じた心うたれるその作品の主演男優こそ、2004年から、まったく映画出演をしていない、あの、『男と女』で世界の恋人たちを感動させた、ジャン=ルイ・トランティニャンです。
彼が、カンヌの赤じゅうたんを再び踏みしめてくれたから、すべてのフランス映画の存在は、揺るがぬものになったも同然。
Amour、愛、フランス映画になくてはならないテーマですが、究極の愛とはこういうものか、時代的にも、社会的にも考えるべき過酷な愛の形を、トランティニャン81歳にして演じて見せました。
映画は脈々と続いていることを、
証明したカンヌ映画祭。
誰もが身につまされる物語。唯一の人生のパートナーとの永遠の別れ方。トランティニャン演じる男は、サムライの様に、毅然として、愛する病気の妻の人生に決着をつけます。
彼に主演男優賞が与えられなかったのは残念でしたが、彼自身がこの作品を一番称えていたようでした。その気持ちが伝わる言葉を残しています。
「しばらく舞台だけで演じていました。映画と違って自分を自分で見ることが出来ないから舞台はいいんですよ。出演した映画の自分を見るのが嫌で一度も見たことがなかった。でも、今回の作品ばかりは見ることが出来たんだ。だから、この作品がどれほど素晴らしい映画かよくわかるでしょう。」
こちらも公開(配給:ロングライド、2013年春、Bunkamuraル・シネマ&銀座テアトルシネマ他、全国ロードショー)楽しみです。
そんな風にして、多くの映画を愛する人々に守られ愛されて、カンヌ映画祭ある限り、『映画は永遠なり』という真実を、今年のカンヌは語ってくれた様な気がするのです。
現地取材 / 今井麻理(TPO)
写真 / masami kato、©FESTIVAL DE CANNES 2012