『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』何気ない日常の営みを映画に
御法川 修監督インタビュー。

(2013.03.01)

3月2日(土)全国ロードショー公開の『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』は益田ミリさん原作の人気シリーズ漫画『すーちゃん』を実写で映画化。すーちゃんに柴咲コウ、まいちゃんに真木よう子、さわ子さんに寺島しのぶを配し、等身大の30代女性の日常を、時に切なく時にユーモラスに描き話題を集めています。昨年秋の公開からじわじわとロングランを続けている前作『人生、いろどり』、そして本作と今、大注目の御法川 修監督にインタビュー!

■御法川 修監督 プロフィール 

(みのりかわ・おさむ)1972年静岡県生まれ。数々の作品の助監督経験を経て、2007年に映画『世界はときどき美しい』で監督デビュー。同作品は、第19回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門に出品されるなど、国内外で高く評価される。劇映画のみならずドキュメンタリーも手がけ、主な作品に『SOUL RED 松田優作』(’09)がある。2012年公開作『人生、いろどり』では、吉行和子、富司純子、中尾ミエらベテラン女優陣のアンサンブルを見事に演出。繊細な日常描写をおりまぜながら感動的に描きあげた手腕に注目が集まる。『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』公開記念として、御法川監督の初の長編『世界はときどき美しい』が3/9(土)からテアトル新宿でリバイバルレイトショー上映される。3/16(土)には「御法川修監督特別オールナイト上映」も。

御法川監督トリビア:好きな色は緑。

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益田ミリさんの原作本との出逢いから6年
映画化までの経緯。


インタビューの始まる5分前。スーツ姿のすらっと背の高い男性が、会場の受付に現われて、こちらは思わず目をシロクロ。「もしかして、御法川監督ご本人ですか?」「はい、そうです(笑)」。そんなやりとりで幕を開けた今回のクリエイターインタビュー。
「女性の映画なので、『監督はちゃんとしてるよ!』ってイメージにしたくって」と笑いながら、スーツにネクタイ、胸ポケットにはチーフといういでたちでバッチリきめてインタビューに臨んで下さった御法川監督。益田ミリさんの原作本との衝撃の出会いから、出版社に映画化権を直接交渉して実現させたという『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』製作の経緯や、監督と映画の関わりについて、じっくりお話を伺うことができました。

「すーちゃんは、僕だ!」

御法川監督:「映画作りの現場で一番若いと思っていた僕も、気づかないうちに責任あるポジションになっていて、今までより具体的に選択肢が見えることに気づいたんです。そうすると悩みますよね。(映画の題材として)どれを選んだらいいんだろう、どういうふうにしていったらいいかなって。

」
 
そんなとき、ふと立ち寄った書店で、益田ミリさんの「すーちゃん」シリーズと出逢ったといいます。
 
御法川監督:「『結婚しなくていいですか。』っていうタイトルが、とにかく鮮烈だったんです。そういう悩みって、女性だけじゃなくて、男にもあるんですよね。映画の現場から離れて、ふと1人の時間に戻ったときに、僕は人間としてやるべきことをできているのか。奥さんをもらって子供をつくって育てたりっていうことにも、ちゃんと向き合わなきゃいけないのかなって思ったり。」
 
『結婚しなくていい』、でも『結婚したほうがいい』、でもなく『結婚しなくていいですか』というタイトルに「心がちょっと癒され」て、「すーちゃんは、僕だ!」と実感したという監督は、「30代の青春映画」が実は少ないことに気付き、映画化の着想を得たのだといいます。




『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』の3人組、すーちゃん(柴咲コウ)、まいちゃん(真木よう子)、さわ子さん(寺島しのぶ)。

3人の女性の関係性
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本作では、『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』というタイトルそのままに、仕事や恋に悩む等身大の30代女性の友情が中心に描かれています。監督の前作『人生、いろどり』でも3人の女性が登場していましたが、「すーちゃん」たちの関係は、いわゆる「何でも相談し合う親友」とは違って、少し独特な間柄のようです。



御法川監督:「確かに『人生、いろどり』と同じく『すーちゃん まいちゃん……』も3人の女性が主人公です。でも、『すーちゃん まいちゃん……』は、今の30代女性特有の距離感で成立する友情の有り様を描いていて、3人で励まし合って困難を乗り越えるというよりも「すーちゃん」たちは「肝心なことは全部自分で決める」のです。いつも自分の心の声に耳を澄ましていて、一番大事な決断を迫られているときには、自分の心の中に降りて行って、自分ひとりで決める。決してふさぎこむわけじゃなくね。相手もそれに気付きながら、お互いに踏み込まず、自問自答の時間を邪魔しない。それこそが、ささやかではあるけれど、30代の女性たちを描いたこの映画の独自性であって、それがきっと見る人にとっても、新しい提案になるんじゃないかなと思ったんです。」


『人生、いろどり』
出演:吉行和子、富司純子、中尾ミエ、藤竜也
監督:御法川 修
徳島の過疎の村で、料理を彩るつまものとして「葉っぱ」を売るビジネスを成功させた実話を映画化。吉行和子、富司純子、中尾ミエが演じる仲良し3人組が『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』に重なる。昨年秋の公開から静かな人気を呼び、現在もロングラン中。
©2012『人生、いろどり』製作委員会
「すーちゃん」を解放してあげたかった

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映画の『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』には、原作に忠実な部分と同じくらい、オリジナルの場面も沢山出てきます。特に印象的だったのは、「すーちゃん」と「まいちゃん」が商店街を自転車で二人乗りする場面。感情の出し方が、原作とはちょっと異なるんです。



御法川監督:「自転車の二人乗りのシーンはすごく日本人的な、お互い言葉を尽くさないわかりにくい感覚のものです。でも、僕は今あれを見てみたかったんですよね。あのシーンには、「すーちゃん」と「まいちゃん」の気持ちの温度を原作よりもうちょっと上げて、「すーちゃん」たちが一回ちゃんと気持ちを解放するシーンを見せてあげたかったという思いもあるんです。見てる人たちにも、ちゃんと泣いたり笑ったりといった形で感情を解放することも大事なんだってことを伝えたかったし、何よりも「すーちゃん」たちのために、そうしてあげたかったんですよね。」

さらに、原作の『すーちゃん』にはない「5年ぶり」のキスシーンにもドキっとさせられました。



御法川監督:「『すーちゃん』を読んだ時に素直に「これは僕の話だ」と感じた。その気持ちを信じたら映画にできるなって思えました。女性の心理や感情を事前にリサーチしたからできる、と思ったわけではありません。そのうちに、物語の中にちゃんと男もいて欲しいなと思って「すーちゃん」にほのかな想いを寄せる「アルバイトの千葉くん」というキャラクターを新たに加えました。すると原作にも登場する「すーちゃん」が気になっている中田マネージャーという男のキャラをもっと掘り下げてみたくなった。女性ばかりの職場で、つい女性の顔色を伺ってはどんどん空回りしてしまう……。」


左・料理好きのすーちゃんはカフェで働いている。 右・カフェの黒板はいつもすーちゃんの手描き。実際の文字は、すーちゃん演じる柴咲コウによる。

左・OA機器メーカー勤務のまいちゃん。不毛な恋愛中。右・さわ子さんは実家暮らししながらWEBデザインの仕事をしている。祖母の介護も。

左・すーちゃんとまいちゃんの自転車の二人乗りのシーン。思わず叫ぶすーちゃん。右・すーちゃんが密かに思いを寄せるカフェの中田マネージャー(井浦 新)が、なぜかすーちゃんを訪ねる。

左・すーちゃん、まいちゃん、さわ子さんはよくピクニックに出かけ、お弁当を広げる。右・平凡な暮らしでも、だからこそ仕事、結婚、妊娠、介護、貯金……。3人の悩みは尽きない。
御法川監督の演出術
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自身の演出方法について「一番大切なのは、俳優の身体的、心理的違和感をいち早く察知して、それを取り除いて安心させてあげること」と語る御法川監督。そうすることで、俳優がこれまで培ってきた素の部分が差し出され、映画をより豊かなものにしてくれるのだといいます。



御法川監督:「「すーちゃん」は物語の中で大事件が起こるわけでもなく、(演技の)テクニックで固めていくキャラクターでもない。演じる柴咲さんが、日々をどういうふうに営んでいるか、とか、どんな風にご飯を食べることを大事にしているか、友人と会うときどういう距離感が一番彼女にとって気持ちがいいのか、といった日々彼女なりに積み重ねてきたものや毎日の営みをキャラクターに投影して使わなければならない役だったと思うんです。」
 
 
勤め先のカフェの黒板メニューを「すーちゃん」はいつもひとことメッセージ入りで書くのですが、実はこの黒板の文字は柴咲コウさんによるもの。

監督が柴咲さん本人の手描き文字で表現したい、とこだわったのも、映画の中に柴咲さん自身を出したいとの思いから。最初は躊躇したという柴咲さんも、それをよく理解してくれて、ラストに登場する「すーちゃん」の手紙は、カメラに写っていないところまで全部柴咲さんが書いてくれたのだそうです。

キャラクターにちゃんと色を与えてあげたい

御法川監督の色彩設計。

映画のメインビジュアルにもなっている、森のピクニックのシーンの3人の衣装をよく見ると、「すーちゃん」は緑、「まいちゃん」は青、「さわ子さん」は黄色と、あらかじめキャラクターに色が割り当てられていることに気付きます。これには、アート・ドキュメンタリー映画『色彩の記憶』の中で、京都の西陣織の職人を追った経験が生かされているのだそうです。



御法川監督:「(西陣織の)糸を染める職人さんたちに話を聞くと、彼らは着物を着るその人にどういう絵柄と色のものを与えてあげればよいのか全て経験からわかっているんです。色彩心理学の知識はなくとも、色が人に及ぼす効用のようなものを、肉体的な言葉で知っている。緑をまとう女性はすごく調和がとれているように見えるよ、青は理性と抑制を表すよ、おおらかに見せたいときには黄色がいいよというように。

『すーちゃん まいちゃん……』のように、日常を描く映画においては、俳優も大きな芝居ができない。だから俳優たちのためにも色を与えてあげたいなと、いつも思っているんです。」

デジタルフィルムの可能性。

御法川監督の映画において特に印象的なのは「緑」の発色と光の美しさです。森のシーンはもちろん、「すーちゃん」の勤め先のカフェのエントランスを彩る緑の鮮やかさや、人間の温かみがちゃんと感じられる「肌の質感」は、監督のこだわりポイントであり、見どころの1つであるといいます。


御法川監督:「今回『すーちゃん まいちゃん……』ではデジタルで撮る可能性をもっと探ってみたくて、フィルムでは出せない、触りたくなるくらいの肌の色合いと質感にこだわって追求してみたんですよね。
 フィルムの色域を超えるデジタル色は全部消したから、記憶の中にない色合いはひとつもない。だからすごく柔らかいのに、目が痛くなるくらいの緑が溢れているんです。
作り手である僕らが忘れちゃいけないのは、どんな機材であっても、人間が作ったものを、人間が使っているということ。人の営みっていうのは人が手を尽くすことだから、僕はそれをちゃんと描写していきたいと思っているんです。」

みんなの「呼吸を整える」ことが、
監督にとっての「癒し」

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』ではセリフとモノローグ(ココロの声)の対比が秀逸で、処世術という名の建前と、ちょっぴり意地悪で毒の入った本音が、物語に欠かせない重要なアクセントにもなっています。「ただ女性を応援するだけの映画にはしたくなかった」と監督が言うように、「すーちゃん」や「まいちゃん」の後半のモノローグは、次第に将来に対する不安やさみしさの色を帯びはじめ、芯の強さと背中合わせの危うい脆さが浮き彫りになりますが、それでも前向きに生きようとする姿に胸を打たれます。


御法川監督:「結局のところ、僕ら1人ひとりが出来ることって、目の前にいる人をどういうふうに大切にできるかとか、その人たちと時間と言葉を尽くしてちゃんとすり合わせていったり、間違いを正していったりすることからしかないと思うんです。今は本当に窮屈な時代だし、僕自身を含めて、外のことで呼吸を乱されてばかり。でも、ネガティブになって閉じこもったり、投げやりになったりするのではなく、もっともっと自分の身の回りの視野を深くしていけば、大事にしなくちゃいけないこととか、見過ごしていること、ココロと身体をワクワクさせられることがいっぱいあるはずなんです。だからみんなが「呼吸を整える」ために、この映画を生かしてくれたらいいなと思いますね。」


映画監督を志した理由。

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』は、御法川監督にとって4作目の長編。’07年に『世界はときどき美しい』でデビューするまでは崔洋一監督はじめ多くの名匠の現場に飛び込み、映画を学んできたといいます。そもそも映画監督を志したきっかけはどのようなことだったのでしょうか?



御法川監督:「僕は伊豆の下田出身なんですけど、映画館もない町で、欲しいと思ったレコードが、注文してから実際手に入るまで3週間くらいかかるようなところでした。インターネットで何でも手に入る今では、まるで大昔の話みたいですけど(笑)。手に触れるのが困難だった分、本や映画の1本1本がすごく切実に身に沁みたし、求めるエネルギーも強かったと思うんです。多感な年頃でもあった当時、見ることが出来たのは、薬師丸ひろ子、原田知世の角川映画のアイドル2本立てだった。情報だけは入って来るので、東京では「ミニシアター」というものが生まれつつあって、渋谷の特定の劇場でしか見ることのできない作品がある、というのは知っていましたが、東京は遠かった(笑)。僕が観ていたアイドル映画は、亡くなった相米慎二が撮っていたり、最前線にいる根岸吉太郎や崔洋一が作っていたんですよね。言葉にすることはできなかったんだけど、アイドル映画を見ながら、どうもそれらを作る大人の作り手がいるらしいことを感じていました。そんな時、映画のローリングタイトル(本編ラストに流れるクレジット)が本編よりも神々しく見えた瞬間があったんです。これだけ多くの人が1本の映画作りに関わっているんだったら、いきなり映画監督は無理でも、この中のだれかひとりくらいにはなれるんじゃないかな、と思った。助監督くらいならできるんじゃないか、と(笑)。それで僕は崔監督の家の前に立って入門志願したんです。

」

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その後、さまざまな監督の現場で助手としての経験を重んでいきます。利重剛監督の『エレファント ソング』(’94)ではチーフ助監督と脚本を手掛け、「バリバリやっていた」頃の思い出が詰まった忘れられない作品になっているといいます。そのほか御法川監督が好きな作品、そして、目指す監督、映画作りはどのようなものなのでしょうか。

御法川監督:「今でもショーン・ペンの監督デビュー作『インディアン・ランナー』(’91)は好きですね。心の中の消せない悪魔の話なんですが、僕、そういう辛らつな話がすきなんですよね。僕が信じてるのは、そっちのほう。癒しとか柔らかさとかではなく。たまたまそういう雰囲気の作品が続いてはいるんですけど、僕の中では『インディアン・ランナー』に心を震わせた気持ちは何も変わってない。

だから『すーちゃん まいちゃん……』を見てくれた人が、作り手である僕らの本質を掴んでくれるとしたら、決して観た後にほっこりはしないって思ってるんです。

せつなさや自分のさみしさをごまかさないでちゃんと見つめることの方が必ず強さに繋がると僕は思うんです。やさしい言葉をひとつ覚えることよりも、自分のさみしい心とちゃんと会話してあげた方が、自分のコンディションが整ってくる。その時に初めて相手に本当の意味で何かを渡してあげられるんじゃないかって。そう思って、僕は映画を作っているんですよね。」


「せつなさや自分のさみしさをごまかさないでちゃんと見つめることの方が必ず強さに繋がると僕は思うんです。」という御法川 修監督。©2013 by Peter Brune

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「普段はスポットが当たらない人たちの、何気ない日常の営みを映画にしたい」。
そう語る御法川監督が、デビュー作から一貫して作品のモチーフとしてきたのは、「自分の足元の、日々見過ごしているものの中にある美しさ」。そしてそれは、映画で描くばかりではなく、監督自身が「生きる上で大事にしていること」でもあるといいます。

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』で描かれる日々は、決してきれいごとなんかでは無く、とても切実な問題が見え隠れしています。でも、孤独であることをちゃんと引き受けた人たちの「覚悟」は、とても軽やかでうつくしい。本当の「癒し」とは、きっと誰もが潜在的に秘めている、ココロと身体の自然治癒力を高めていくことであり、それこそが人生の糧になる。御法川監督の描く世界を通じて、かけがえのない日常の大切さを学びました。

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』
2013年3月2日(土)全国ロードショー

出演:柴咲コウ、真木よう子、寺島しのぶ/染谷将太、井浦新
監督:御法川修
原作:益田ミリ 『すーちゃん』シリーズ(幻冬舎)
脚本:田中幸子
撮影: 小林元
スタイリスト: 堀越絹衣、植田瑠里子
音楽:河野伸
配給:スールキートス
©2012 映画『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』製作委員会